第42話 中田博臣討伐

 郊外にある偽教会まで続く道は周りが雑木林に囲まれているので車が通れる道は一か所しかない。

 中田博臣が車ではなくバイクや自転車で来るのなら道を塞いでいる事に意味なんてないのだけれど、監視をしていた幽霊たちの話では前に見た車に乗って向かっているという事だった。

 もうすでにうまなちゃんたちは偽教会に入ってはいるようなのだけど青木たちだけでは何も始まらないと思うのでそこまで心配することでもない。それはわかっているのだけど、今すぐあの偽教会に行ってうまなちゃんを助け出したいという思いは捨てられなかった。

「大丈夫。あいつらだけじゃ何もしないから。土山久雄の話では西勇作は一人で何かをすることが出来ない小心者だって話だし、中田博臣を待たずに勝手に始めることなんて出来ないってさ。もう少しで中田博臣がやってくるみたいだけど、私がついているから怖くないからね。君たちは何も心配しなくていいんだからね」

 愛華ちゃんは私たちをそっと抱きしめてくれた。ほんのりと甘い香りがして怒りと恐怖で落ち着かなかった心が少しだけいつものようになったように思えた。

 私はうまなちゃんが心配で偽教会の方を何度も見てしまうのだけれど茜は今来た道を真っすぐに見つめていた。その表情に迷いも恐怖心もなく今からやって来る中田博臣を迎え撃つ気満々と言った表情に見えた。

「ねえ、あんたどうしたの。そんなに気を張ってどうしたの?」

「別に、どうもしないよ。それよりも、中田博臣って一人で来ると思う?」

「え、愛華ちゃんは一人で車に乗ってるって言ってたじゃない」

「そうじゃなくてさ、中田博臣についている守護霊はどうなったのかなって思って。ほら、あの死神みたいに強い幽霊だよ」

「ごめん、私はあんたたちと違ってそういうの見えないからわかんないよ。って言うか、それって清澄さんが憑けた幽霊に食べられたんじゃなかったっけ?」

 茜は腕を組んで考え込んでいた。あんなに怖がっていた幽霊の事を忘れるなんてどうかしていると思ったけれど、そんなタイミングであの独特な車の音が近付いてきていた。

 物凄いスピードで近付いてきた車も愛華ちゃんの車が道を塞いでいるのに気が付いて急ブレーキを踏んでけたたましくクラクションを鳴らしてきた。

 愛華ちゃんが中田博臣の車に近付くよりも早く茜が走って車の横に移動すると、何を思ったのか茜は中田博臣の車の助手席のドアを何度も何度も蹴り続けていた。その姿を見た私はあっけにとらわれてしまった。愛華ちゃんが茜を止めようと駆け寄ると同時に車から降りてきた中田博臣が茜に殴りかかっていた。

 中田博臣のパンチを笑いながら交わした茜はそのまま流れるような動きで再び車を蹴っていたのだが、中田博臣は茜を掴もうと手を伸ばしてきたのだが茜はその腕をしゃがんでかわすとその勢いのまま両手で中田博臣の膝に抱き着いてオリンピックで見たレスリングのタックルのように中田博臣を倒していた。

 受け身をとれなかった中田博臣はそのまま背中から真っすぐに倒れて呼吸が出来ないようだったが茜は構わずそのまま馬乗りになって中田博臣の顔面にパンチを叩き込んでいた。

「お前に憑いてたあいつがいなくなったことを恨むんだな。お前なんてこの世界に必要ない人間なんだ。今まで自分がしてきたことを後悔しろ」

 今まで茜と喧嘩をしたことは何度もあったけれどこんなに攻撃的な姿を見たことはなかった。殴り合いの喧嘩なんてしたことがないし茜が誰かとそんな事をしているところも見たことはない。それどころか、一緒にオリンピックを見ているときも私は日本人選手が活躍している姿を見て喜んでいたのに茜は興味なさそうに見ていたと思う。レスリングもボクシングも柔道も全く興味がなさそうに見えた。

 そんな茜が喧嘩慣れしてそうな中田博臣を圧倒している事に強烈な違和感があった。まるで誰かが乗り移ってしまったのではないかと思ってしまうくらい今の茜は別人のように見えた。昨日感じた違和感とは比べ物にならないくらい茜が別人になっているようにしか思えなかった。

「それ以上やったら死んじゃうよ。もうこいつは動けないよ」

 愛華ちゃんが茜を止めると茜は遊んでいたオモチャを取り上げられた子供のように悲しそうな表情を浮かべていた。こんなに寂しそうな顔をする茜を見たのはいつ以来だろうと思っていたけれど、あの表情をしている茜も別人なのかもしれないと感じてしまった。

 茜は蹴り続けたことで歪んで閉まらなくなっていた中田博臣の車のドアを開けて中からロープを取り出すと意識を失って動けない中田博臣の手足を縛ってから道のわきに生えている木にその体を縛り付けていた。

「ココで油断したらダメだよ。こいつは執念深いから意識を取り戻した後はきっと私たちの事を襲おうとしてくるからね。その時にこいつが動けないようにしっかり縛っておかなくちゃダメだよ。それに、このロープはこいつが自分で持ってきたやつなんだから問題ないでしょ」

 見た目にはどこにも違和感がないし声も茜のままなのに別人のようにしか思えない。だけど、それを指摘してしまうと私も中田博臣のようにされてしまうのではないかという恐怖が少しだけあって何も言うことが出来なかった。

「ねえ、教会に行くんだったらこの車に乗っていった方が良いんじゃないかな。あの車で行ったら警戒されちゃうと思うよ。あなたはこの車運転出来るよね?」

 私は愛華ちゃんと顔を見合わせたすぐ後に頷くと愛華ちゃんは自分の車を少し移動させてから中田博臣の車に乗り込んだ。

 私は一人後部座席に座って茜の後姿をじっと見つめていた。

 茜なのに茜じゃない、そんな気はするのにどう見ても目の前にいるのは私の知っている茜だった。

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