第41話 帰り道

 全く姿を見かけなかった幽霊たちが町に戻ってきたという事は土山久雄が解放されたという事だろう。私にとって変わらない日常が戻ってきたのだが、それは同時に中田博臣が行動を起こす合図になっているように思えた。

「お姉ちゃんって何か悩み事でもあるの?」

 いつもなら幽霊に話しかけられても無視をしている私がなぜか今回だけはこの女の子の事が気になってしまってついつい答えてしまった。幽霊とコミュニケーションをとるのは良くないことだとはわかっているけれど、何となくこの女の子とは話してもいいような気がしていた。

「うん、ちょっと友達のことで悩んでるんだよ」

「そうなんだ。私は友達がいないからわからないけど、お友達がいるのって悩むことなの?」

「悩むことばかりじゃないけど、今はちょっと問題があって困ってるんだよね。私の大切な友達が悪い人に騙されてるんだけど、その事を教えようと思っても私よりも悪い人の事を信じちゃってるんだよ」

「変なの。悪い人だってわかってるのに騙されちゃってるんだ。もしかして、それってお姉さんの方が悪い人って事はないの?」

「そんなわけないでしょ。私はうまなちゃんを騙したりしてないし」

「ふーん、そうなんだ。私にはどっちが悪い人かわからないけど、お姉さんは優しそうだから力を貸してあげようかな。困ったことがあったら何でも言ってくれていいからね。私がお姉さんのために何かしてあげるからね」

 人間も幽霊も悪い人は本心を隠して近付いてくる。青木たちがそうだったようにこの女の子も私に対して何か隠しているような気がしてならない。それでも、私はこの女の子の事を信じてもいいのではないかと思えていた。うまなちゃんを助けるために使えるものは何でも使ってしまおうという思いがあったことは否定できないが、それだけではない何か特別な力があるように感じていた。

「困った時があったらお願いしちゃうかも。でも、今は大丈夫だから気にしなくていいからね。心配してくれるだけで大丈夫だよ」

「わかった。私の事を信じてくれてありがとうね。お姉さんが私を信じてくれるなら私はお姉さんの味方だからね。その証拠に、お姉さんの事をずっと見てる悪い幽霊を追っ払っておいたからね」

 私の言葉を待たずに女の子は消えてしまった。まるでそこには誰もいなかったのではないかと思ってしまうくらいにあっさりといなくなってしまった。

 女の子が幽霊であることは間違いないのだが、あの子がいったい誰なのかわかるものは何もなかった。他に誰もいないところで出会った女の子の事を愛華ちゃんや清澄さんに聞いてもわからないと思うし、この事は誰にも言わないでおこう。

 得体の知れない幽霊と仲良くなるなんて良くないことだって思われちゃうだろうしね。


 土山久雄から連絡があったという事で私と千秋は零楼館へと急いで向かったのだ。いつもであれば会話をしながら楽しく歩く二人なのに、今日はうまなちゃんの事を心配している事もあって二人とも無言でやや駆け足であった。

「土山久雄の話では、これから偽教会にみんなで行くらしいよ。あいつはうまなちゃんたちを止められれなかったことを後悔してるみたいだったけど、中田博臣を野放しにしておく方が危険だからって言ってわかってもらったんだよ。土山久雄も偽教会に向かうとは言ってたんだけどね」

「やっぱり、うまなちゃんを偽教会に行かせないとダメなんですよね?」

「ダメって事はないんだけどね。うまなちゃんを助けるんだったらそこで無理やりにでも説得していかせないのが一番だと思うよ。でも、それをしたところでうまなちゃん以外の誰かがターゲットになるだけだと思うんだよ。今のうちに中田博臣をどうにかしておかないと他の誰かが酷い目に遭うことになるし、それが一人とは限らないからね」

 私も千秋もうまなちゃんが酷い目に遭わなければいいと思っている。でも、うまなちゃん一人が助かる代わりに他の人が酷い目に遭うなんてことは許されないだろう。今なら酷い目に遭う前にうまなちゃんを助けることだって出来るんだし、出来ることは出来るうちにやっておくべきなのだ。

「土山久雄の情報って本当に正しいのかな?」

「大丈夫。それは間違ってないよ。真名先輩も近くで見てたし、彼らが車に乗って郊外に移動しているのは幽霊たちも見てるからね。中田博臣のいるところと零楼館は偽教会を挟んで反対側になっちゃうけどこっちのほうが近いから先回りすることは可能なんだよ。でも、あんまりゆっくりもしていられないから車に乗っちゃってよ。続きは車の中で話そうね」

 私と千秋は後部座席に乗り込むと愛華ちゃんはゆっくりと車を走らせた。

 一刻を争う事態ではまだないという事もあって安全運転を心がけてくれているのは嬉しいけど、もう少し急いでもいいように思えた。

 千秋は隣にいる私の手を握っていたのだが、あの時握られた手よりも強く握られているように感じていた。

「ねえ、茜ちゃんって何か感じ変わった?」

 ミラー越しに目が合った愛華ちゃんの質問に対して答えがすぐに出てこなかった。そんな私を見ている千秋の不安そうな顔と強く握られた手が私の胸を締め付けていた。

 何も変わっているところなんて無いと思うけど、そうだと言い切れない私。なぜそう思ってしまうのか、自分でもわからなかった。

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