第40話 お風呂での考え事

 うまなちゃんは以前よりも青木たちに心を開いているようだ。

 それのほんの少しでも私たちに向けてほしいと思わないこともなかったけれど、今の楽しそうにしているうまなちゃんの姿を見ていると余計なことを言ってうまなちゃんを困らせるのは良くないと思ってしまった。

 イザーちゃんも今みたいに楽しんでいるうまなちゃんを見るのが嬉しいようでやたらと私に話しかけてきていた。

「こんなに楽しそうなうまなちゃんを見るのは初めてかも。家で漫画とかアニメを見ているときも楽しそうにはしてるんだけど、やっぱり友達が出来たことで人生も充実しているんだろうね。私も生きているときはうまなちゃんみたいに友達と遊んでたりしたのかな」

「イザーちゃんって生きていた時の記憶とかないの?」

「うん、私は全然何も覚えてないんだ。でもそれでいいと思うの。だって、うまなちゃんが幸せならそれでいいと思うんだからね」

 うまなちゃんの心が満たされていると守護霊であるイザーちゃんの心も満たされるんだろうな。私はそんな二人の様子を微笑ましく思ってみていたのだけれど、うまなちゃんが友達だと思っている青木たちに裏切られてしまうという事を知っているので複雑な気持ちだった。

 いっそのことすべてを打ち明けてしまいたいところではあるけれど、そんな事をいきなり私が言ったところで信用してもらえないだろうし、逆に私の事を嫌いになったりするんだろうな。うまなちゃんが私よりも青木たちを信用しているというのは抗いようのない事実なのだ。


「あんなに楽しそうにしてるうまなちゃんを見ているとさ、青木たちの事を教えたくなるよね」

「うん、それが出来ればいいんだけどね。私たちが今それを言ったところでうまなちゃんは信じてくれんだろうか。多分、うまなちゃんは私たちの話を聞いてくれると思うんだけど信じてはくれないんじゃないかな。私達よりも青木たちの事を信じると思うし」

「そうなんだよね。ところで、あんた最近何か感じ変わった?」

 突然伸びてきた千秋の腕が私に左耳に触れた。その瞬間私は体を硬直させてしまったが、そんなことは構わずに千秋は私に触れていた。

「なんか、前までと耳の形が違ってるように見えるんだよね。あんたの耳ってもう少し小さかったような気がするんだけど、耳って整形できるのかな?」

「ちょっとやめてよ。整形なんてするわけないでしょ」

 私が怒った感じで千秋の手を払いのけると千秋は自分の指を不思議そうに眺めていた。

 千秋はそのまま指の匂いを嗅いでいるのを見て私は無性に恥ずかしくなってその手をギュッと握った。

「なんで臭いなんて嗅いでるのよ?」

「別に意味なんてないけど。何となく嗅いだだけだよ。別に臭いとかじゃないけど」

「そうじゃなくて、そんなことするの恥ずかしいでしょ。やめてよね」

「うん、ごめん。でも、なんかいつもと違うように見えるんだよね」

「なんも変わってないって。変なこと言わないでよね」

 千秋に体を触られることは何度かあったけれど今みたいに全く予兆もなく触られたことはなかったと思う。今まではふざけていた状況で流れから触られていたと思うんだけど、今の触り方とタイミングは何故かドキッとしてしまった。

 私たちに話をしようと近寄ってきたイザーちゃんが私たちの様子を見てそのまま何も言わずに帰っていってしまった事もあってより恥ずかしいと思ってしまっていた。


 家に帰って一人になると余計なことを考えてしまう。

 部屋にいてもご飯を食べていてもどうすればうまなちゃんに上手に話をすることが出来るんだろうという事ばかり考えていた。イザーちゃんに話すことで間接的にうまなちゃんに知ってもらうことが出来るかもしれないけど、そんな事をしたところでイザーちゃんはうまなちゃんに何かを伝えることが出来ないので時間がかかってしまうだろう。それに、そんな事を知ったイザーちゃんが昔みたいに誰にも近寄らせない感じになってしまう可能性だってある。

「そんな事になったらうまなちゃんと話が出来なくなっちゃうかもな」

 何気なく言った独り言に誰かが反応したような気がしたけれど、今は一人で自分の部屋にいるのだからそんなはずはない。周りを見回しても自分しかいないし鏡を見ても誰かがいるなんてことはなかった。

「千秋に耳が変だって言われたけど、そんなことないと思うんだけどな。あんまり自分の耳ってじっくり見たことないからわからないけど、変わってないような気がするんだけど」

 考え事をしているとついつい独り言が多くなってしまう。誰かに聞かれてまずいことではないけれど、何となく一人で話していることが気恥しくなって私はお風呂に入ることにした。

 体を隅々まで綺麗に洗ってからゆっくりと湯船につかる。誰にも邪魔されない至福の時間ではあるが、こんな時にも考えてしまうことはうまなちゃんの事ばかりだった。

 中田博臣が見た目以上に悪い人だという事がわかってしまった今、何かすべきだと思うけれど何もすることが出来ない現状がもどかしい。

 全てをうまなちゃんに伝えたところで信じてもらえるだけの信頼関係を築くことが出来なかった自分を恨んでしまう。あの時にもっと積極的に話しかけていれば良かったと後悔してしまう。

「どうにかしてうまなちゃんを守らないとな」

 私の何気ない独り言に誰かが答えたような気がしたけれど、当然お風呂には誰もいない。水面に映っている私もいつもと何一つ変わることはない。私以外に誰もいるはずがないのだ。

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