第38話 土山久雄と鈴木愛華

「中田に憑いていた幽霊がいなくなって俺は自由になれると思っていた。あの死神みたいな幽霊に見張られているという恐怖から逃げ出すことが出来るようになったと思って喜んでいたのもつかの間、それ以上に恐ろしい思いをするとは思わなかった。恐ろしさで言えばこの世界で中田を超えるモノなんてないとは思っていた、あんなに恐ろしい生き物なんているはずがない。あんなに歪んだ考え方をするなんてどうかしていると思ったし、そんな男に憑いている幽霊なんだから常識では考えられないくらい恐ろしいものだというのも納得できた。でも、そんな恐ろしい幽霊を圧倒するほど強い力を持った幽霊を手なずけているあんた達はいったい何者なんだ。俺もあんた達みたいに強くなれるのか?」

「私たちみたいになりたいんだったら努力するしかないね。努力していればいつかは僕たちみたいになれると思うよ。君は私よりも才能があると思うし、栗宮院午彪奈緒美夫妻みたいになれる可能性だってあるんじゃないかな」

「そんなに強くなれる可能性があるのか。なあ、いったい俺はどうすればいいんだ?」

「そうだね。まずは霊能力者としての基本的なあり方を覚える必要があるんじゃないかな。君は今まで自己流でやってきたと思うんだけど、そのやり方を全て忘れて正しい方法で幽霊と接触することから始めないとね」

「分かった。そのやり方を教えてくれ」

「その前に、一つ君に確認しておかないといけないことがあるんだけど、正直に答えてもらえるかな?」

「俺が答えられることだったら何でも聞いてくれ」

「君たちは栗宮院うまなに何をするつもりなのかな?」

「中田の話では、町はずれにある悪魔の家に監禁して薬漬けにしてやっちまうって事らしい。俺はもちろんそんなことは良くないと止めたんだが、言って聞くような奴じゃないし今までも似たようなことは何度も繰り返されているんだ。今回は栗宮院うまなだけじゃなく岩田浩二の彼女とその友達も一緒で西勇作も立ち会うらしい」

「西勇作ってのは青木詩織の彼氏の先輩だったかな。青木詩織の彼氏は?」

「青木詩織の彼氏の岩田浩二は今回の事は何も聞いていないぞ。あいつは若い女を呼ぶことしかできないからな。あいつ自身は金も集められないゴミだって中田は言ってたな。見た目だけは良いんで女を集めることは出来るけど、あいつは自分の周りに女を集めるだけで中田に紹介しようとはしないって言ってたな。西勇作も岩田浩二の事は気に入っていないみたいで今回の作戦を考えたのも西勇作だそうだ。用意した女を中田に譲ることで信頼を得ようと思っているみたいだ。西勇作は金をそれなりに用意することは出来るけど中田好みの若い女を用意することが苦手なようだし、岩田浩二に何度も女を紹介するように言っていたのに無視されていたのも影響しているみたいだな」

「あいつらはそんな事を考えているのか。噂で聞く通りのクズ人間だな。で、中田に憑いていた悪霊はもうこの世界に存在しないんだが、お前はいったいどうするつもりだ?」

「俺は今までの事を悔い改めまっとうに生きたいと思っている。許されないことをしてきた自覚はあるんだが、少しでも罪を償いたいと思う。そのために出来ることならなんでもやるつもりだ」

「いい心がけだな。お前が今までやってきたことは中田に恐怖を感じてたとはいえ許されるようなことではないはずだ。だが、そのことを後悔して心を入れ替えるのは良いことだと思うよ。さあ、今からお前が出来ることを少しずつやっていこうか」

「俺に出来ることならなんでも協力するよ」

「そう言ってくれて嬉しいよ。とりあえず、お前の中にある余計なモノを少しずつ外に出して綺麗な状態にしないとね。大丈夫、その椅子に座っているだけで終わるから安心してくれよ」

「椅子に座っているだけでいいのか。椅子に座っているだけでいいなんて凄いな。もっと大変なことをしないといけないのかと思っていたよ」

「大丈夫大丈夫。お前はそこに座っているだけでいいんだよ。そこに座っていると幽霊が行列を作っているのが見えるだろ?」

「ああ、見えるけど、いったい何の行列なんだ?」

「あの幽霊たちはお前の中にある余計なものを少しずつ持っていってくれるんだ。大丈夫、ちょっと噛まれるけど痛みなんて全くないからね。実際にお前の体を噛むわけじゃないから痛みなんて全くないんだよ。でも、痛みがないだけで噛まれる感触はあるみたいだけどね」

「噛まれるのは嫌なんだが。それ以外の方法はないのかな?」

「あるにはあるんだが、そっちは物凄く痛くて我慢出来ないと思うよ。全身の骨を粉々に砕いてしまうから治るまで動くことも出来ないからね。ご飯だって食べられないし、トイレだって自分の意志とは無関係に垂れ流しになっちゃうから。そんなの嫌でしょ?」

 鈴木愛華の合図と同時に並んでいた幽霊たちがゆっくりと土山久雄に近付いていき一人ずつ順番に行儀よく大きな口をあけて一口ずつ噛んでいったのである。痛みを感じていないはずの土山久雄も噛まれる感触は不快なようで苦悶の表情を浮かべていたのであった。

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