第30話 呪われてしまった車

 聞き覚えのある声に安心して顔を上げると、そこに立っていたのは清澄さんであった。清澄さんは車を追いかけてこの建物までやってきたのは良いものの、車を降りた人がどこの部屋に入っていったのかまでは確認できなかったそうだ。階段には明り取りと換気用の小さな窓しかついていないので何階まで上がっていったのかさえ確認することも出来なかったらしい。

「尾行って意外と難しいんだね。バレないように距離をあけようとしたらどこに入ったかわからなくなっちゃった。なんでもっと大胆に行動しなかったんだろうって思っちゃうよ」

「仕方ないですよ。だって、真名先輩は探偵とか出来そうもないですもん。目立たないようにしてたこと自体が奇跡だと思いますよ」

「やっぱりそうだよね。自分でもこの仕事は向いてないなって思ったからね。でも大丈夫。車に仕掛けといたから問題ないよ」

「この短時間によく出来ますね。真名先輩って本当は悪い人だったりします?」

「そんなわけないでしょ。俺ほどの善人はこの街にいないんじゃないかな」

 清澄さんと愛華ちゃんが笑いながら外に出ていったので私と千秋もそれに続いていった。車に仕掛けたというのがどんな装置なのか気になっていた。車や機械の事なんて詳しくない私が見てもわからないとは思うんだけど、何かあるのかなと軽い気持ちで車の方へと視線を向けると同時に私はこの場に立っているのが嫌になってしまった。

「え、どうしたの。あんた顔色悪いけど何かあったの?」

 千秋が私の事を心配してくれているのでそれに答えようと思うのだけど、あの車から一瞬でも目を離したら呪われて殺されてしまうんじゃないか。そう考えてしまって視線を外すことが出来なくなっていた。

「本当にどうしたの。急に体調悪くなっちゃったのかな。おーい、私の声って聞こえてるのかい?」

 私は車から視線を外さないように注意しながらゆっくりと顔を立てに動かしていた。滅多に自分からはやらないことなのだけど、私の顔の前で動いていた千秋の手を掴んでギュッと力を込めて握っていた。はじめは驚いていたような感じだった千秋も私の手が自分の手を握っていることに対して千秋からも握り返してくれていた。その事で私は少しだけ落ち着きを取り戻していたのだけど、車に憑いている幽霊の恨みとも殺気ともとれる恐ろしい視線から体も心も逃れることが出来なかった。

「ごめんごめん、ちょっと伝え方を間違えちゃったかもしれない。今すぐ訂正してくるからそのままでいてね」

 清澄さんが私と車にいる幽霊の間に割って入ってくれたおかげで私に向けられていたあの恐ろしい視線から逃れることが出来た。私に視線が向いていないというのはもうわかっている事ではあるけれど、先ほど感じていた痛いほどの殺気と一瞬でも目を離したら目の前までやってきて殺されてしまっているのではないかという恐怖は一生忘れられないのではないかと思ってしまう程であった。


「ちょっと、ちゃんとしてくれないと困りますよ。私もちょっとアレはやり過ぎだなって思ってたんですけど、何も知らない茜ちゃんがビビりまくっちゃってるじゃないですか。私と真名先輩が近くにいたから大丈夫だっただけで、他の見える人が通りかかっていたら大変なことになってたと思いますよ」

「本当にごめんね。ちゃんと相手を伝えてはいたんだけど、伝え方を間違えちゃったかな」

「どんな伝え方をしたんですか。どうせ抽象的な誰にでも当てはまりそうな感じで伝えたって事ですよね。いったいなんて伝えたんですか?」

「普通にさ、うまなちゃんに対して何かしようと思ってる人が近付いてきたら行動を見張ってね。って伝えただけだよ。別におかしいことなんて言ってないでしょ」

「確かにおかしくはないですけど、その言い方だったら茜ちゃんがうまなちゃんと一緒に何かしたいなって思ってたら見張られることになるじゃないですか。茜ちゃんとうまなちゃんって友達なんだから次に会った時に何かしたいなって思ったりするのが普通だって考えなかったんですか?」

「考えなかったね。その発想はなかったからこそ新しい発見をして学ぶことが出来たわけだね。茜ちゃんには申し訳ないことをしちゃったけど、お互いに成長するために仕方ないことだったと思って水に流してね」

 まだ心臓がバクバク言っている状態なので私は清澄さんに対して言い返すことが出来なかった。それでも、私はあの幽霊に負けないくらい強い気持ちで恨みのこもった視線を真っすぐに向けるのであった。

「何だお前ら、入り口に固まって邪魔だぞ。はよどかんと殺すぞ」

 金髪に色の濃いサングラスをかけたガラの悪い男が怒鳴りながら私たちの間を通り抜けてあの車のところへと向かっていった。

 金髪男は私たちの事を見つつ立ち止まっていた清澄さんの肩を思いっきり押していた。

「あの人大丈夫ですかね。何事もなかったかのように車に乗っていっちゃいましたけど、あの車に憑いている幽霊って思いっきりあの男の人の事見てましたよね?」

「うん、見てたね。アレってあのままで大丈夫なんですか?」

「大丈夫だと思うよ。この辺にいる間は見てるだけでいいよって伝えてあるからね。うまなちゃんに悪意を持って近付いていったら驚かしてもいいからねって伝えてるけどさ」

「あの、驚かすってどの程度ですか?」

「さあ、あいつ次第じゃないかな。腕の一本とか片目が無くなっても意外と何とかなるからね」

 私は何も言えなかった。これが清澄さんなりの冗談なのかもしれないけど、あの幽霊ならそれくらい本当にやってしまいそうだと思ってしまったのだ。

「ねえ、あんたがさっき具合悪そうにしてたのってあの車についてた幽霊が原因って事なの?」

「うん、凄く恐ろしい幽霊が憑いていたんだよ。千秋には見えなかったかもしれないけど、凄く凄い怖かったよ」

「そうだろうね。あんたの怯え方って尋常じゃなかったもんね。それに、ほら」

 千秋が指をさしたのは私の足元で、恥ずかしいことに自分でも気付かなかった。

 私は足元に出来ていた小さな水たまりを愛華ちゃんと清澄さんバレないように足で延ばしてなかったことにしようとしていた。

 顔を上げた私と目が合った清澄さんが気を使ってくれているような表情を見せて笑顔を作ってくれたのは少しだけイラっとしてしまった。

 でも、あんな怖い幽霊をこんな昼間に呼び出すことが出来るこの人には逆らわないようにしようと心に決めたのであった。

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