第29話 気になる車
青木たちと遊んでいるうまなちゃんを見ていると少し離れた場所にいつも同じ車がとまっているのが気になった。
「ねえ、あのフェンスの向こうにとまってる車って、うまなちゃんの近くにいつもいるような気がしない?」
「そこまで注意してみてなかったけど、言われてみたらいつも似たような車がとまってたような気はするかも。あんなに高そうな車に乗ってるってことは、お金持ちなのかな?」
「そうかもしれないね。愛華ちゃんの車も似たような感じだったと思うから今度どれくらいしたのか聞いてみようか」
「それはやめといた方が良いんじゃないかな。値段を聞くなんてちょっと下品だと思うよ」
「そう言われたらそうかも。何でもかんでも値段を気にするのって良くないかもね」
「私達には買えないものなんだし、変えないモノの値段を聞いても仕方ないでしょ」
「だよね。あ、うまなちゃんが帰ったらあの車もいなくなったよ。ちょっと怪しいよね」
千秋と一緒にあの車を追いかけてみようかという話もしてみたんだけど、私たちは徒歩だったしお金もなかったので諦めるしかなかった。でも、あの車がどうしても気になる私は次の機会にちょっとしたことを試してみようと思った。
「何か企んでるっぽいけど、私を変なことに巻き込むのはやめてよ」
「大丈夫。千秋の事は巻き込んだりしないから」
私は今まで一度も千秋を巻き込もうなんて考えたことはない。むしろ、危険から遠ざけてあげようとしていたくらいだ。それなのに、私の事を心配した千秋が勝手に巻き込まれているだけの話なのだ。それについて少しだけ申し訳ない気持ちにはなるけれど、私が関与できない部分に千秋が関わってきてしまうのでどうすることも出来ないのだ。
「なるほどね。うまなちゃんの近くにいつも怪しい車がとまってるって事なんだ。私は仕事があるから備考とか出来ないと思うんだけど、真名先輩なら暇だと思うからお願いしてみるね。来週は真名先輩も茜ちゃんたちと一緒にうまなちゃんを見守ってもらうことにするからね。大丈夫、ああ見えても意外と頼りになる男だからね」
愛華ちゃんはそんな事を言ってくれてはいたけれど、私も千秋も清澄さんの姿を見ていなかった。愛華ちゃんに聞いてみても清澄さんは怪しい車を見張っているから大丈夫だと言ってるんだけど、車が走り去ってもそれを追いかけている車もバイクも自転車も見かけていないので不安であった。
「ねえ、清澄さんって愛華ちゃんが言ってるように頼りになる人なのかな?」
「どうなんだろう。私もあんまり話したことないから詳しいことはわかんないけど、ヤバい人ではないと思うよ。差し入れとか私にもくれてたし良い人だと思うよ」
「あんたって本当に単純よね。いつか変な人に引っかかるんじゃないかって不安になるわ」
なんてことを話していると、愛華ちゃんから電話がきた。普段はあんまり電話で話さない相手だとなぜか緊張してしまってうまく喋ることが出来ない時がある。
「もしもし、お疲れ様です」
「お疲れ。ちょっと前に車が移動したと思うんだけど、真名先輩がその車を追ってくれてるみたいなんでもう少ししたら茜ちゃんたちを迎えに行くね。そのまま二人を連れてその場所まで行こうと思ってるんだけど、二人ともこれから予定あったりするかな?」
「私は特に予定はないです。千秋も大丈夫だって言ってます」
千秋は何も言ってないけどこの後に予定なんてないだろう。そう決めつけた私は千秋に確認もとらずに答えていた。
「ねえ、大丈夫って何の話?」
「清澄さんがあの車を追いかけていてくれたみたいでさ、その車がいる場所まで愛華ちゃんが迎えに来てくれるんだって。千秋はこの後予定とかないよね?」
「この後の予定って、家に帰って宿題してテレビ見るくらいしかないよ。それくらいしか予定はないけどさ、そういう話ってちゃんと私に聞いてから答えてよ」
「ごめん、でもさ、千秋なら私と一緒に行ってくるかなって思ったんだよね」
「そりゃ、あんた一人で行かせるわけにはいかないよね。愛華ちゃんと清澄さんが一緒だったとしてもさ、あんたを守るのは私しかいないんだし」
「いやいや、逆に私が千秋を守る立場なんですけど」
そんな言い合いをしばらく続けているといつの間にか愛華ちゃんが私たちの隣に立っていた。何とも恥ずかしいところを見られてしまった私はちょっと顔が熱くなってしまっていたが、それは千秋も同じだったようだ。二人とも顔を手で仰ぎながら愛華ちゃんの後についていった。
「向こうは車だったんで遠い場所なのかなって思ってたんだけど、意外と近場だったみたいだよ。車に乗っていたのは姿を見られたくなかったからなのかもね」
目的地であるビルの隣にある駐車場に先ほどの車がとまっていたのを確認した。何の看板も出ていないビルではあったけど、玄関にある郵便受けには会社の名前らしきものがいくつか書かれていたのでオフィスビルなのかもしれない。
建物全体から感じられるジメジメした空気間は私を拒んでいるようでこれ以上先に進みたくはなかった。それでも、せっかく清澄さんが見つけてくれた場所なんだしここで引き下がるわけにはいかないだろう。
そうは思っても、私は階段を上がる勇気を持てずにいた。
その時、誰かが階段を下りてくる足音が聞こえてきた。ゆっくりと一歩ずつ確実に歩みを進めるかのように降りてくる足音は私に対して逃げろと言っているようにも聞こえていた。
どんな人が下りてくるのか見なくてはいけないと思っているのだけど、私はどうしても階段の上を見ることが出来ずにいた。上を向くと見てはいけないものが見えてしまうような気がしていたのだ。
私は千秋に抱きしめられた状態で降りてきた人を迎えることになったのだが、どうしても顔を上げることだけは出来なかった。
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