第28話 うまなちゃんの守護霊

 守護霊というのは常に守るべき人の背後にいるものだと思っていたのだけれど、うまなちゃんの守護霊であるイザーちゃんはある程度自由に行動を許されているそうだ。

 それだけ聞くと浮遊霊が時々うまなちゃんを守っているだけなのではないかと思ってしまいそうだが、実際のところは栗宮院午彪と奈緒美夫妻に零楼館の清澄真名と鈴木愛華のいずれかがうまなちゃんの近くにいない時は一時たりともそばを離れることはない。

「そんなわけでね、私はうまなちゃんと離れて自由に行動することも出来るのよ。学校にいる時以外は基本的に自由にすることが出来るんだけど、万が一って事態も考えられるからそんなに遠くまではいかないんだけどね」

「今は大丈夫なの?」

 うまなちゃんはこの時間は零楼館でアルバイトをしているはずだ。私の家から零楼館までは車でも結構時間がかかる距離なのだけど、守護霊の神秘的な力で距離の問題はないのだろうか。

「大丈夫よ。今は家にいる時と同じくらい安全だからね。あの場所には清澄も鈴木もいるから安心なのよ。それに、あの建物自体も特殊な造りになってるから勝手に入ることが出来ないようになっているのよ。私も正式に招待されるまで入ることが出来なかったくらいだし」

「お化け写真館って言われてるみたいだけど」

「それは見た目とか歴史とかそういうので勝手に言ってるだけでしょ。私たちから見たら神社とか教会よりも入りにくい場所になってるわよ。肉体を持たないものをとことん拒絶するような結界が貼られているんだけど、その術式も古今東西和洋折衷ありとあらゆるものが緻密な計算によって干渉しあわないギリギリの場所にあるのよ。一つの結界を抜けることが出来たとしてもすぐに他の結界に阻まれて追い出されてしまうのよ。追い出される程度で済めばいいんだけど、運が悪かったらそのまま別の世界に飛ばされてしまうかもね」

「それって、成仏とは違うの?」

「どうなんだろうね。私は成仏したことがないから何とも言えないんだけど、清澄の話では何にもない空間に飛ばされちゃうって話だよ。それが本当かどうかは調べようもないんだけど、何体かの霊がどこかに飛ばされて完全に存在が感じられなくなったこともあったからね。あなたならわかってると思うけど、成仏したり別の世界に行ったとしても微かに存在を感じることは出来るじゃない。でも、あの結界に弾き飛ばされるとそのほんのわずかに感じているはずの気配すら感じなくなっちゃうのよ。生まれ変わりを期待することも出来なくなっちゃうんだと思うし、零楼館に関わろうなんて考えるバカはいなくなったわね。そもそも、清澄に関わること自体が私たちにとって良くないことだったりするんだからね」

「清澄さんって、そんなに怖い人なの?」

「怖い人というと語弊があるかもしれないけど、あの人をどうにか出来る幽霊なんて古今東西全宇宙他の次元を探しても見つからないんじゃないかな。零楼館の結界を一人で作り上げたってのもあるんだけど、あの人に憑いているのがとんでもなく嫉妬深い恐ろしい人だったからね。老若男女問わず近付く幽霊はみんな無条件に問答無用で排除されちゃうのよ。あの結界を作るのに相当力を使っていたみたいで今は清澄の中で力を取り戻すために休んでるみたいなの。私たちとしてはそのまま一生外に出てこないで清澄の中に居続けてほしいって思ってはいるんだけど、そんなことは不可能なのよね。ある程度回復したら清澄が無意識のうちに体の中から排出してしまうから留まることは出来ないってわけ」

「そんなに強いんなら結界なんていらないと思うんだけど」

「私もそう思ったのよ。でも、話を聞いてみると他の幽霊が近づくのも嫌なんだって。幽霊なんて嫉妬深いものと相場は決まってるんだけど、あの人は度を越していると思うんだよね。私もうまなちゃんに対して執着はしちゃうけど、近付くものをすべて排除しようなんて考えにまでは至らないのよ。清澄の事を純粋に愛しているからこそそうなってしまっているのか、ただ単に嫉妬深い怖い女ってだけなのかわからないけど、そこまで思うことが出来るってのがあの強さの秘密なのかもしれないわね。ほら、病は気からって言うでしょ。それと同じで、霊力は思いの強さに比例しちゃうんじゃないかな。もちろん、守護する相手の潜在的な力にもよると思うけどね」

「ちょっと待って、それだったら霊能力のないうまなちゃんの守護霊であるイザーちゃんはそんなに力が無いって事になるんじゃないの?」

「ああ、みんな勘違いしているんだけど、うまなちゃんは別に霊能力がないわけじゃないのよ。本当だったら清澄や鈴木よりも力を上手に扱うことが出来るんだよ。でも、午彪と奈緒美がそれを望まなかったんで清澄と鈴木も協力してうまなちゃんの力を抑え込んでるってわけ。それでも抑えきれなかった分は私が強引に吸収して無かったことにしているだけだし」

 私は急に肩を掴まれて心臓が飛び出たのではないかと思ってしまうくらい驚いてしまった。清澄さんに憑いている霊が私の事を殺しに来てしまったのかと思ってしまったためだ。霊能力がある私が清澄さんに近付いたことをよく思っていないんじゃないかと考えていたタイミングだったこともあってそう思ってしまったのだ。

「ねえ、さっきから誰と会話してるのか知らないけどあんたの言葉しか聞こえない私はすっごく怖いんですけど。違うとは思ってるけどさ、あんたって変な薬とかやってないよね?」

 うまなちゃんの守護霊であるイザーちゃんとの話に夢中になって忘れていたけれど、私の家には千秋が遊びに来ていたのだった。その事をすっかり忘れてしまって話に夢中になっていたのだが、イザーちゃんの姿も見えず声も聞こえない千秋にとっては私がイザーちゃんと話している姿も独り言を言っているか奇行にしか見えないだろうな。

「ごめん、うまなちゃんの守護霊と話してて夢中になってた」

「いや、うまなちゃんの守護霊なのにうまなちゃんのいない場所にいるっての意味わかんないんだけど。確かに誰かいるんだろうなってのはぼんやりとわかるんだけどさ、それがうまなちゃんの守護霊だったって意味わかんないじゃん。守護霊ならうまなちゃんのそばに居ろよ」

 千秋の言っていることはもっともだと思う。

 私もイザーちゃんが守護霊にもかかわらず学校以外ではほぼ自由に行動しているというのはいまだに理解出来ていないところもあるのだ。

 それでも、千秋にイザーちゃんの事や零楼館の事を話すことで自分の中でも少し整理することが出来たのは良いことだと思った

「でも、今まではあんたと一緒にいても私には何にも感じなかったんだよね。あんたと一緒にいすぎて幽霊が見える力がうつってきたのかもね」

 幽霊に触れる時間が増えるにつれて霊能力が開花することもあるだろう。私がイザーちゃんと話をしているときは大体千秋が傍にいるし、私もイザーちゃんも千秋の事を気にしているので千秋の中に眠る力に影響を与えてしまっている可能性も高そうだ。

 だが、私はそんな事を千秋に言えるはずもなく適当なことを言ってごまかすのであった。

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