第33話 氷像の銀世界
—1—
——三刀屋奈津視点。
遥か上空。
隊列を組み広範囲に展開した魔鳥の群れ。
そのさらに上に陣取ったクロウはこちらの戦力を削り取るべく的確なタイミングで爆撃投下の合図を出す。
「
亜紀が両手を天に掲げ、厚い氷の障壁を築く。
隊員を守るには広域をカバーしなくてはならない。
対ヴォニア戦まで神能の消耗は避けたいところだが、オレか亜紀のどちらかが防御に回らないと盤面は崩壊する。
亜紀が防御に徹している間はオレが亜紀を守りつつ氷剣で敵を斬る。
「大丈夫か亜紀」
「はい、問題ありません」
襲い掛かる魔狼と魔猿を氷剣で一閃。
地上の魔族の蹂躙は
数的不利を強いられている上に黒焔狼と白月猿は異能を操ることができる。
軍師級には遠く及ばないものの黒焔狼が炎。白月猿が肉体強化を操る。
銃と剣を装備した魔族討伐部隊の精鋭や
数の差ですり潰されるのは時間の問題だ。
「魔鳥の爆撃では決定打に欠けるか。ではこれならどうだ?」
クロウの合図で魔鳥の陣形が変化する。
カラスのような漆黒の見た目をした魔鳥がグルグルと旋回し、その渦の中から赤い羽の魔鳥が急降下してきた。
魔鳥は速度を落とすことなく亜紀が展開している氷の障壁に突っ込んだ。
「……ッ」
激しい爆発に亜紀の顔色が変わる。
「自爆特攻とは悪趣味だな」
知略型の魔鳥——
体全体を爆発することができる高い攻撃能力を持っている。
本来であれば最終手段として自爆を行い、敵を巻き込む戦術が一般的だが、亜紀の障壁を破る為だけに自爆特攻を仕掛けてくるとは。
それも1回や2回ではない。
障壁が割れるまで何度も何度も飛び込んでくる。
戦争は多くの犠牲の上で成り立っているがこんな戦い方、褒められたものではない。
「兄さん、そろそろ危ないかもしれません」
「全員後方に下がって衝撃に備えろ!」
障壁に亀裂が入り、ついに盾が破られてしまう。
爆撃と爆風が地上を駆け抜ける。
息つく間も無く、魔鳥が投下した爆撃の雨が襲い掛かる。
砂煙で視界が悪い中、血の匂いを嗅ぎつけた魔狼と魔猿が負傷した隊員に追撃を仕掛ける。
オレに対する恨みが力に変換されているのか。
魔族が脅威的な連携を見せている。
これもクロウの戦術が上手くハマっているからか。
「軍師級だと思って侮っていた」
亜紀という最高戦力を前線にぶつける事に気を取られすぎた。
亜紀を温存したとしてもここで敗れてしまったら元も子もない。
もう悲劇は繰り返さない。
「亜紀、作戦がある」
「私も声を掛けようかと思っていました」
氷拳で魔狼の頭を粉砕し、『
「魔鳥を一掃できるか?」
天を指差し、亜紀の反応を窺う。
オレが指している魔鳥の中には三獣士・爆撃鳥のクロウも含まれている。
「兄さんのお願いなら亜紀は兄さんを信じて全力を尽くすだけです」
「本当にオレは頼もしい妹を持ったな」
「それを言うならこの世に兄さんより頼りになる人はいませんよ」
作戦を遂行する為にオレと亜紀がギアを上げ、会話を阻んだ邪魔者——黒焔狼と白月猿を一撃で灰に変えた。
神能の威力もコントロールも申し分ない。
こちらに向かって駆けてくる亜紀に正対し、氷剣を構える。
失敗は許されない。
1度きりの奇襲。
「氷騎士一閃ッ!」
全速力で飛び込んできた亜紀を氷剣の腹で受け止めて空高く打ち上げる。
爆撃の雨を掻い潜りながら高速で上昇し、ついに亜紀の手が魔鳥の1体に届いた。
「不味い! 赤爆鳥、その女を今すぐ地上に撃ち落とせ!」
「もう遅いですよ」
魔鳥の頭を鷲掴みにした亜紀の双眸が蒼く輝きを放つ。
「
神能を極めし者が習得できる3系統のうちの1つ。
その名前の通り広範囲を制圧する場面で絶大な力を発揮する。
亜紀と同じ氷の神能を宿す三刀屋の家系で代々受け継がれてきた必殺技だが、亜紀の才能が『
普通であれば身体から強烈な冷気を発し、広範囲を氷漬けにして場を制圧する技だったのだが、亜紀のそれは敵が多ければ多いほど威力を増す。
一瞬で氷漬けにするのではなく、亜紀が標的と定めた相手を起点に冷気が猛スピードで伝播するのだ。
起点となった最初の敵でさえ行動不能に陥るというのに冷気が伝播する度に威力が爆発的に増していくので遠くにいる敵ほど大ダメージを受ける。
故に亜紀の
「こ、これは」
クロウの視界には同胞が氷漬けになり、落下していく様子が映った。
そして、悟った。
これは助からないと。
「あの女を前線に行かせるのは危険だ。ヴォニア様、私に力を……」
氷狼のヴォニア直属護衛軍・三獣士としての使命感がクロウの体を突き動かした。
一か八かで自身の四肢を爆破させ、襲い掛かる冷気の威力を軽減できないか試みる。
だが、指揮官のクロウは亜紀から一番離れた場所に陣取っていた。
つまり、伝播する冷気の威力が最大化された場所だ。
クロウは四肢を犠牲にするも体の9割が氷漬けになり、コントロールを失い、ただ落下するだけとなった。
唯一無事だった左目で亜紀を睨んだ次の瞬間、クロウの体が発光する。
赤爆鳥と同じ自爆。
亜紀を道連れにするつもりだ。
「無駄です」
氷のように冷たい亜紀の声。
空に漂った強烈な冷気がクロウに集約され、強固な結晶で包まれた。
完全にクロウを仕留めた亜紀は空中で身を翻し、一直線にオレ目掛けて落ちてくる。
「うおっと」
「兄さん、魔鳥の殲滅完了しました」
抱きとめた腕の中で亜紀がモゴモゴ動く。
「よくやった。流石はオレの妹だ」
亜紀を地面に下ろして頭の上に手を置いた。
遥か頭上では氷像と化した魔鳥の群れが粉々に砕け、薄らと灰が漂っている。
地面に落ちたら二次被害が出る。
それを考慮して亜紀が神能をコントローして氷を極限まで凝縮して砕いたのだろう。
後処理も完璧だ。
爆撃鳥のクロウから前線の情報を引き出せればよかったが、自ら自爆を選択するような奴だ。
どの道、情報は得られなかっただろう。
生き残った隊員は極少数。
天草さんのいる隣の戦場もぱっと見で10人程度しか生存者は確認できない。
前線で戦う余力を残した隊員はいなさそうだ。
「!?」
何の前触れも無く、頭痛のような痛みが走った。
蒼竜ミルガルドが出現した時と同じ、大規模な魔力反応だ。
「兄さん、この方角は仙台の方ですよね?」
「ヴォニアが動いたみたいだな。大和さんと九重さんが危ない」
オレと亜紀だけならこの場を離脱することができる。
だが、そうなれば隊員達が助かる確率は限りなく低い。
「兄さん、亜紀はここに残ります。兄さんはヴォニアを倒してきて下さい」
もう1度大技を放つにはインターバルが必要だ。
だが、その猶予はない。
「安心して下さい。すぐに追いついてみせます。それに私には仲間がいます」
隣の戦場で雷鳴が轟き、その隣の戦場では爆炎が吹き荒れた。
微かに伝わる衝撃波。八神と四宮がいる戦場を取り囲んでいた炎の檻が消滅した。
それぞれの戦場で存在感を放つ英雄候補生の姿。
三獣士の魔力反応が完全に消失している。
この短期間でよくもまあここまで成長したものだ。
この場は彼等に任せよう。
「亜紀、この戦い絶対勝つぞ」
「はい」
亜紀は仲間を救う為に、オレはヴォニアを倒す為に走りだした。
集え、世界のリセットに抗う者たちよ 丹野海里 @kairi_tanno
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。集え、世界のリセットに抗う者たちよの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます