第28話 後方支援部隊

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「怪我人だ! 通してくれ!」


 怪我人を乗せた担架が人の間を縫うように走り去って行く。

 担架が向かう先、治療室の前は負傷者で溢れかえっていた。

 医者の数が足りておらず、負傷者同士で包帯を巻き合うという異常事態だ。


 後方支援の拠点——仙台空港。

 ここはもうパンク寸前だった。


 怪我人の救助と治療、武器や食料の補給、戦況の把握、拠点の防衛。

 後方支援部隊はこれらの業務をこなしている。

 第一次魔族大戦の際にオレが所属していた部隊でもある。


「兄さん、集合場所を変えた方がよかったんじゃありませんか? これでは戦う前に隊員の士気が下がってしまいますよ」


 仙台空港に集まった援軍の数は500人。

 他県に配属されていた魔族討伐部隊の精鋭と百園さんの呼び掛けに応じた魔族狩人イビルハンターだ。

 想定よりも魔族狩人イビルハンターが集まらなかった為、報酬を上乗せしたらしいがそれでも30人程度しか集まらなかった。

 戦況があまり芳しくないという噂が蔓延している事が主な原因だろう。


「戦場はもっと悲惨だ。この程度で怖気付くようなら今からでも帰ってもらった方がいい」


 戦意を喪失した兵士が戦場に出向いたところで無駄な血が流れるだけだ。

 最悪足手纏いになりかねない。


「失礼だな。ここに集まった人達はそれなりに覚悟を決めている」


 オレと亜紀の会話を聞いていたのか長身の女が声を掛けてきた。

 軍服ではないからこの場に集まった数少ない魔族狩人イビルハンターだろう。


「あなたは?」


高城たかぎだ。娘の幸せを心から願う魔族狩人イビルハンターさ。我が子の未来の為に戦いに来た。君は英雄候補生の教官だろ?」


「三刀屋奈津です。失礼ですがどこかで?」


「安全区域に住んでいれば君のことは知っているさ。なんたって魔族を退けた英雄だからな」


「オレは別に何もしていませんよ」


 オレは三獣士に見捨てられた下級の魔族を掃討したくらいだ。

 持ち堪えたのは神能十傑の九重さんや亜紀達だ。


「五色くんの件は残念だった。彼とは何度か話をする機会があってね」


「そうでしたか」


 オレの知らないところで繋がりが生まれ、何の縁かこういう形で交わるとはな。


「兄さん、そろそろ時間です」


「そうだな」


 亜紀に促され、隊員が整列する前方に足を進める。

 ここに集結した500人はオレの命令で動くことになる。

 それはつまりオレに命を預けることと同義だ。

 絶対に失敗は許されない。

 隊員の前に立ち、左から右に隊員の顔を眺めていく。

 全員が真っ直ぐオレを見つめ、言葉を待っている。

 隊員にもそれぞれ家族がいる。

 作戦に参加する事で2度と会えなくなる可能性もある。

 内心不安でいっぱいだろう。

 それでも家族の為に、人類の未来の為にこの場に集まった。

 オレはそういった想いに、覚悟に応えなくてはならない。


「敬礼!」


 空港の正面の扉が開き、魔族討伐部隊の隊員が号令を掛けた。

 それに応じて全員が姿勢を正す。

 空港に入ってきたのは中年の男。

 緊迫した空気が流れる中、男は軽く手を上げて体勢を楽にするよう合図を出した。


「なおれ!」


 軍服を纏う強面の男。

 彼の肩には銃と剣が交差されたワッペンが付いている。

 魔族討伐部隊に所属している隊員で彼を知らない者はいない。


 天草晴時あまくさはるとき

 前線に赴く全隊員をまとめる兵長だ。

 神能を宿す家系の生まれでは無い為、無能力者だが剣や銃、槍や弓などあらゆる武器の扱いに長けており、第一次魔族大戦では神能十傑の次に多くの魔族を屠った。

 自ら戦地に赴く一方で隊員の教育にも力を入れていて、厳しさと強面も相まって鬼兵長と呼ばれている。

 ただ、実力は本物なので隊員からは絶大な信頼と尊敬の念を抱かれている。


 オレも武器の扱いは天草さんから教わった。


「天草さん、ご無沙汰してます」


「奈津、貴重な戦力を連れて来たぞ」


 挨拶も早々に天草さんが視線を背後に向けた。


「なんであいつらが」


 天草さんのインパクトで存在が掻き消されていたが扉の前に一条、二階堂、二階堂兄、四宮、八神が立っていた。


「京華に頼まれたんだ」


「百園さんにですか」


「戦局の悪化を受けて神能を使ったらしい。その結果このいくさで英雄候補生の力が必要になると判断したようだ」


 百園家に伝わる神能は『未来視』。

 記憶の一部を失う代わりに未来を視ることができるという能力だ。

 那由他さんとの読み合いで分が悪いと踏んで最終手段に出たようだ。


 最強に思える未来視にも弱点はある。

 神能を使って未来を視たとしてもすでに盤面が詰んでいたら抗いようがない。

 だがこうして戦場に変化を加えてきたという事は僅かに希望が残されていると取れる。

 あるいは強引に未来を捻じ曲げようとしているのか。

 こればっかりは未来を視た百園さんにしか分からない。


二階堂紅葉にかいどうくれはです。ヴォニアは私が倒します!」


 二階堂の勇ましい声が隊員の心を奮い立たせる。


「威勢がいいな。京華に直談判しただけのことはある」


 感心したように天草さんが呟いた。

 神能を宿す血族は人類の兵器になり得る。

 神能十傑が良い例だ。

 絶望的な状況でも彼等が真の力を発揮すれば戦況を引っくり返す可能性を秘めている。

 英雄候補生はまだまだ未熟だが、安全区域襲撃や実技訓練を潜り抜けてきた。

 百園さんが作戦に加えると判断したのなら教官として彼等の進化に期待するしかない。


「この部隊の指揮権を任された三刀屋奈津だ。正直に言う。戦況は最悪だ。獣人族の襲撃で前線は崩壊した」


 包み隠さず事実を淡々と伝える。

 大和さんと九重さんは氷狼のヴォニア率いる獣人族に敗れて後退中。

 敵は数の暴力でこちらの残存勢力を根絶やしにしてくるだろう。

 1秒でも早く前線防衛組と合流する必要がある。

 これ以上神能十傑が欠けてしまったら取り返しがつかない。

 宮城県が支配され、東北が魔族の支配下に落ちる。


「敵の総数はここに集まった隊員の20倍。1万を超える。単純計算で1人20体がノルマだ」


「20体って……」


「いくら何でも無謀すぎるだろ」


 隊員の口から弱音が溢れるのも無理はない。

 神能を宿さない一般隊員の基本戦術は複数人で魔族1体を倒すのが定石だ。

 基本戦術を実行するには隊員の数が魔族の数を上回っている必要がある。

 仮に大和さんの隊と合流することができたとしても数の暴力で飲み込まれてしまうだろう。


 数字だけを見れば勝ち目はない。

 だが、敵が魔族だからこそ勝算はある。


「いいか、今から作戦を伝える」


 圧倒的劣勢から逆転出来得る唯一の策をオレは話すのだった。

 もちろん無傷とはいかない。

 それなりの代償を支払うことになる。

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