第27話 獣人族の王とその牙

—1—


「情けはいらない。倒れている人族の息の根を確実に止めろ!」


 血の匂いが充満する淀んだ戦場に魔族七将・氷狼のヴォニアの声が轟く。


「待て、待ってくれ! ぐあああああ!!」


 ヴォニアの命令を受け、命乞いをする魔族討伐部隊の隊員が次々と再起不能になっていく。

 残酷にも思える光景だが、反乱の芽を摘むという意味では定石だ。

 魔族にとっては強さこそが絶対。

 敗者は自由の権利が奪われ、勝者に従うしかない。


「想定通りの結果になったな」


 作戦の立案を行った那由他がヴォニアの隣に立ち、戦場を見下ろす。


「ここ数年の睨み合いが嘘のようだ。こうもあっさりいくとはな」


 那由他の実力を半信半疑だったヴォニアも結果を出されては認めざるを得ない。


「まだ油断はできない。敵将2人を討ち漏らしているからな」


「風使いの大男と手負いの影使いか」


五色大和ごしきやまと隊員と九重正ここのえただし隊員だ。大和隊員の攻撃力の高さがこちらにとって不安要素の1つだったが、戦闘の様子を見た限り息子を亡くしたのがかなり効いているみたいだな」


「蒼竜ミルガルドを蘇らせる生贄として彼の子供を選んだんだろ。魔族の俺が言うのもアレだが那由他、お前は恐ろしい奴だな」


 神能を引き出すには精神力や気力が重要になる。

 メンタルが不安定な状態では本来の実力を発揮することができない。

 それを理解した上で、この局面を見据えた上で、那由他は五色響を生贄に捧げたのだ。


「ここが片付いたら戦力を分散させて敵将を討ちに出る」


「全軍で叩いた方が早くないか?」


「人類がここまでのピンチに陥るのは人魔大戦以来だ。ヴォニア討伐作戦が決行された以上、敵は追加の戦力を出してでも遂行してくるはずだ。ここで敗北したら人類には後がないからな」


 この戦いは両陣営の指揮権を握る那由他と百園の読み合いでもある。

 しかし、力の差は歴然。

 人類側の戦力や戦術を熟知している那由他に分があるのは言うまでもない。


「追加の戦力ってのは氷騎士か?」


「ああ、間違いなく彼が出てくるだろう。ヴォニアには彼と戦う前に大和やまと隊員とただし隊員を倒してほしい」


「任せろ。氷騎士を殺せるなら何でもする」


 復讐の相手と対峙した瞬間を想像したのかヴォニアの表情に笑みが溢れる。


「それじゃあ、両軍の兵力と今後展開する戦術について共有しよう」


 那由他は持参した図面に両軍の人数を書き入れていく。

 ヴォニアが率いる獣人族の総数は12,300体。

 獣人族は元を辿ると『うしとらたつうまひつじさるとりいぬ』の12の部族に分けることができる。

 今回の作戦で1部族あたり1,000体が召集されたので合計で12,000体。

 そこに魔族七将・戦鎚のギガス残党兵の巨人族が300人加わった。


 ちなみに将軍を務める氷狼のヴォニアはいぬの部族出身。

 ヴォニアの直属護衛軍を務める『三獣士』の爆撃鳥のクロウはとりの部族、怪猿のバオはさるの部族、炎獅子のライオネルはとらの部族出身だ。


 対する人類サイドの総数は6,500人。

 その内5,000人近くが今回の作戦で犠牲になった。

 魔族が勝利を収めた要因としては人間の行動が鈍くなる夜に奇襲攻撃を仕掛けた事と霧に含まれる魔素の恩恵を受けた面が大きい。

 前線ともなれば霧に含まれる魔素の濃度も高い。

 魔族にとって戦闘に向いている環境下だったという訳だ。

 当然、緻密に練られた那由他の作戦が上手くハマった結果でもある。


「三獣士の3体には追加の戦力を潰してもらいたい。人類が近隣の地域に応援を要請したとしても集まるのはせいぜい500人程度だ。とはいえ、その中には氷騎士や腕の立つ人間が混ざっている。合流される前に出来る限り戦力を削っておきたい」


 三獣士3体とその配下3,000体からなる部隊を追加戦力にぶつける。

 この時点で人類との兵力差に6倍のアドバンテージがある。

 さらに3,000体の中には黒焔狼や白月猿などの知略型が450体含まれているおまけ付きだ。

 獣人族の精鋭部隊と言っても過言ではない。


「言葉を選べ。今の言い回しだと三獣士を捨て駒に使うように聞こえるぞ」


 合流される前提で話を進められた事に対してヴォニアが腹を立てた。

 三獣士であれば全滅も狙えると。


「不快にさせたなら謝罪する。そんなつもりはなかった」


「まあいい。俺は残りの隊を率いて敵将2人を討ち取る。その足で三獣士に加勢して氷騎士を討ち取る。お前はどうする?」


「私は脇役に徹するよ。部外者に加勢されても興が醒めてしまうだろ? 今回は知恵を貸すに留めておくさ」


「そうか。人族なりの配慮ってやつか」


 那由他とヴォニアの作戦会議に一区切りが付いた頃、戦場には復讐に飢えた獣の呻き声が地鳴りのように鳴り響いていた。

 人類の掃討が完了し、各部族の代表並びに三獣士の3体がヴォニアの合図を待っている。


「我が友、戦鎚のギガスの死から5年! ようやく雪辱を果たす時が来た!」


 全獣人族がヴォニアの声に耳を傾ける。


「今こそ同胞を弄んだ憎き人族に復讐する時だ! 剣を取れ! 牙を研げ! 獣人族の恐ろしさを人族の脳に刻み込め! 全ては我々獣人族の未来の為に! 行くぞ!!」


『「GUAAAAAAAA!!!!!」』


 大地を震わす咆哮。

 ヴォニアのスピーチで獣人族の指揮が最高潮に高まった。


—2—


 今でこそ獣人族の王として崇められているヴォニアだが、彼の人生は苦難の連続だった。

 実力主義の魔界には吸血鬼や鬼族や竜族など、多種多様な種族が存在するがその中でも獣人族の地位は限りなく低かった。


 戦闘に優れたカリスマ的存在の不在が原因として挙げられる。


 まともな食事に有り付けず、他種族の奴隷に成り下がり、残飯を恵んで貰って飢えを凌ぐ者や闘技場の見せ物として殺し合いに参加する者など、全員がその日を生き抜く事で精一杯だった。


 加えて12の部族はリーダーの不在で統率が取れておらず、部族間での争いが絶えず続いていた。

 他の部族を従える事で勢力の拡大を目指していたのだ。


 ヴォニアはそんな混沌と化した時代に生まれた。

 生まれてすぐに親に捨てられた為、両親の顔も覚えていない。

 生きる術を知らずに育った彼は物乞いや窃盗で空腹を満たすしかなかった。

 だが、そんな生活が上手くいくはずもなく、度々捕まっては顔の形が変わるまでボコボコに殴られた。


 本来仲間であるはずのいぬの部族は血の気が多く、他の部族との抗争に明け暮れ、女と子供と老人を放ったらかしていた。

 だから頼るあてもなかった。


 理不尽な世の中に怒りを覚えながらも現状を変えるには力が足りない。

 不満や憎しみをエネルギーに変えてヴォニアは我流で戦闘訓練を始めた。

 自分の利益しか考えない腐りきった世の中、無駄な争いで血を流す同胞。

 それらに自分の意見を通すには圧倒的な力で存在を示すしかない。

 そして、知能の足りない彼等に分からせる必要がある。

 互いに手を取り合えば争わずとも豊かな生活を送ることができると。


 ヴォニアは多くの挫折を繰り返しながら真面目に訓練に励んだ。


 訓練を始めてから10年。

 ヴォニアは実力を試す為に闘技場のバトルロイヤルに潜り込んだ。

 そこで炎獅子のライオネルと出会う。

 当時、闘技場で無敗記録を持っていたライオネル。

 彼は獣人族の地位向上の為に1人で戦い続けていた。

 絶対的な自信を持っていたライオネルだったが、ヴォニアと一騎打ちになり初めて敗北を味わうことに。


 ライオネルはヴォニアの才能と信念に惚れ込み仲間になる事を決めた。


 その後、4部族を吸収し勢力を拡大したさるの部族がいぬの部族を攻めてくるのだが、これをヴォニアとライオネルで返り討ちにした。

 その戦闘の最中に怪猿のバオと出会った。


 この頃にはヴォニアの名前は獣人族の間でも認知されるようになっていた。

 その噂を聞きつけてとりの部族の部族長を務める爆撃鳥のクロウが訪ねてきた。

 獣人族の現状と未来について夜通し話し、クロウはヴォニアの野望とカリスマ性に惚れ込み、そのまま仲間となった。


 部族の統一を行う過程で魔族七将・戦鎚のギガスに目をつけられ、派手に衝突する事になるが、拳を合わせた事でギガスはヴォニアの実力を認めた。

 獣人族の地位向上や奴隷解放運動の働きかけを行ったのもギガスを始めとする巨人族だった。


 12の部族を統一し、圧倒的なカリスマ性で獣人族の王となったヴォニアは人類を討ち滅ぼす大役となる魔族七将の称号を手にした。


 魔族七将・氷狼のヴォニア、彼は自分を信じてついてきてくれた仲間の為に戦う。

 争いの無い平和な世界を夢見て。

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