第4話 安全区域の現状
—1—
「そろそろ帰るか」
初日の講義を終えたオレは職員室で資料を作成していた。
英雄候補生が抱える弱点の克服と長所を伸ばすメニューの考案だ。
那由他さんがオレに指定した1年間という期限。
英雄候補生の現在のレベルと世界のリセットまでの猶予を考慮すると遅くても半年で仕上げなくてはならない。
魔族がいつまでも悠長に待ってくれるはずがないからな。
まずは1〜2ヶ月で基礎となる地盤を固めていく必要がある。
「兄さん、初日の講義お疲れ様でした」
「待っていてくれたのか。先に帰ってても良かったんだぞ」
「兄さんを待つのは苦じゃありませんから。それに
グラウンドに出ると亜紀が出迎えてくれた。
亜紀に紹介され、五色がこちらに頭を下げる。
深い緑色の髪が特徴的な五色の立ち姿はキリッとしていて内面の真面目さが滲み出ている。
「三刀屋先生、貴重な経験をさせて頂きありがとうございました。今後ともご指導の程よろしくお願いします」
「講義中でもないし、そんなにかしこまらなくていいぞ」
「いえ、そういう訳にはいきません」
ぶんぶんぶんと顔の前で手を振る五色。
敬意を払ってくれるのは有り難いがこれでは心の距離が縮まるまで時間が掛かりそうだな。
「それで2人は何を話してたんだ?」
「三刀屋さんが生徒の中で1番早く魔狼を倒していたのでアドバイスを頂きたくて僕の方から声を掛けたんです」
「神能とイメージ力の関連性について説明していました」
「そうか。五色、期限が決まっているから焦るなとは言わない。だが初めて魔族と戦って自分が思っているより体と頭は疲れているはずだ。今日はもう帰って休んだ方がいい」
「そう、ですね。分かりました。お先に失礼します」
五色は何か言いたげな様子だったが自分の中で咀嚼したのか深く頭を下げてオレ達に背を向けた。
真面目な奴ほど潰れるのが早い。
上を目指そうとする
意識して休息時間を設けないと心も体も壊れてしまう。
—2—
安全区域、つまり壁の中にいれば上位種の魔族に襲われる心配はない。
とはいえ、例外もある。
突然発生型のゲートが壁の中に出現すればゲートから魔族が溢れてくる。
その度に神能十傑の九重さんを中心に対応しているが日本列島で同時に複数箇所ゲートが発生した場合には対応が困難となる。
魔族を狩る事を職業とする
ゲートは発生場所の予測がつかないことから地震や噴火や台風などの自然災害と同列に考えられている。
自然災害なら仕方がない。運が悪かった。国民は受け入れ難い現実もそうやって無理矢理納得させて生きている。
「案外平和ですね」
助手席の窓を開けて安全区域の街並みを眺める亜紀。
魔族七将を討ち滅ぼし、魔族を根絶やしにするべく訓練に励む身としてはこのギャップに思うところがあるだろうな。
「4都市にある
ゲートを開くにもそれなりの魔力が必要らしい。
魔族が人間界を攻め切れていない要因がそこにある。
「兄さん、帰る前に喫茶店に行きたいのですが。家の近くに評価の高いお店があるみたいです」
「そうだな。夕飯はそこで済ませるか」
「ありがとうございます!」
上機嫌な亜紀のナビに従い、5分ほど車を走らせて喫茶店に到着。
店内はカウンター席が6席と2人掛けのテーブル席が5席とコンパクトな造りだった。
個人経営のカフェのようで母と娘で切り盛りしているようだ。
「ラズベリーソースパンケーキとイチゴパフェをお願いします」
「ふわとろオムライスをお願いします」
テーブル席に腰を掛け、注文を通してから程なくして料理が運ばれてきた。
亜紀は大の甘い物好きでお菓子やデザートに目がない。
「んー、甘酸っぱくて美味しいです。兄さんも一口食べますか?」
頬を押さえて口に広がる幸せを噛み締める亜紀。
そんなに美味しそうに食べられるとオレも味が気になる。
「パンケーキを一口もらってもいいか?」
「もちろんです。はい兄さん」
亜紀がフォークで一口サイズに切り分けるとこちらにフォークを差し出してきた。
パンケーキにかかっているラズベリーソースが照明に反射して光っている。
ソースが皿に落ちる前に差し出されたパンケーキを口に含む。
生地が柔らかくソースの甘味も抑えられているので食べやすい。ラズベリーの酸味がクセになるな。
「えっと、兄妹で仲良くやっているところ申し訳ないのだけど気づいてしまった以上無視する訳にもいかないから。お疲れ様です。三刀屋先生、三刀屋さん」
「紅葉、別に前半部分は言う必要は無いだろ」
炎の神能を宿す赤髪の兄妹、
生活圏内が被っていれば生徒と鉢合わせることもあるか。
「2人も仲が良いんだな」
「勝手に決めつけないで下さい」
「こら、お前はそうやってすぐに棘のある言葉を吐く。三刀屋先生、妹がすいません。良かったらご一緒してもいいですか?」
「なんでそうなるのよ」
二階堂が物凄い形相で兄を睨みつけるも兄は飄々と受け流している。
こちらとしては別に構わないがあとは亜紀次第だな。
「構いませんよ」
視線を送ると亜紀は短くそう答えた。
なぜかは分からないが声音が少し怒っていた。
店員の許可を取り、テーブルを合わせてオレは亜紀の隣に移動。対面に二階堂兄妹が座る形となった。
「三刀屋先生はどういった経緯で教官になったんですか?」
二階堂兄がコーヒーを口に馴染ませて話題を振ってきた。
「上司の命令だ。特に深い理由はない」
「上司というのは?」
「魔族討伐部隊クリムゾンの隊長、
「那由他さんが……那由他さんから直接の指名となると三刀屋先生はそれだけ信頼されているんですね。戦闘の方もかなりの実力みたいですし」
オレが魔族七将の一将を倒したことは公にはなっていない。
当時15歳だったオレを悪意ある大人から守る為に那由他さんが事実を隠蔽したのだ。
知っているのは神能十傑と魔族討伐部隊クリムゾンの一部のメンバーと亜紀だけだ。
「2人は那由他さんに会ったことはあるのか?」
「父がまだ現役の時に何度か。あ、でも最近手紙を貰いました。魔族を滅ぼす英雄候補生として訓練を受けないかって」
2人の父、
2人にとって魔族は復讐の対象というわけだ。
「先生言ってたよね。1年間で私達を魔族七将と互角に戦えるレベルまで引き上げるって。今日の魔狼との戦いぶりを見てもそれは変わらない?」
意志の強いルビーのような赤い瞳が真っ直ぐとオレを映す。
「神能十傑の家系によって指導方法が異なるから技術面に差こそあるが伸び代は十分感じ取ることができた。オレが考案した訓練についてくることができれば魔族七将とも互角に渡り合えるはずだ」
「そう。なんというか凄い自信ね。一体その自信がどこから来るのか聞きたいところだけど、そろそろ三刀屋さんに刺されそうだからやめておくわ」
二階堂のオレに対する口調や態度が気に入らなかったのか、亜紀がスプーンでイチゴパフェをぐるぐる混ぜていた。
あるいは2人の空間を二階堂兄妹に邪魔されて面白くなかったのかもしれない。
二階堂にはああ言ったが英雄候補生を神能十傑レベルまで育て上げなければ人類に未来はない。魔族に人類が滅ぼされてしまうからな。
それだけはなんとしても阻止しなくてはならない。
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