第5話 三刀屋式特殊訓練

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 2日目の講義は座学から始まった。

 スポーツ選手やアーティスト、発明家など偉業を成し遂げた人達に共通しているのは知識の豊富さだ。

 膨大な情報を取捨選択し、正しい知識を身に付けて適切なタイミングでアウトプットできるかどうか。

 凡人とそうではない人間の違いがそこにある。


 分かりやすい例を挙げるとすればスポーツならただ我武者羅に練習をしていても努力の方向性が間違っていれば思うような結果は出ない。

 神能もそれは同じ。

 家系で代々受け継がれてきた神能。


 一条家であれば雷。

 二階堂家であれば炎。

 三刀屋家であれば氷。


 同じ神能を宿しているとはいえ、個人が得意としている戦闘スタイルは異なる。

 英雄候補生7人が同じメニューをこなすのではなく、それぞれの長所を伸ばす訓練を行う必要がある。


「神能の極地には3つの系統が存在する。誰か分かるか?」


 黒板に講義の要点をまとめ、振り返って生徒の反応を窺う。

 すると、五色が遠慮がちに手を挙げた。


「五色、答えてみろ」


「はい、広範囲攻撃。神能の武装化。固有神能です」


「正解だ。1つずつ解説していく」


 まずは広範囲攻撃について。

 高火力で敵を制圧する広範囲攻撃は一撃で戦況を逆転させる力を持つ。

 炎であれば一面焼け野原にするなどイメージがしやすいことから神能十傑の多くが必殺技として採用している。


 次に神能の武装化。

 これは自身の体や武器に神能を鎧のように纏わせる技だ。

 昨日の講義で二階堂兄が剣に炎を纏わせていたのがこれに当たる。

 神能の武装化を完全に使いこなせるようになれば何の変哲もない剣も万物を焼き切る唯一無二の武器に昇華させることができる。

 また体に神能を纏わせれば身体能力の向上、攻撃力と防御力の上昇など全体的にパラメーターの上昇が期待できる。


 最後に固有神能について。

 その名の通り他者には扱えない個人特有の神能技だ。

 上記2種類に関しては神能が同じであれば、つまり同じ家系の人間であれば扱うことができるが固有神能は個人の特性に影響される為、完全オリジナルとなる。

 性格が大きく反映され、固有神能を発動する=自分自身と向き合うことになるので消費するエネルギーが最も多い。


 魔族七将を討ち取るなら固有神能を獲得するのが理想的だが、広範囲攻撃と神能の武装化を極めることができればかなり良い勝負まで持っていけるはずだ。


 ここまで一気に話し終え、オレはペットボトルの水を喉に流し込んだ。

 どの系統を極めるか。生徒もなんとなく頭の中で想像できているとは思うがあくまでもこれは神能の極地の話だ。

 土台である器を築き上げなくては習得することすら叶わない。


「これから1〜2ヶ月は肉体を鍛える体力トレーニングと神能を鍛えるトレーニングを中心とする。午後はグラウンドに集まるように」


 気怠そうに頬杖をついていた八神が席を離れ、校舎から出て行った。

 他の生徒も昼食をとるべく机に弁当を広げたり外の景色を眺めたりと思い思いの時間を過ごし始めた。


 オレはそんな様子を横目に資料を脇に抱えて廊下に出た。

 生徒には神能を極めた先にあるものとして3系統説明したが、実はもう1つだけとある条件下でのみ発動する神能の隠し能力がある。


 3系統全てを極め、自らが死に直面した時に限り神能は『覚醒』する。


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「残り3周! 最下位はプラス1周!」


「ひぇっ、お、鬼だ……」


 最後尾を走る青髪の小柄な少女、四宮が悲鳴を上げる。

 午後になり、グラウンドに集まった7人に課した最初のメニューは10キロマラソン。

 前線に赴けば自分の足で戦場を駆け回らなくてはならない。

 持久力の向上は必須だ。


「つ、疲れたー」


 プラスで1周走り終えた四宮が両手で脇腹を押さえて大きく息を吐き出した。

 神能十傑の血族であれば日常的にランニングは行っているだろうが、10キロ全力疾走となると未知なる経験だっただろう。

 四宮以外のメンバーも距離を重ねるにつれて極端にペースが落ちていった。


 ランニングの後は休む間も無く腕立て伏せ、腹筋、背筋などの筋トレを行い、続けて体幹トレーニングも実施した。

 筋力と体幹を身に付ければ戦闘時に役に立つ。ボディーバランスを活かした戦いができれば攻守の選択肢が広がる。


 基礎体力トレーニングをそつなくこなしていたのは金髪碧眼の少女、一条織覇いちじょうおりは

 昨日の魔狼との戦いでは雷の神能のコントロールに苦戦していたようだが、体力面や筋力面では他の生徒を遥に上回っている。

 きっかけさえ掴めば飛躍的に伸びるかもしれない。


「次は神能を鍛える訓練を行う。一条、自分が神能を全力で解放した場合何秒持つか把握してるか?」


「計ったことはありませんが恐らく10秒くらいだと思います」


「となると戦場では1〜2秒ってところだな。動き回って呼吸が乱れ、強敵を相手にすれば思考も鈍くなる。精神的に不安定になればさらに持続時間は短くなるだろう」


 神能の威力を極限まで上げれば代償として技を発動している間は呼吸ができなくなる。

 人間が息を止めることができる平均時間は1分間と言われている。

 だがそれは息を止めると事前に分かっている状態で計測されたものだ。

 戦闘の最中、心拍数が上がっている状態に酸素を吸い込めないとなるとやはり1〜2秒が妥当だろう。


「体力トレーニング直後に神能を全力解放させて全てを出し切ることで戦場の擬似的な状況を作り出す。以上のメニューを通常訓練として1セット行い、後は個人訓練に入る。個人訓練のメニューは1人ずつ順番に説明していくからそれまで神能を全力解放させて自分の発動持続時間を覚えておくように」


 戦場ではコンマ数秒が明暗を分ける。

 日頃の訓練から神能を全力解放させて経験を積むことで発動時間を伸ばす計画だ。


「八神は別メニューだ。亜紀もこっちに来てくれ」


 悪食の神能を宿す八神は全力解放の訓練には参加できない。

 幼少期からオレと生活を共にしている亜紀もこの程度の訓練なら必要ない。


「俺とエコ贔屓で何をさせるつもりだ?」


「お言葉ですが兄さんは生徒を公平な目で見ていると思いますが」


 八神と亜紀の視線がバチバチにぶつかる。


「八神には近接戦闘を鍛えてもらう。亜紀は仮想魔族として八神の対戦相手になってくれ。ただし神能の使用は禁止とする」


「分かりました」


「随分と舐められたもんだ」


 悪食の神能の発動条件は対象となる魔族を食らわなくてはならない。

 つまり近接戦闘は避けては通れない。

 この訓練で亜紀から色々と吸収してくれればいいが。

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