第6話 氷姫無双

—1—


 グラウンドに雷鳴が轟き、それとほぼ同時に爆炎が二発連鎖する。

 吹き荒れる灼熱の波を暴風が掻き消し、空に水の柱が打ち上がった。

 刹那、力を使い果たした英雄候補生が一斉に地面へと吸い込まれていく。


 凄まじい衝撃音に八神が気を取られた一瞬。

 対峙していたはずの亜紀が目の前から消え、次の瞬間には懐に入り込まれていた。

 重心を下げ、正拳突きの構えから腹部目掛けて右拳が伸びてくる。

 八神は咄嗟の反応で左腕を立ててガード。

 しかし、完全には防ぎきれず後方に弾き飛ばされてしまう。


「神能無しでこのスピードとパワー。教官も大概だが妹も化物かよ」


「昨日から思っていましたが八神さん、大きいのは口と態度だけですか?」


「チッ、人に見下されるってのはこんなに癪に障るんだな」


 ガードで負傷した左腕を右手で軽く払い、八神が亜紀を睨みつける。

 一般人の中ではカースト上位に君臨していた八神も英雄候補生の中に混ざれば有象無象の一人に過ぎない。

 突出した才能を持つ亜紀を前にすれば霞んでしまうのも仕方がない。


 八神はステップを踏みながら距離を詰め、亜紀の胸元を掴もうと手を伸ばす。

 亜紀はそれを阻止する形で八神の腕を外側から掴むと手前に思い切り引いた。

 前屈みになりバランスを崩した八神の腹部に右膝が入る。


「ガハッ」


 八神の口から空気が漏れる。

 普通なら地面に倒れ込んでもおかしくない一撃だったが、八神のプライドがそれを許さなかった。

 捕食者のような鋭い目つきで亜紀に殴りかかる。

 蹴りを混ぜながら止められようと何度も、何度も、何度も攻撃を仕掛ける。

 が、一向に亜紀にダメージを与えることができない。


「そろそろ他の皆さんの体力が回復された頃合いですし、終わりにしましょうか」


「嘘、だろ」


 八神が全力で放った拳はいとも簡単に亜紀の手のひらに収まった。

 そのまま腕を掴まれ、八神は遠投のように宙に投げ飛ばされた。

 完全敗北。

 八神は地面を転がりながら自分が食われる側なのだと初めて思い知らされた。


—2—


「今から個人訓練に入るがその前に神能を短時間で伸ばす裏技を教えようと思う」


 生徒をグラウンドの中央に集め、少しばかり講義をすることに。

 まあ、講義と呼べるほどのものでもないが。


「そんなんがあるなら最初から言えよ」


 亜紀との対人戦で負傷した箇所が痛むのか八神が肩に手を当てながら食いついてくる。


「神能にはイメージ力が大きく関係している」


「イメージ力……」


 一条が顎に手を置きながら小さく呟いた。


「つまり自分の頭で想像することができない攻撃はできないということだ。想像力が豊かな人ほど攻撃のバリエーションも豊富だ」


「その想像力をどうやって鍛えるかって話だろ」


「八神さん、それを今から兄さんが説明するから大人しく聞いていなさい」


 亜紀に凄まれ、八神がシュンと小さくなった。

 なんというか力関係が目に見えて分かるようになったな。


「方法は簡単だ。漫画、アニメ、映画、何でもいいから創作物に触れろ。異能力やバトルを題材にした作品を摂取すること。これが神能を伸ばす一番の近道だ」


 アニメ大国と呼ばれている日本には創作物が溢れている。

 異能力バトルが題材の作品では主人公やその仲間が炎、水、風、光、闇などの基本属性を持っている。

 英雄候補生の神能と同じ能力を持ったキャラクターは数多く存在する。

 八神の悪食だけやや特殊だが、先人達が築き上げた歴史の中には類似した能力を持ったキャラクターはいくらでもいる。


 作品から技の知識を蓄え、個人訓練で形にしていく。

 インプットからのアウトプット。

 オレが思うに最も効率的な上達方法だ。


「そんなことで本当に上達するのかしら」


 赤髪を靡かせながら二階堂が疑問の声を上げる。


「二階堂が疑う気持ちは分かる。だが騙されたと思って試してみて欲しい」


「別にやらないとは言ってないので」


 こちらの指示には従うと二階堂が頷いた。

 後ろに立つ二階堂兄も優しく微笑んでいる。

 神能とイメージ力の関連性についての説明を終え、予定通り個人訓練を行うべくまずは一条と二階堂を呼び出した。


「2人は戦闘スタイルが似てるから同じメニューをこなしてもらう」


 グラウンドの隅に円形の的を設置し、的から15メートルの場所に白線を引いた。

 的には色が塗られており外側から青、赤、黄色と中心に近づくにつれて面積が小さくなっている。


「色が付けられているということはより中心を狙うことで正確性を高める訓練といったところかしら?」


「英雄候補生ならこの距離から撃ち抜けて当然だ。正確性を高めつつ、速度と威力を加える訓練だ。ただし電撃と火球のサイズは拳大までとする」


 俊敏な魔狼に対して手こずっていた2人が正確性を高めるのは絶対条件。

 そこにスピードと威力を重ねる。

 どれも単体なら効果を高めるまでそれほど時間が掛からないかもしれないが、組み合わせるとなると至難の技だ。


「習得したら次は的を動かす。その後で同時攻撃に移る」


「分かりました」


 一条が覚悟を決めた芯のある眼差しをこちらに向け、二階堂も的に腕を伸ばして意識を集中させている。

 一条は真面目だし、二階堂は負けず嫌いな性格だ。

 こちらの想定よりも早く習得するかもしれないな。



「待たせたな」


 刀で素振りをしていた二階堂兄に声を掛ける。


「いえ、それで俺は何をすればいいですか?」


「あの岩を斬ってもらう」


「岩を、ですか」


 一条と二階堂が訓練を行っている真逆のグラウンドの隅に身長を優に超える巨大な岩が転がっている。

 刀に炎の神能を纏って攻撃を放つ二階堂兄には『神能の武装化』の習得に努めてもらう。

 心の乱れが無く、練度が増せば岩も真っ二つに斬れるはずだ。


「刀に炎を纏わせて素振りを行うことで型を自分のものにしろ。あらゆる雑念を捨て、心が無になった時に初めて刀が応えてくれるはずだ」


「やってみます」


 少し抽象的な表現になってしまったかもしれないが理解してくれたようだ。

 八神は亜紀に任せるとして残すは四宮と五色か。



 四宮の武器は神能の出力の高さだ。

 小柄な体格からは想像もできない莫大なエネルギーが彼女の中に眠っている。

 しかし、戦うことに対して後ろ向きな考えを持っているのか敵である魔狼に背を向けていたのが気になった。

 なぜ敵に背を向けたのか。何に対して不安を覚えているのか。

 神能を鍛えるというよりかは四宮叶という人間の内面を知る必要がありそうだ。


 五色には基本的に一条と二階堂と同じメニューを行ってもらう。

 五色の売りは教科書通りの攻守バランスの取れた戦闘スタイル。

 聞こえはいいがどちらも突き抜けている訳ではないので上位種の魔族を相手にするとなると呆気なく倒されてしまう危険性がある。

 基礎が固まったら神能の極地である3系統のどれかを極めてみるのもいいかもしれない。


 こうしてそれぞれに課された課題をこなす地獄のような訓練の日々が始まるのだった。

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