第7話 神能十傑・五色大和の来訪

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 迎えた週末。

 オレは近所の書店を訪れていた。

 神能とイメージ力の関連性について解説した際に創作作品に触れろと言った手前流行りのトレンドを自分の目でもチェックしておく必要がある。

 最近は何かと忙しくて娯楽に触れる時間が取れなかったから新しい発見もあるはずだ。


 入り口近くに山積みされた新刊コーナーをぐるりと見て周り、店内奥の漫画コーナーへ。

 平積みされていたのは今期のアニメ放送タイトルや人気もあって部数が伸びているタイトル。

 発行部数が1000万冊を超えるいわゆる王道作品は棚の大部分を占めている。

 魔族や神能の存在が世間に公表されてからファンタジー作品の解像度が飛躍的に上がった。

 空想、妄想として描かれていたものが現実世界に現れたのだから当然と言えば当然だろう。


 しばらく買いそびれていた新刊を何冊か手に取り、レジに行く途中、両手で大量の漫画を抱えた五色の姿を見つけた。


「随分と勉強熱心だな」


「三刀屋先生!?」


 背後から急に声を掛けたオレも悪いがそんなに大きな声を出されたら注目を集めてしまう。

 謝罪の意を込めてこちらに視線を向けていたお年寄りに頭を下げ、五色をレジへと促した。


「三刀屋先生も漫画読まれるんですね」


「趣味の1つだな。戦場では外で体を動かすか室内でトランプか漫画を読むくらいしかすることがなかったからな」


「そうなんですね。僕は小説は読むことはあっても漫画はあまり通ってこなかったので。この機会に一気読みしてみます」


 五色が手にしていたのはヒーローとヴィランがお互いの正義をぶつけ合う王道バトルファンタジー作品だ。

 登場人物の背景がしっかりと描かれておりヒーロー側だけではなくヴィランにも感情移入できると話題になっている。


「何か飲むか?」


 会計を終え、店頭の自動販売機の前で立ち止まる。

 せっかくの機会だからもう少し五色と話をしてみるのもいいだろう。


「いいんですか?」


「ああ、遠慮しなくていいぞ」


「ありがとうございます。じゃあ、お茶でお願いします」


 お茶のペットボトルを2本取り出し1本を五色に渡す。


「訓練はもう慣れたか?」


「いえ、正直に言うと慌ただしい毎日についていくのでやっとです」


「そうか。まあ、まだ1週間だからな」


 環境が変わって過酷な訓練についてこれているだけでも大したものだ。


「ここに来る前は父から五色家流の稽古をつけてもらっていたんですけど、他の血族の人達を見ると自分の実力はまだまだだったなと痛感します」


「誰しも自分と他人を比べると何かが劣っているように感じるものだ。欠点を補うことも大事だが優っている部分を伸ばすことの方が重要だとオレは思うぞ」


 短期間で魔族と渡り合うには長所を伸ばして唯一無二の武器を生み出すしかない。

 そうすることで自然と欠点が消えることもある。

 欠点ばかりを気にして弱点を潰すことができたとしても結果的に見れば弱点が無い平凡な戦士となってしまう。


「三刀屋先生の言葉が正しいことは理解しています。ですがどうしても穴を埋めることに意識が向いてしまうんです。父に対する憧れがそうさせるのかもしれません」


 神能十傑の五色大和ごしきやまと

 完璧で偉大な男。彼を一言で表すならこの言葉が最適だろう。

 風の神能を極限まで極め、魔族七将の一将を討ち取っている。

 プライベートでは少し抜けているところも垣間見えたが、いざとなったら頼り甲斐のある頼もしい男だ。


「大和さんを尊敬しているんだな」


「父は僕の憧れですから」


 完璧な父を見て育ってきたが故に劣等感を抱いてしまう。

 その気持ちは分からなくもない。


「成長する速度には個人差がある。努力が実績としてすぐに反映する人もいればある日突然開花する人もいる。多分五色は後者のタイプなんだろうな」


「そうなんですかね?」


「今は全員が経験値を蓄積させている段階だ。訓練を続けていればいつか必ず花が開く。また何か悩みがあったら気軽に話してくれ」


「分かりました。ありがとうございます」


 漫画の束を持たせながら長話をするのも申し訳なくなってきた頃。

 空になったペットボトルをゴミ箱に捨て、お互い帰路につくのだった。


—2—


 その日の夕方。

 オレは九重さんから呼び出しを受け、急遽訓練施設に来ていた。


「大和さんが自ら訪ねてくるなんて前線で何かあったんでしょうか?」


「私のところにも報告は上がってきていないんだ。最近は突然発生型のゲートも落ち着いているから魔族に目立った動きはないと思うがね」


 職員室の角に用意された応接スペース。

 オレと九重さんは並んでソファーに座り、大和さんを待っていた。

 宮城県仙台市に出現した魔族の大黒門イビルゲート

 大和さんは前線で魔族の侵攻を阻止する指揮権を任されている。

 持ち場を離れて後方に出向くということはそれなりの事情があるはずだ。


「すまない! 少し道に迷ってしまった!」


 鼓膜を震わすほど豪快な声量を放ちながら姿を見せた緑髪の中年の男。

 厚い胸板に広い肩幅。手足は丸太のように太い。

 身長190センチと体格が日本人離れしている。鎧のように纏っている筋肉は彼の努力の賜物だろう。


「大和さん、お久し振りです」


「おう、奈津元気にしてたか?」


 久し振りの再会に握手を交わす。

 大和さん、相変わらず握力が強いな。


「はい、色々ありましたけどなんとかやってます」


「英雄候補生の面倒を見ることになったんだってな。指導者になることで新しい視点を持つことができる。大変だとは思うが良い経験になると思うぞ!」


 そう言って肩をバシバシと叩かれた。

 スキンシップが多いのは昔から変わらないが1つ1つの威力が強いんだよな。


「立ち話もなんだし座ったらどうだ? 今お茶を出すよ」


「九重さんありがとうございます。突然押し掛けてしまって申し訳ないです」


「いや、構わんよ。こういう機会でもない限り顔を合わせることはないからね。私も嬉しいよ」


 九重さんは大和さんの10歳年上にあたる。

 大和さんも九重さんには頭が上がらない。

 年齢に限った話ではなく実力においても九重さんは大和さんと同格かそれ以上の実力を持っていた。

 第一次魔族大戦の時に怪我を負っていなければ今でも前線で戦果を上げていたはずだ。


「それで、わざわざ安全区域まで出向いた理由はなんだ? 前線で何が起きている?」


 テーブルにお茶を並べ、九重さんが本題を切り出した。


「何も起きていない……例えるなら嵐の前の静けさと言ったところか。1週間前くらいからピタリと敵の攻撃が止まったんです」


「なるほど。物資の補給か増援等で戦力を整えているのか、あるいは——」


「——奇襲の為の準備期間ですか」


 九重さんの言葉をオレが繋いだ。

 前者も十分考えられるがわざわざ大和さんが直接足を運んだとなると魔族側の奇襲を懸念してのことだろう。


「仙台の魔族の大黒門イビルゲートを守護しているのは『魔族七将・氷狼のヴォニア』。気性が荒くかなり好戦的だが馬鹿じゃない。膠着上態に陥った戦場に変化をつける一手を打ってきてもおかしくはない」


「ゲートを開く為の魔力が溜まったら真っ先に狙われるのは安全区域ということか」


 九重さんが静かにお茶を啜った。

 安全な壁の中で多くの人が生活している安全区域が狙われるのは避けられない。

 こちらの防衛に人手を割けば前線が手薄になって一気に攻め込まれる。

 単純な作戦だが、単純だからこそ有効な手段と言える。


「氷狼のヴォニアが従えている魔族は獣人族が多い。俊敏性に優れていて人間の皮膚を容易に切り裂く爪も持っている。一般人ではまず太刀打ちできない」


 先日の魔狼やその上位種が代表例として挙げられる。


「その時が来れば私が動こう。大和くん忠告には感謝する。だが今は前線のことだけ考えていなさい。大丈夫だ。ここには奈津くんもいる」


「ありがとうございます。頼んだぞ奈津」


「分かりました。任せて下さい」


 力強くそう答え、お茶を軽く口に含んだ。

 気付けば今日はお茶ばかり飲んでいるな。


「それじゃあ俺はこれで帰ります。と言いたいところだが、奈津久し振りに一戦どうだ?」


「どうだと言われましても」


 オレは視線を隣に座る九重さんに逃がした。


「そういうことなら審判は私が務めよう」


 大和さんに早く前線に戻ってもらう流れじゃなかったのか?

 きっぱり断ればよかったと後悔するももう遅かった。

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