第8話 風神vs氷騎士
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「観戦は自由だが危ないから全員私より後ろに下がりなさい」
グラウンドで自主練習を行っていた生徒達に向かって九重さんが呼び掛ける。
審判をしながら生徒の安全を確保してくれるのだろう。
生徒の顔ぶれを見るにどうやら四宮を除く全員がグラウンドに集まっているようだ。
休日にもかかわらず驚異の参加率の高さ。
向上心を持って訓練に取り組んでいるのは良い傾向だ。
「兄さん、どのような流れで大和さんと戦うことになったのですか?」
オレの姿を見つけて亜紀が駆け寄ってきた。
「帰り際に大和さんが提案してきたんだ。断る隙もなかった」
「そうだったんですね。兄さんのことだから大丈夫かとは思いますがくれぐれもお体には気をつけて下さい」
大和さんは戦闘となると熱くなって加減できなくなるところがあるからな。
亜紀もオレが怪我をしないか心配なのだろう。
「安心しろ。亜紀が見ている前でオレが負けることはない」
「はい、頑張って下さい。亜紀は皆さんとあちらで応援しています」
オレの言葉で少しは不安を払拭できたのか亜紀が柔らかい笑みを見せた。
「奈津、そろそろ始めるか」
亜紀と入れ替わりでウォーミングアップを済ませた大和さんがやってきた。
大木のような威圧感に嫌でも緊張感が漂う。
審判の九重さんがフィールドの中央に立ち双方に視線を送る。
「2人とも準備はいいか? ルールは1本勝負。制限時間無し、相手に有効打を与えた方の勝ちとする」
ヒリヒリと肌に棘が突き刺さるような感覚。
対峙する大和さんを瞳に映すと向かい風がオレの髪を激しく乱した。
「始め!」
開始直後、突風に背中を押されて大和さんが加速する。
挨拶代わりの強烈な一撃。
巨体から繰り出される拳をバックステップで回避する。
「
自身の周囲に氷柱の礫を展開。
大和さんの体勢が整う前に吹雪に乗せて大量の氷柱を撃ち込む。
「
攻撃が届く寸前。
大和さんが右手を天に向かって高速で振り上げる。
すると渦巻き状の激しい風が空に向かって駆け抜けた。
風が壁の役割を果たし、氷の礫が次々と飲み込まれていく。
流石の反射神経。
そう簡単に攻撃は通らない。
「奈津、せっかく観客がいるんだ。生徒の手本として1つ上の戦い方を見せるってのはどうだ?」
「一応はこっちに投げかけてくれてますけどそれって大和さんの中で決定事項なんですよね?」
「フッ、全力でいくぞ」
ニヤリと口角を上げる大和さん。
次の瞬間、大きく息を吐いた。
グラウンドの空気がうねりを上げ、大和さんの元に収束していく。
どこから取り出したのか風袋を担ぎ、その風袋が集まった風を吸い込み頭の後ろでみるみる膨らんでいく。
『風神』
風の神能の武装化。
風で全身を纏い、攻撃力と防御力の上昇。
風袋から放出される突風は汎用性が高く、持ち手を後方に向ければ速度の上昇、持ち手を標的に向ければ破壊級の攻撃を放つことができる。
「ただの怪我じゃ済まなさそうだな」
刹那、オレも精神統一を行う。
全身から均等に冷気が溢れるイメージ。
徐々に出力を上げていき、辺りが白い冷気に包まれる。
分厚い氷が根を張り、オレの体を侵食するかの如く足先から肩まで覆い尽くしていく。
氷が鎧の形に変形して体に馴染む。
地面に突き刺さった氷の剣に手を掛けて一気に引き抜いた。
『氷騎士』
氷の神能の武装化。
氷剣による攻撃力上昇。氷の鎧を纏ったことによる防御力上昇。
速度上昇、自然治癒上昇など発動中はあらゆる身体能力が強化される。
「ッ!」
先程までとは比にならないスピード。
氷騎士を発動していても目で追うのがやっと。
風を纏った大和さんの拳を氷剣で正面から受け止める。
重い。同じ神能の武装化を発動しているとはいえ、体格差までは埋めることができない。
だが、対応できないほどではない。
精神を集中させ、左右から連続して繰り出される大和さんの拳に対して氷剣を振るう。
氷剣が拳に触れる瞬間に神能の出力を上昇。
向こうも拳に風の神能を纏っている為、押し込むとまではいかないがこれで威力は互角になった。
となれば後は手数と速度。
「
氷の礫を一斉に発射。
それに紛れる形で大和さんに接近する。
氷柱の対応に追われる大和さんの死角に回り込み氷剣を斜めから斬り下ろす。
「甘いッ!」
気配を悟られたのか大和さんが風袋の一方を背後に向け爆風を放出。
氷剣の刃がギリギリで届かない。
「
すぐさまカウンターが襲い掛かる。
大和さんが体を反転しながら周囲に渦巻いていた風を両手で鷲掴む。体の回転運動を利用しながらそのまま勢いよくこちらに振り下ろした。
5つの風の刃が弾丸のように地面を抉る。
後方に跳びながら回避しきれなかった二発を氷剣で相殺。
凄まじい衝撃から氷の結晶が舞う。
「まだまだ!」
息を吐く間も無く大和さんの逆の手から風の刃が放たれる。
猛獣の爪が獲物を抉り取るような鋭い攻撃。
それが5連続で絶え間なく降り注ぐ。
「
回転を交えた氷剣による連撃技。
体の軸をぶらさず、高速で風の刃を左右に捌き切る。
爆風がグラウンドの砂を巻き上げ、風に乗って再び大和さんの周囲に渦巻く。
大和さんの首に巻かれている風袋が砂煙ごと周囲の風を吸い込む。
大和さんは終始こちらを試すような動きを見せていたように感じたが急に纏っている雰囲気が変わった。
「亜紀が危惧していたことが現実になりそうだ」
熱くなると加減ができなくなる。
どうやら大和さんに火を付けてしまったようだ。
だが、ここであの技を使われたらここら一帯が吹き飛んでしまうと思うのだが。
まさかお互い模擬戦で大技を使うことになるとは。
「風神大竜巻!」
風袋から全空気が押し出されて巨大な竜巻が巻き起こる。
大和さんは風圧に負けないよう姿勢を低く保ち踏ん張っている。
勢力を増していく竜巻をこれ以上放っておいては安全区域の建物にまで被害が及ぶ。
オレは氷剣を正眼に構え、次の瞬間竜巻目掛けて全力で横に薙いだ。
「氷騎士一閃ッ!」
斬撃が竜巻を両断。
コントロールを失った竜巻は四方に吹き荒れ霧散した。
砂混じりの強烈な突風に観客の英雄候補生も両手で目を覆っている。
「降参だ。俺の負けだ」
大和さんの喉元に突きつけられた氷の氷柱。
斬撃を放った直後、大和さんを行動不能にする為に発動させたのだ。
大技の相殺で引き分けということにもできたが明確に勝敗をつけておかないといつまでも続きそうだったしな。
それに今回使用しなかった大技を連発されたら流石に堪ったもんじゃない。
「勝者、三刀屋奈津」
九重さんの宣言を聞き、神能を解除する。
九重さんの後ろに隠れる英雄候補生に目をやると驚きの表情を浮かべる面々とは対照的に亜紀が控えめに拍手をしていた。
「奈津、鍛錬は怠っていないみたいだな。俺の完敗だ」
「オレの動きを見る為に要所要所で試すような攻撃をしてましたよね?」
「さあ何のことだろうな。何はともあれこれで安心して英雄候補生を任せられるってもんだ!」
ドシドシと背中を2回叩かれた。
この人とぼけるのが下手だな。
「奈津、息子を頼んだ」
どれだけ強くても親は子供を心配する生き物だ。
大和さんは一瞬だけ五色に視線を送った。
「分かりました」
「じゃあ、俺は前線に戻る!」
偉大な男、神能十傑・五色大和は九重さんに礼儀正しく頭を下げると嵐のように去って行った。
【第1章 英雄候補生特殊訓練施設】END
NEXT【第2章 ゲート発生】
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