第14話 三獣士・炎獅子のライオネル

—1—


 ——九重正ここのえただし視点。

 英雄候補生特殊訓練施設のグラウンドにゲートが発生してすぐ、安全区域を取り囲む四方の壁の上に魔族の上位個体が出現した。


 数は3体。


 単体で見ればかつて戦った魔族七将には及ばないが、束になって向かって来られたら全盛期を過ぎ、怪我を負った私では太刀打ちできるかどうか怪しい。

 しかし、放っておけば奴らに蹂躙されてしまう。

 安全区域で暮らす住民が。英雄候補生が。

 それだけは阻止しなくてはならない。


 近隣の魔族狩人イビルハンターに緊急の救援要請を依頼し、安全区域に常駐していた魔族討伐部隊には避難場所の確保と英雄候補生のサポートをするよう指示を出した。


 そうこうしている間も私のスマホからは着信音が鳴り続いていた。

 魔族討伐部隊クリムゾンを指揮する那由他蒼月。

 その秘書をしている百園京華からだった。


『九重さんですか!? 今どこですか? 宮城の安全区域に複数のゲートが発生しました! その中で1つだけ魔力の高いゲートも確認されています!』


「京華ちゃん、そんなに声を荒げなくても聞こえてるよ」


『あ、失礼しました』


「すでに各方面には要請を掛けたから順次対応していくつもりだ」


『流石は九重さんです。仕事が早い』


「それで魔力の高いゲートだったね。それなら私の目の前に開いてるよ」


 グラウンドに発生したゲートとは別タイプのゲート。

 禍々しい闇のオーラを放つゲートからは濃密な黒い霧が溢れている。


「初動の速さには感心した。だが人間、どれだけ足掻こうと結果は変わらないぞ」


 ゲートの前に鎮座する獅子。

 たてがみが炎で燃え上がり、背中には巨大な斧を背負っている。


「どうやらもう話している時間は無さそうだ。切るよ」


 通話を切り、対峙する獅子に神経を注ぐ。

 すぐに襲ってくる気配は感じられない。

 あくまでもこの獅子の役目はゲートの守護といったところだろうか。

 魔鳥の爆撃、魔狼と魔猿による虐殺。

 我々人間勢力も奮闘してはいるが被害はじわじわ広がってきている。


「オレは炎獅子のライオネル。魔族七将・氷狼のヴォニア様の直属護衛軍、三獣士の一席だ。人間、お前の名は?」


「私は神能十傑の九重正。ライオネル、お前がここにいるのは後ろのゲートを守るためか?」


「つまらん質問だな。時間稼ぎのつもりか? この状況を見れば聞くまでもないだろうが」


 こちらが名乗る必要は無かったが敵を観察する時間を確保したおかげである程度の性格を読み取ることができた。

 単独でゲートを守っていることから武に絶対的な自信がある。

 私の問いに苛ついた態度を見せたことから短気であることが窺えるが軍師級なだけあって知性は高い。


「私も数々の死線を潜り抜けてきた。そのゲートが通常のゲートと異なる効果を持つことくらい想像がつく」


 腰に差していた杖に手を掛け、影の神能を纏わせる。


「ほう。右目が潰され、左足が義足。それに神能十傑と言えばかつての大戦の生き残りか。相手にとって不足は無さそうだ」


 ライオネルは背中の斧に手を掛けてゆっくりと立ち上がった。

 鋭い眼光に見下ろされる。体格は2メートルを優に超えているな。

 メラメラと燃え上がる炎が斧に纏わり付き紅蓮の輝きを放つ。

 こちらで当てはめるとすれば神能の武装化が近いか。


「さてそこを通してもらおうか」


 影の神能を纏った杖を上段から振るう。

 この手の相手に回りくどい攻撃は逆効果。

 正面から正攻法で突破する。


「舐めるな!」


 ライオネルの巨体によって繰り出された斧の斬撃。


「くっ、なんて威力だ」


 圧倒的なパワー。

 大振りの一撃は攻撃の後に隙こそ生まれるが、これだけ力に特化していたらこちらとしても攻め入るまでの余裕が無い。

 速度で押し切る手もあるが攻撃が軽ければ通用しない。


「手負いだと思って油断していた訳ではないがまさかオレと同等の力で撃ち込んでくるとはな」


 左右の遥か頭上から振り下ろされる強烈な連撃に腰を入れて杖を振り上げる。

 斧と杖が衝突する度に炎と影が飛び散り、衝撃波で空気が震える。

 何とかしてライオネルの背後に控えるゲートまで攻撃を通さなくては。

 通常のゲートはA地点からB地点へ魔族を送り込む『一方通行』なものに対して、恐らくあのゲートは『双方向』で行き来ができるものだ。 


 それ故に魔力の消費が大きい。

 だから今回将軍級の魔族が3体も攻めてきたのだろう。

 安全区域にライオネルと同格の敵が2体解き放たれている。

 対抗できる可能性があるとすれば亜紀ちゃんくらいか。

 他の英雄候補生にはまだ荷が重い。


「ここであまり時間を掛けている訳にはいかない」


 正面から受け続けていた攻撃を半身になって受け流す。

 斧は勢いそのまま地面に深く突き刺さった。

 斧を引き抜こうと意識が足元に集中したライオネルの横に素早く跳躍する。


手影砲撃シャドーカノン


 影の砲撃が地面を抉りながらゲート目掛けて駆け抜ける。

 接近戦を印象付けておいた上で初めて見せる遠距離攻撃。

 斧を伸ばしたところでもう届かない。


「フレイムピラー!」


 炎の柱が地面から噴出。

 私が放った影の砲撃の威力を削ぎ落とし、ゲートに到達するギリギリのところで霧散した。


「今のは肝を冷やしたぞ」


「そう言ってる割には落ちついてるな」


 斧を肩に担ぎ、笑みを浮かべるライオネル。

 戦闘を楽しんでいるのが伝わってくる。

 なぜ、戦っている最中に笑みを見せることができるのか。

 私には理解できない。


 影の神能を宿して生まれてくる九重家は歴史ある忍びの家系として裏で日本を支えてきた。

 国家転覆を企む国内外の組織の情報を受け取り、片っ端から潰して回った。

 我々一族は決して表舞台に出ることはなかった。

 幼少から暗殺術を学び、毒の耐性を身につけ、あらゆる不足の事態に対応できるように知識と技術を叩き込まれた。

 影から国の平穏を維持することが一族の喜び。そう教わってきた。


 全てが変わったのは2037年。

 世界の各地に魔界と人間界を繋ぐゲートが出現してからだ。

 魔族という凶悪な存在が次々と人類の生存圏を侵略していった。

 平穏からは程遠い現状。長い歴史を振り返っても前例のない事態だった。

 先祖が守り抜いてきた国が滅びるかもしれない。

 九重家は遂に表舞台に出ることを決めた。


「真っ二つに切り裂いてやる!」


 猛然と突進してくるライオネル。


「戦闘とは相手を殺す行為に過ぎない」


 力任せに振るわれた斧を杖で弾き返す。

 客観的に見れば細い杖が巨大な斧を弾き返している様子は異様に映るだろう。

 だがタネは簡単だ。

 これまで杖と義足にのみ影を纏わせていたが、今は体全身を影で鎧のように纏ったのだ。


紫黒影忍ダークアサシン


 影の神能の武装化。

 第一次魔族大戦で負った怪我の影響から長時間の発動は困難だが、短期決戦であれば問題ない。


「貴様、本気ではなかったのか」


 ライオネルがそう漏らすのも無理はない。

 『紫黒影忍ダークアサシン』発動中はあらゆる身体的機能が上昇している。

 攻撃力、防御力、速度。


 ライオネルの表情から笑みが消え、放たれる杖の一撃一撃に必死に食らい付いている。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」


 雄叫びを上げながら速度を上げるべく斧を片手で振るうライオネル。

 全身から炎が吹き上げ、鬼気迫る表情で杖を捌き切る。

 体に攻撃は届くもののライオネルは致命傷だけ確実に避けてくる。

 数秒の攻防が永遠にも感じられるそんな時、壁の下から何者かの気配が近づいてきた。


「ライオネル! バオが助けに来たよ!!」


 魔猿の上位個体の少女が壁を器用に駆け上がりライオネルの横に着地した。

 2体1の構図。

 敵は軍師級が2体。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る