第13話 三獣士・怪猿のバオ

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 ——二階堂紅葉にかいどうくれは&二階堂星夜にかいどうせいやペア、二階堂紅葉視点。


「紅葉待て! 一人で突っ走るな!」


 私は兄の呼び止める声を無視して安全区域を取り囲む四方の壁の一角を目指していた。

 魔鳥による爆撃で中央エリアは甚大な被害を受けている。

 私達と途中まで行動を共にしていた三刀屋さんが中央エリアの援護に回ってから魔鳥の爆撃を防ぐことに成功しているようだけど、冷気と爆発が入り乱れた激しい攻防は続いている。


 私と兄に任された任務は爆撃に巻き込まれた負傷者の救出だ。

 爆撃の熱風による火傷。

 飛んできた瓦礫に被弾して動けなくなった人。

 家屋が倒壊して下敷きになった人。

 助けを求める声がそこら中から聞こえてくる。


 それに加えて魔狼と魔猿が逃げ惑う人々を襲っていた。

 魔族討伐部隊の隊員が銃と刀で交戦しているがどこからともなく湧いてくる敵を相手にするのはキリがない。

 銃弾が尽き、刀が折れ、物資の補給の為に後退する隊員が出てきた。


 このままでは埒が明かない。

 そう思った私は命令を無視して壁に向かって走り出していた。兄の声を背中に受けながら。


「あれは九重先生と獅子かしら?」


 目指していた壁はもう目と鼻の先。

 壁上を見上げると九重先生と炎を纏った獅子が交戦していた。

 中央エリアとは比べ物にならない濃密な霧。

 そのせいで視界が悪い。

 獅子から放たれる炎柱が空へと駆け抜ける。

 異能を操る魔族。

 間違いない。あの獅子は軍師級だ。

 神能十傑の九重先生と対峙して倒れていないということは余程の実力の持ち主と見ていいだろう。


 それに獅子の背後で蠢く禍々しいオーラを放つゲート。

 あれは訓練施設に出現したものとは別物だ。

 獅子はゲートを守っている?

 だとすれば安全区域にゲートを発生させた犯人も獅子の可能性が高い。


 思考を巡らせていると家の影から魔猿が飛び出してきた。

 気配を殺して私を一気に刈り取ろうという魂胆だろうが、低級の魔族だけあって動きがお粗末だ。


火球ファイヤーボール


 爆炎で魔猿を跡形も無く吹き飛ばした。

 直後、タイミングを計っていたのか背後から別の魔猿が駆けてきた。


「炎剣!」


 私を追いかけて来た兄が魔猿の首を刎ね、剣に付いた返り血を地面に払い捨てた。


「1人で行くなって言ってるだろ」


「ごめんなさい。でも元凶を絶たない限り戦いは終わらないでしょ?」


「あいつがそうなのか」


 兄も壁上で九重先生と戦う獅子の姿を捉えた。


「にーはっはっ! 君達なかなか強いね!」


 私と兄は反射的に体を反転させて壁に背を向ける。

 目の前には魔猿に限りなく近い、人間のような姿をした少女が立っていた。


「話す魔族? 見た目からして魔猿の上位種かしら?」


「私は怪猿のバオ。魔族七将・氷狼のヴォニア様の直属護衛軍、三獣士の一席だよ!」


 バオは弾むような声音で自分の名前を名乗ると拳と拳を胸の前で合わせた。


「氷狼のヴォニア? あなた今そう言ったわよね?」


 その名前を耳にしただけで怒りが沸々と込み上げてくる。

 父を殺した憎き相手。

 私と兄は氷狼のヴォニアを倒すために技を磨いてきた。


「ヴォニア様を知ってるの? まあ魔族七将だから有名だよね! 強くてカッコ良くてみんなが憧れる大将軍だからね!」


 バオはキラキラと目を輝かせ、うっとりとした表情を見せる。


「もういい。喋るな。確認が取れれば十分よ」


 言葉を話せるから意思の疎通もできると思ったけどまるで話にならない。

 魔族にとって強さこそが正義。

 私達人間とはそもそも分かり合えるはずがない。


「紅葉、あいつ只者じゃないぞ」


「ええ、あんな見た目だけど九重先生が戦ってる獅子と同格と見ていいでしょうね」


 だからといって引く訳にはいかない。

 左右の手に火球を同時展開。

 兄も炎剣を正眼に構える。


「お、やる気満々って感じの目だ! ワクワクするね!!」


 バオは拳を目の高さまで上げ、ニッと口角を上げた。


「ッ!?」


 気付けばバオの拳が鳩尾に入っていた。

 左右に展開していた火球のコントロールを失い、その場で爆発。

 私はバオに殴られた衝撃で背後の壁に衝突。視界がぐらつき意識を失いかけていた。

 霞む視線の先で炎剣を振るう兄がバオに何もさせてもらえず一方的に殴られている様子が見えた。

 バオは前後にステップを踏み、振り下ろされる炎剣の軌道を読み切り、右ストレートを兄の腹部に決めた。

 刹那、衝撃音と共に壁が震える。


「敵戦力の偵察が目的だったけどこれじゃあ弱すぎて偵察にならないな。ライオネルは苦戦してるみたいだし、助けに行こうかな。どうせ暇だし!」


 バオの興味が壁上にいる九重先生に移った。

 より強者を求めて、バオは全身のバネを使って地面を蹴る。


「待て、私はまだ戦える……」


 戦う価値無しと判断された私の声が届くことは無かった。

 悔しい。

 氷狼のヴォニアを討ち取る事を原動力に頑張ってきた。

 それが軍師級の魔族相手に手も足も出なかった。


 低級の魔族を倒せるようになったくらいで自分が強くなったと勘違いしていた。


「これからだ。紅葉、俺達で父さんを取り返すんだろ?」


 兄が私の肩に手を置いた。

 訓練で剣を振り続けてマメだらけになった手を。


「うん。お父さんだけじゃない。亡くなった神能十傑を私達が取り返す」


 私の父、二階堂鷹斗は第一次魔族大戦で戦死した。

 目撃者がいるからそれは事実だ。

 しかし、その遺体は見つかっていない。

 父だけじゃない。亡くなった神能十傑の遺体は何者かが持ち去ったらしい。

 何のために持ち去られたのか?


 私と兄は父を殺した氷狼のヴォニアを倒し、神能十傑の遺体を取り返す為に戦う。

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