第10話 教官不在の中で

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 ——宮城県、安全区域英雄候補生特殊訓練施設。

 兄さんが東京に出張している間は施設長の九重さんが生徒のサポートに回ると説明があった。

 私も東京まで着いて行きたかったのですが断られてしまいました。残念です。


 午前は座学。九重さんの口から第一次魔族大戦の裏側が語られた。

 書籍やネットには掲載されていない極秘情報が明かされ、生徒達は驚きからしばらく固まっていたが九重さんの話を最後まで真剣に聞いていた。


 お昼休憩を挟んで午後は訓練。この1ヶ月で生徒のレベルは格段にアップした。

 低級の魔族であれば難なく倒せるはずです。

 神能十傑の血族というだけあって成長速度が早い。

 私も彼らに追い抜かされないようにより一層鍛錬を積まなくては。


「何だ? 霧か?」


 グラウンドで訓練に励んでいると対峙している八神さんが足を止めて周囲を見渡した。


「妙ですね……」


 状況を確認している間にもグラウンド一帯が黒い霧で覆われていく。

 他の生徒も異変に気が付き、訓練を中断してグラウンドの中央に集まってきた。

 と、その時、校舎の前にゲートが開いた。

 楕円形の黒いシミのような歪みから魔狼と魔猿が次々と姿を見せる。


「全員戦闘態勢を取れ!」


 九重さんが叫ぶのと同時に魔狼と魔猿が襲い掛かってきた。

 訓練ではなく実戦。

 安全区域は壁の外からの攻撃に対しては強固な盾の役割を果たしますが、内側は人々が暮らす街そのものなので防衛力はそこまでありません。

 ゲートが発生すれば安全区域に常駐している魔族討伐部隊が魔族の駆除に入りますが所詮は神能を宿さない一般人。どこまで機能するかは未知数。

 よりにもよって兄さんが不在のタイミングでゲートが開くとは。


「五色さん! 伏せて下さい!」


 動揺して動けずに固まっていた五色さんを背後から飛び越え、魔狼の顔面に氷拳を叩き込む。

 魔狼は黒い塵となって霧散した。

 この一撃を皮切りに他の生徒も神能を解放させて魔族と戦い始めた。


「くっ、こいつら強いぞ」


「八神さん、魔猿の武器は攻撃力の高さです。魔狼ほど素早さはないので冷静に対応すれば倒せるはずです」


「簡単に言ってくれるがかわすだけでもかなりギリギリだぞ」


 猿の見た目をした魔物、魔猿。

 黒い体毛で体が覆われ、筋肉質な体型が特徴的。

 野生で身に付けた近接格闘術を武器としており、魔族特有の体質なのかパワーが桁外れに強い。


「くそッ」


 1ヶ月前だったら手も足も出なかったでしょうが今は違う。

 私のメニューに音を上げずについてきた八神さんなら魔猿にだって勝てるはずです。

 八神さんは魔猿の右ストレートを半身になってかわし、突き出された右腕を掴んで噛み付いた。

 歯を立てて硬い皮膚を噛み千切り『悪食』の神能を発動。

 八神さんの筋肉がみるみる膨れ上がる。


「GIIAAAA!!」


 腕を噛まれて喚き声を上げる魔猿。

 八神さんは魔猿の腹部に蹴りを入れ、地面を転がる魔猿に向かって跳躍した。

 手をついて起き上がろうとした魔猿の後頭部に全力で拳を叩き込む。

 魔猿の顔面は地面にめり込み、一瞬で塵と化した。


火球ファイヤーボール!」


落雷ライトニング!」


 二階堂さん、一条さんが連続で魔狼を仕留めた。

 2人は神能を意のままに操れるようになり命中率が上がった。

 訓練で同じメニューをこなしているからかアイコンタクトだけで意思疎通が取れている。


「炎剣!」


 二階堂さんの兄、星夜さんが剣に炎を纏い、向かってくる魔猿に対して横に薙ぐ。

 魔猿の胴体が腰からズレ落ち、真っ二つになった。

 兄さんから神能の武装化の習得を課題として出されていたみたいだけど、切れ味や威力、精度が格段に上がっている。

 グラウンドの隅に鎮座している大岩はまだ斬れていないようだけど、それも時間の問題だろう。


「ど、どうしてみんなは戦えるの? 人を殺す恐ろしい化物と。血に選ばれたから? 神から授かった奇跡・神能? 私はそんな力、望んでない」


 独り言を呟きながら呆然と立ち尽くす四宮さん。

 左右から魔狼が迫っているが戦意喪失しているのか微動だにしない。


「いけない」


 片手を前に出し、氷柱を生成しようとした刹那、背後で何者かのオーラが跳ね上がる気配を感じた。


手影砲撃シャドーカノンッ!」


 高出力の影の砲撃が地面を抉り、四宮さん目掛けて飛びかかった2体の魔狼を一撃で蹴散らした。


「九重さん」


 神能十傑である九重さんの神能は『影』。

 神能を使っている姿は久し振りに見たけれどやっぱり次元が違う。それに当然だけど貫禄がある。


「亜紀ちゃん、住民の救出と避難を頼むよ。魔族の殲滅は私が引き受ける。想像しているより事態は深刻だ」


「分かりました」


 街中で鳴り響くサイレン。

 あちこちで火の手が上がっている。

 どうやらゲートの発生はここだけではないみたいだ。


「霧で視界が悪いが壁までは直線で2キロといったところか。全員! 私は敵の頭を叩く! 三刀屋さんの指示に従って住民の避難にあたってくれ!」


 九重さんが現場の指揮権を私に預け、杖を腰に差した。

 義足に影の神能を纏わせ、その足で力強く地面を踏み込むと物凄い速さで壁に向かって消えていった。

 第一次魔族大戦で失った左足を神能でカバーするとは流石の発想だ。


「よし、施設に出現した魔族はあらかた倒し終わったな」


 魔族の討伐が完了し、八神さんが体の筋を伸ばす。

 他の生徒も私の周りに集まってきた。


「怪我人はいませんね。これから2人組に分かれて安全区域の住民の救出と避難誘導にあたります。今戦った魔狼や魔猿の他にも強敵がいるかもしれません。状況に応じて臨機応変に対応して下さい。私は現場の指揮をとります。何かあれば報告をお願いします」


 全体のバランスを考えてペアを作成した。

 一条さんと五色さん。二階堂兄妹。四宮さんと八神さんの3組。

 住民の避難先の候補として小学校と中学校を提案。

 これは実際に現地に足を運ばないと状況が分からない為、現場での判断になる。

 魔族討伐部隊に外の守備を依頼して住民を学校の中に避難させるのが最善だろう。


「私達にとっての初陣です。気を引き締めて行きましょう!」


 指揮権を任された以上、みんなの緊張と不安を拭うように鼓舞する言葉を掛けてから街に繰り出すのだった。

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