第11話 死と隣り合わせ
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僕達が任されたのは住民の救出と避難誘導。
避難先の候補として挙がった小学校を拠点とするべく、逃げ遅れた住民がいないか民家に向かって声を掛けながら住宅街を疾走する。
火の手が上がる中央エリアには水の神能を宿す四宮さんと八神くんが向かった。
突如として安全区域に出現した魔族。
人間を捕食対象としか見ていない魔狼を前に僕は恐怖で足が竦んで一歩も動けなかった。
仲間は勇敢に戦っていたというのに。
自分の情けなさに心底嫌気がさす。
風の神能を宿す五色の家系に生まれ、幼少期から厳しい訓練に耐えてきた。
日本が未曾有の危機に直面した際に国民の希望の光となれるように。
神能を極めた偉大な父の背中を追いかけて。必死に。真面目に。
努力を重ねればきっと憧れの存在に近づけると信じて。
でもこの施設に来て思い知った。
僕よりも英雄に相応しい人は何人もいるということを。
それどころか僕の実力は英雄候補生の中でも最下位だった。
焦りを覚えたのと同時に酷く絶望した。
地道に積み上げてきた努力が否定されたような気がして。
間近で成長していく仲間達。置いていかれる僕。
それでも訓練を投げ出さなかったのはプライドがあったからだろう。
五色という看板に泥を塗らないように。
父に恥をかかせないように。
太陽が顔を出すよりも早くに訓練を始め、終わる頃には月が世界を照らしていた。
三刀屋先生からはオーバーワークだと叱られたけど、最下位の僕が他の英雄候補生と並ぶには仕方がない。
みんなと同じ訓練量では追いつけないから。
自分自身と向き合って汗を流した時間が自信に繋がった。
と、思い込んでいた。思い込まないとやっていられなかった。
実力が伴わない自信なんて幻に過ぎないのに。
発想力を鍛える為に漫画やアニメなどの創作物にも触れた。食事、トイレ、入浴、あらゆる隙間時間を神能の強化に充てた。
常に何かしていないと不安に押し潰されてしまいそうだった。
ああ、どうして僕はこんなにも弱い。
「お母さん! お母さん!」
身長や見た目からして小学生低学年くらいだろうか。三つ編みの少女が大粒の涙を流しながら玄関に向かって叫んでいた。
「どうしたんだい?」
僕と一条さんは足を止めて少女から事情を聞くことにした。
地面に膝をつけて少女と目線を合わせる。
「ま、窓から大きな犬が入ってきて……お母さんが
小さな手で涙を拭いながら柚ちゃんが説明してくれた。
こんな状況で1人で怖くて心細かっただろうに。
「一条さん」
「そうね」
大きな犬。敵は魔狼で間違いない。
だとしたら早く助けないと。
僕はいつでも反撃できるように左手に風の神能を纏わせながら右手でドアノブをゆっくりと捻った。
開いたドアの隙間から中の様子を窺う。
すぐにクチャクチャという不快音が鼓膜を刺激する。
音の発生源は突き当たりの台所からだった。
流しの前に倒れた柚ちゃんのお母さんと思われる人物。
魔狼がその腹部に噛みついていた。時折バリッという鈍い音が混ざっているのは恐らく骨を噛み砕いている音だろう。
柚ちゃんのお母さんの手には包丁が握られていた。
最後まで必死に抵抗したのだろう。
魔狼の前腕に複数の刺し傷が見て取れる。
これが現実だ。
助けを求めてきた少女の家族を救えずに僕はただ見ていることしかできない。
ドアノブを握り締めた右手が鉛のように重い。これ以上ドアを開くことができない。
人を食らい、蹂躙する魔族。
一体、なんの恨みがあってこんなことをするのか。
僕達が彼等に何をしたというのか。
理不尽に奪われていく命。
僕に力があれば柚ちゃんのお母さんを救うことができただろうか。
偉大な父のように颯爽と現れて敵を蹴散らすことができただろうか。
「くそッ」
自分の不甲斐なさに舌打ちをすると魔狼と目が合った。反射的にドアを閉める。
次の瞬間、物凄い衝撃と共にドアが弾け飛んだ。
衝撃に巻き込まれて僕は道路まで投げ出された。
左手に纏っていた風の神能が緩衝材となって威力を打ち消すことができたが軽く数メートルは吹き飛ばされた。
一条さんは雷の神能で盾を展開し、柚ちゃんを守っていた。
柚ちゃんを抱き締めるような体勢になり、片手を魔狼に向け、もう片方の手で柚ちゃんの目を塞いでいた。
魔狼の口元についた母親の血を見せない為だろう。
こちらの出方を窺っているのか魔狼は喉を鳴らしながら動こうとしない。
一条さんも魔狼が雷の射程圏内に入るまで待つ構えだ。
柚ちゃんを守りながら戦うとなるとそれが最善の判断だろう。
それに比べて僕ときたら。腕を伸ばし魔狼に意識を集中させるも緊張と恐怖で手が震えていた。
お互いに牽制し合う形。
痺れを切らした魔狼が地面を蹴る。
屋根の外側に魔狼が姿を見せ、雷の射線上に障害物が無くなったタイミングで一条さんが腕を振り下ろす。
「
地を震わせる轟音と激しい光が降り注ぐ。
雷に撃ち抜かれた魔狼から黒い煙が上がり、塵となって霧散した。
「お母さん!」
一条さんの腕を擦り抜けて柚ちゃんが家の中に向かって駆けていく。
「柚ちゃん!」
その後を一条さんと僕が追うが遅かった。
「お母さん、痛いの痛いの飛んでけー。痛いの痛いの飛んでけー」
抉れた母親の腹を撫でながら柚ちゃんが何度もそう繰り返す。
小さな子がこんな悲惨な現実を受け入れられるはずがない。
「お母さん、起きてよ。やだよ」
血で赤黒く染まった手で母親の頬を軽く叩き、肩を掴んで左右に揺らす。
当然、母親が目を覚ますことはない。
「柚ちゃん、お母さんはもう……」
僕の言葉の意味を理解したのか柚ちゃんが母親に抱き着いて大声で泣き喚いた。
お母さんが自らの命をかけて守り抜いた柚ちゃん。
この子だけは何があっても守らなくてはならない。
僕は強くそう思った。
今こうしている間にも安全区域のどこかで柚ちゃんと同じような被害に遭っている人がいるかもしれない。
魔族に対抗する力を持って生まれた僕達には1人でも多くの命を救う義務がある。
気を引き締めろ。恐怖に負けている場合ではない。
僕と一条さんは柚ちゃんを連れて小学校を目指すのだった。
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