episode1-閑 如月りりの異能事情

 今回のダンジョンアサルトは範囲だけで見れば咲良第二高校の敷地内に収まる程度の小規模なものだったが、放課後になってすぐだったこともあり被害者の数は100人を軽く上回っており、実態は決して小規模とは言えないほどの異能災害だった。

 人数が人数だけに生存確認等についても一人あたりにかけられる時間はそれほど多くなく、学校から提供された写真と本人を魂魄鑑定士兼医者である女性が見比べ、負傷や特異変性の自覚症状がないかを確認し触診を行う程度の簡易なものとなった。


「……言っちゃいけないんだもんね」


 医師の診察を終えて、体育館から校庭に続く道を歩きながら、如月はポツリと独り言を漏らす。


 如月の目に焼き付いて離れないのは、ほとんど人と変わらない見た目のエルフというモンスターの凄惨な死に様だった。

 どれだけ人と似ていようとも、あれは人間ではなくモンスターであり、それを殺したからと言って罪に問われるようなことはないし、他者から責められることもない。むしろ、ダンジョンの指揮官を討ち取り多くの被害者を救い出したことを称賛されることだろう。そんなことは如月もわかっている。

 だが、理屈でわかっていても、あの瞬間を思い出すだけで如月は吐き気を覚えるほどに気分が悪くなる。あの瞬間、ライトニングを撃ち込む直前のエルフの表情が忘れられない。そして次の瞬間にはその顔すらもなくなってしまったことも。


(こういうのをトラウマって言うのかな……)


 お医者さんにそのことを相談したいとも思ったが、自分たちがダンジョン攻略に関わっていたことは秘匿すると約束している。だから如月は、何か気になることはないかという医者の問いにも何もないと答えた。

 相談できる相手がいるとすれば、それは共に死地を潜り抜けた友人たちだろう。だが彼らにそれを話せば、如月に止めを刺させたことの負い目を感じさせてしまうかもしれない。切り札として最後の一撃を担当することは、事前に作戦を立て如月自身が納得した上で決定されたのだ。それを今更蒸し返して、大切な友人たちにまで嫌な思いをさせたくなかった。


(あーもう! なんであたしがこんな色々考えなきゃいけないのさ!! それもこれも全部氷室のせいだ! 次に会ったらめちゃくちゃ文句言ってやらなきゃ!!)


 これまで毛嫌いしていた氷室と一応は和解した如月だが、あくまでも利害の一致による停戦のようなものであり、友人たちと同じように配慮をしようなどという気持ちは全く持ち合わせていない。だから今回の件も作戦の立案者である氷室に直接文句を言って気持ちの整理をつけようとひとまず結論付けた。


「みんなお待たせー、って、あれ?」


 生存確認等は列になって一人ずつ行われ、終わった者は後続の邪魔にならないよう体育館周辺からすぐに離れるよう指示されていた。そのため如月たちは終了後に校庭で再集合することを事前に決めて、たった今最後の如月が合流しにきたところだった。

 しかし沖嶋や小堀、委員長、加賀美を背負った香織の他に何人かの人影が見えることを確認して、如月は不思議そうに首を傾げた後、それが誰なのかに気づいて恥ずかしそうに顔を赤くしながら大声をあげる。


「パパ! ママ! お姉ちゃん! それにお爺ちゃんまで! なんでみんな来てるの!?」

「りり~!! 大丈夫かっ? 怪我はないか? パパ心配したんだからな!!」

「りりちゃん!! 痛いところはない? もう怖くないからね。ママ、心臓が止まるかと思ったわ~」

「りり! あんたはもう! 心配かけて!! ほら、お姉ちゃんの胸を貸してあげるから泣いて良いのよ」

「むぐっ、恥ずかしいからやめて!!」

「りり、星の杖を渡しなさい。メンテナンスが必要だ」

「見てないで助けてよお爺ちゃん!!」


 如月が声をかけた瞬間、それまで沖嶋たちと話をしていた両親と姉が素早く如月を抱きしめ心配の声をかける。三方向から一度に抱擁された如月はおしくらまんじゅうにされて若干苦しそうにしつつ、悲鳴をあげて三人を押しのけようとしている。

 三人から一歩遅れて如月に近づいた白髪に白衣の壮年男性は、もみくちゃにされている如月の様子などガン無視で端的に要求を述べる。


「はあっ、はあ……、友達の前で止めてよ恥ずかしい!!」

「ああ、そうだったそうだった。いやぁ、すまないねみんな。りりの元気の姿を見て感極まってしまったよ」

「お話の途中だったのにごめんなさいね~」

「それで、どっちがりりの彼氏なの?」

「だからやめてよお姉ちゃん!! もう帰って!! お爺ちゃんもこれ返すから!!」

「うむ、確かに受け取った。」


 何とか三人の包囲網から脱出した如月が息を荒げながら抗議の声をあげるが、如月の家族たちは揃いも揃ってマイペースであり、如月は終始翻弄されている。


「いや、今日はりりと一緒に帰る。りりが帰るまでパパは一歩も動かない」

「りりちゃんが無事だったお祝いに今夜は焼肉にしようかしら~」

「加賀美くんは八木橋ちゃんと付き合ってるんだ。ってことは、」

「私は一足先に帰らせて貰うぞ」

「も~~~!! みんな帰らないと嫌いになるよ!!」


 それは如月の対家族用最終兵器だ。まるで子供のような語彙力だが、効果は抜群だった。


「りりちゃんも早く帰ってくるんだよ」

「早くスーパーに行かないとお肉が売り切れちゃうわ~」

「ごめんって! ちょっと悪ノリしすぎたね! 沖嶋くんもごめんね~。それじゃあね」


 よほど如月に嫌われたくないのか、三人はそう言い残して逃げるようにそそくさと去って行った。如月の祖父だけは言葉通り一足先にいなくっていたため、三人はそれに続いた形だ。


「みんな、うちの家族が騒がしくてごめん」

「ちょっと驚いたけど、愛されてるんだねりりちゃん。良いご家族だね」

「沖嶋くんの言う通り、良いご家族じゃないですか。何も恥ずかしくなんてないですよ」

「……」


 恥ずかしくて死にそうというくらいに顔を赤くした如月がペコペコと頭を下げ、それに対して沖嶋と委員長がフォローする。唯一小堀だけは能面のような何を考えているのかわからない表情をして、何を言うでもなく無言を貫いている。


「如月、家族は大事にした方が良いぜ。一緒に帰ってやれよ」

「そうだよりりちゃん。親孝行は出来るうちにやっておかないと」

「でも、加賀美まだ動けないんでしょ? かおちゃんだけに任せるわけにはいかないよ」


 加賀美と香織が如月に帰宅を促すが、如月はそれに対して首を横に振る。

 加賀美がこんな状態に陥ったのはみんなを助けるために異能を使ったからであり、そんな加賀美の世話を誰か一人に押し付けて帰るなんて如月からすればありえないことだった。少なくとも自分で歩けるようになるくらいまでは助けが必要だろうと考えている。


「隼人のことは私に任せてくれて良いから。私は隼人の彼女なんだよ?」

「そうそう。それに小堀とカミサマのお陰でいつもより回復は早いしな。てか、俺のせいでみんなが帰れないとかになったらむしろ気になって休むのに集中できないって。だからな? 帰った帰った」

「……そういう言い方はズルじゃん」


 如月は不服そうに少し拗ねた様子でそう呟いた。

 間違いなく如月のことを思っての嘘なのだが、一緒にいられるとむしろ休めないなどと言われては無理に残ることも出来ない。


「もー、わかったよ。ごめんかおちゃん、加賀美のことよろしくね」

「まっかせてよ!」

「加賀美! かおちゃんにあんまり迷惑かけちゃダメだかんね!」

「わーってるよ」

「じゃあ、沖嶋くん、菫、委員長、またね」

「うん、またねりりちゃん」

「……またね」

「また学校で、如月さん」


 簡単に別れを済ませ、如月は家族の背中を追って歩き出した。

 友達の前だから恥ずかしがっていたし強がっていたが、如月自身家族のことは大好きで、本当は如月も家族と再会出来たことが嬉しかった。

 歩みは少しずつ速さを増して、いつの間にか如月は駆け出していた。早くその背中に追いついて、さっきは嫌いになるなんて言ってごめんなさいと謝り、再会を喜ぶために。




☆    ☆    ☆




 買い物をするために寄り道している家族を置いて、足早に一人帰宅した如月の祖父が、地下に作った研究室の中で悲鳴とも歓声とも感じられる奇声を上げていた。


「こんなっ! こんなことがありえるのかっ!! ありえていいのかっ!!」


 研究室の壁に隙間なくいくつも設置されたモニターには、星の杖に関する様々なデータが表示されている。例えば星の記憶を書き込まれたメモリーカードの詳細や、魔石の内包する残存魔力量、そしてクールダウンに必要となる時間や、使用のログなど。


 如月の祖父は普段滅多にこの研究室を出ることはなく、ほとんどの時間を異能の研究にあてている。近所で大きな事件や異能災害が起きてもそれは変わらない。だから如月は自分を迎えに来た家族の中に祖父が居たことに驚いていた。

 しかし、当然ながら祖父は如月のことを心配して現場に駆け付けたのではない。如月の持つ星の杖はこの研究室のPCと常時同期しており、さらにGPSや内臓されているカメラ、マイクなどによって常にその状態、状況を正確に管理されている。そんな中で、いきなり同期が切断されたかと思いきや、数時間後には再度同期され、その空白の時間に使用ログや映像データ等が保存されていることが確認された。


 ダンジョンアサルトが発生したという話は祖父も聞き及んでおり、同期の切断と再同期自体はそのせいだろうとすぐにわかった。しかし、ダンジョンの中で異能は使えない。にもかかわらず、ダンジョンにいたであろう時間に使用ログが残っている。

 本来ならばありえないことだ。故障の可能性の方が遥かに高い。しかしもしかしたら、これは何か予想もつかないことが起きたのかもしれないと判断し、如月が帰ってくるのを待ちきれず祖父は自ら星の杖を回収するために行動したのだった。


 そしてその祖父の予想は当たっていた。


「異能が、私の星の杖が、進化している!!」


 星の杖のメイン火力であるライトニングは、非常に強力である反面一度撃てば10分のクールダウンを必要とする諸刃の剣だ。一応リミッターを解除し、杖が壊れることを許容するのであれば一度限りの連発は出来るが、その仕様は如月には教えられていない。

 にもかかわらず、映像の中で如月はクールダウンの終了前にもう一度ライトニングを撃っている。しかも、杖は壊れていない。

 その原因を特定するため祖父が回収した星の杖を解析すると、驚くべきことに、星の杖そのものの性能が開発段階から変化していることがわかった。どのようにしてか耐熱性能が向上しており、2発までならライトニングの使用に耐えられるようになっているのだ。


「くく、くくくっ、凄い、これは凄いぞ!! この星の杖をさらに研究すれば、もっと強力な魔法も……!! くはは! はーはっはっはっはっは!!」


 マッドサイエンティスト染みた高笑いを上げつつも、発言は至って真っ当な研究者のそれだった。

 映像を見れば、星の杖がダンジョンの中でも正常に機能しており、それは異能が進化したことと合わせて氷室凪という人物の異能が関与していることは明白だ。

 なぜダンジョンの中で異能が使えるのか、他者の異能を進化させる異能とはなんなのか、普通ならばそう言った疑問を抱いて当然。

 しかし今、祖父の目に映るのは目の前にある進化した星の杖だけだった。まるで最新のおもちゃを目前にした子供のように、それ以外のことなどどうでも良いと言わんばかりの様子で楽しそうに目を輝かせている。


 祖父の興味はあくまで自身の開発した星の杖にのみ向けられており、更なる発展のとっかかりやインスピレーションを得た今、それ以外のことなど最早どうでも良いのだった。

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