episode1-閑 加賀美隼人は改造人間である
「ほら、ついたよ隼人」
「やっとかぁ~、もうくたくただぜ」
香織の肩を借りながらなんとか足を動かしていた加賀美は、厄介になっている叔父の自宅前にまでたどり着いたところでそんな声をあげながら力尽きたように床に座り込んだ。
ダンジョンから脱出し生存確認等を終えた後、日が沈むまで小堀が治療を続けてくれたため普段必殺技を使った時よりは随分早く回復してきているが、それでもまだまだ万全の状態には程遠かった。
「意地張ってもう大丈夫なんて言うからだよ」
「けどあんま遅くなったら小堀の親だって心配するだろ」
沖嶋や如月は家族が迎えに来ていたため、待たせては悪いからと加賀美の方から強く帰宅を促して半ば強制的に帰らせた。
一方で小堀の家族はいつまで経っても迎えにはやって来ず、小堀本人が頑張ってくれた加賀美くんを元気にしてあげたいと希望したこともあり、その言葉に甘えて日が沈むまで治療を受けていたが、流石にこれ以上遅くまで付き合わせるわけにはいかないと加賀美は無理を押して元気になった振りをしたのだ。
「その優しさをちょっとは自分にも向けてよね。上げるよ」
「うおっ!? か、香織! これはちょっと恥ずいって!」
預かっている鍵を使って玄関を開いた香織が、座り込んでいる加賀美をお姫様抱っこで持ち上げる。すると加賀美が照れながら身をよじって抜け出そうとするが、香織は女子の細腕からは想像できないほどの腕力でそれを抑えるように加賀美の身体を抱え込んだ。
「ほら、暴れないの。別に誰も見てないよ」
「わかった! わかったから力緩めてくれ! ちょっと痛いって!」
「最初から大人しくしてればすぐ済むのに」
抵抗を止めた加賀美を抱えたまま、勝手知ったる家の中に香織は入っていく。
この2LDKのマンションは元々加賀美の叔父が一人で住んでいたのだが、とある事件を切っ掛けに加賀美が居候するようになり、それからさらに一悶着あって香織も同居し、現在は三人で暮らしている。
家主である加賀美の叔父は刑事として働いており帰りはいつも遅く、どうやらこの日もまだ帰って来てはいないようだった。
「ふぅ、今日はそのまま安静にしてなきゃ駄目だからね」
お姫様抱っこのまま加賀美を部屋まで運んだ香織は、優しくベッドの上に加賀美を寝かせてようやく一息ついたというように安堵の息を吐いた。
「わかってるよ。っていうか今日はもう動ける気力がないわ」
「……それで、なんでブレイクを使ったの?」
「言っただろ? いきなりモンスターが目の前にいたから、テンパってついな」
「そんなわけない」
いやー参った参ったというように努めて明るく話す加賀美の言葉を一刀両断して、香織は真剣な面持ちで加賀美を見つめる。
「お医者さんとかお役人さんはそれで誤魔化せても、同じマスカレイドの私にそんな嘘通じるわけない。ねぇ隼人、なんでっ? どうして!? もう、使っちゃ駄目だって、先生も言ってたでしょ!? インポスターとの戦いで隼人の身体はもうボロボロなんだよ!? なのに、どうして……?」
それまで我慢していたものが決壊したかのように、香織はポロポロと大粒の涙を流しながら訴えかけるような勢いで加賀美に問いかける。
秘密結社インポスター。それは加賀美に改造手術を施しマスカレイドという怪人に至らしめた悪の組織の名だ。
加賀美は凡そ3年ほど前、家族旅行の最中に両親や妹と共に一家揃ってこのインポスターに誘拐され、当時実用化された技術を用いて最初のマスカレイドに改造された。しかし改造の最中に発生した異能災害により手術は中断。自我を失う前に脱走を果たした加賀美はそれから約1年もの間襲い来るインポスターの怪人、マスカレイドとの戦いに身を投じることとなった。
事情を知る刑事の叔父や、自身と似た境遇である香織、そして異能庁の人間など、様々な人物の力を借りながら加賀美は15歳の春に組織の首領を討ち取り、長い戦いに終止符が打たれた。
多くのものを失いながらようやく手に入れた平穏。
しかし、戦いの中で傷ついた加賀美の身体はいつ限界を迎えてもおかしくなく、異能を使う程度なら無理をしなければ問題ないが、ブレイクを使えばどうなるかわからないと協力者である医師からキツく使用を止められていた。
組織が独自に研究、開発したその技術には謎が多く、一度マスカレイドに改造されてしまえば現状では二度と生身の人間に戻ることは出来ない。現在も技術の解析は行われており、いずれは生身に戻るとまではいかなくともマスカレイドの肉体を修復出来るようになるかもしれないが、今回のようにブレイクを使えばその時まで加賀美の命がもつかわからない。
「隼人、もう戦わないで……。どこにも行かないで……。もう、大切な人がいなくなるのはいやだよぉ……」
子供のように泣きながら縋りつく香織からは、先ほどまでのしっかり者というような雰囲気は感じられない。加賀美のことを気遣って気丈に振舞っていただけで、本当は押し潰されそうなほどに不安だった。
「ごめんな香織、不安にさせちまって。大丈夫、俺は死んだりしない。香織を置いてどっかに行ったりなんて、絶対しないから」
普段の底抜けに明るくて何も考えていないような元気溌剌とした様子とは打って変わって、加賀美は香織を安心させるように優しい声で語り掛けながら軽く頭を撫でる。
香織が加賀美のことを大切に思っているように、加賀美もまた香織のことを大事に思っている。ブレイクを使うのがご法度ということくらいは加賀美自身も理解しているが、それでも香織を救うためなら命を懸けられた。救えなかった、自らの手で終わらせた家族の分まで、香織を守って見せると誓ったから。
「……隼人」
「香織」
「――隼人っ! 香織ちゃんっ! 無事か!? 怪我はないか!?」
互いに見つめ合い、名前を呼び合いながら少しずつ距離が縮んでいき、二人の影が重なり合う寸前、強面の中年男性が大声を開けながら勢いよく部屋のドアを開いて飛び込んできた。
「っ~~~」
「佐介おじさん、今日は随分早いじゃん」
幼子が見れば泣いて逃げ出しそうなほどの悪人面にカッチリと固められたオールバックのその男の名は、
「そりゃお前、二人がダンジョンに巻き込まれたって聞いて大急ぎで帰って来たからな。仕事中で気づくのに遅れちまったが、とりあえず無事みたいでなによりだ」
ただし、間が悪く気が利かないのが玉に瑕であり、咄嗟に加賀美から離れて顔を真っ赤にしている香織を見ても自分がお邪魔になってしまったことに気づいていないようだった。
「お、おかえりなさい山城さん」
「あぁ、ただいま香織ちゃん。……隼人、お前まさか、ブレイクを使ったのか?」
「え゛っ!? なんでわかんの?」
「顔色悪いし声に元気がないぞ。それにこんな時間から寝てるってのもお前らしくないしな。ダンジョンに巻き込まれたって話だったが、まさか帰りに残党に襲われたか?」
「そんなんじゃないって! ちょっとミスっただけだからそんな心配しなくて良いから!」
インポスターの首領や、組織の抱えていた大半のマスカレイドは加賀美の手によって打ち倒されたが、一部の構成員や科学者は今も行方が分からず、時折咲良町近辺で残党と思われるマスカレイドの出没が確認されている。
山城は仕事柄そういった情報に詳しく、今のところ加賀美を狙って残党が襲って来たことはないが、なにか企んでこそこそしているらしいことは知っている。
残党には以前のインポスターほどの組織力はなく、活動の痕跡を綺麗に消すことは出来ておらず、所在の隠蔽も完全ではなくなっている。最盛期にはかなり積極的に加賀美を襲っていたにもかかわらずその存在はあまり世間に認知されていなかったのだが、最近は目立った行動をしていなくても一般人にまで正体不明の怪人の目撃情報が出回っているほどだ。
この調子ならばそう遠くない内に残党狩りも終わるだろうと考えられているが、その前に最後の悪あがきをする可能性もあり、加賀美や香織にも気を付けるよう山城は伝えている。
「ミスっただけって、お前なぁ。ブレイクは使うなって何度も――」
「あーあー、聞こえなーい。もう香織から説教はされたから。……詳しいことは言えないけど、必要だったんだよ」
「……そうか」
おどけるように声をあげて両耳を塞ぐことで山城の言葉を遮ってから、加賀美は真面目な表情で簡潔にそう告げた。
「ならこれ以上はぐちぐち言わねぇ。けどこれだけは覚えとけ。お前が死んだら悲しむ奴は、お前が思ってるより沢山いるからな」
「心配かけてごめん、おじさん」
「おう。タバコ吸ってくるわ」
加賀美を居候させるようになって以来、健康に配慮してベランダで吸うことが習慣となったタバコを背広の内ポケットから取り出し、山城は踵を返して部屋を後にしようとする。
「ま、待ってください山城さん! それだけで良いんですか!?」
あまりにもあっさりと納得して引き下がった山城に、香織が納得できないというように食い下がる。自分は加賀美に対する怒りよりも、加賀美を失うことへの恐れや不安の方が大きく、結局最後まで追求できずに雰囲気に流されってしまったわけだが、それは山城が代わりに怒ってくれるだろうという期待もあったがゆえにだ。
それがまさかこうもあっさりと加賀美の言い分を認めて、大して説得もせずに引き下がるなんて思っていなかった。
「香織ちゃん、男には命を懸けてでもやらなきゃいけない時がある。隼人にとってはそれが今日だったってだけの話だ」
「へへっ」
内心でハードボイルドに決まったな、と自画自賛しつつ山城は去っていった。
そんな山城の言葉に、加賀美は照れくさそうに鼻の頭をこすっている。
そしてそんな二人の様子を見て、香織は俯いてぷるぷると震え出した。
「もうっ! これだから男の人って!! そんなこと言ったら隼人はいっつもその日になっちゃうじゃないですか!!」
そんな加賀美だからこそ好きになったのだという弱みもあり、香織もそれ以上強く言うことは出来ず、やり場のない気持ちを吐き出すように叫ぶのだった。
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