episode1-閑 それぞれの帰路へ

「それじゃあこれから緊急脱出を起動してくるから、みんなは目立たないように逃げ回って」


 このダンジョンを脱出した後の打ち合わせを終えて、桜ノ宮が氷室の後に続きぶち破られた壁の穴へと進んで行く。

 小堀たち3人はそんな桜ノ宮の後ろ姿を見送り、視線を倒れ込んでいる加賀美に戻した。


「隼人、まだ動けそうにない?」

「わ、わりぃ陽介。ちっとまだ無理そうだ」

「謝らなくて良いって。じゃあ予定通り俺が隼人を背負うから、りりちゃんと小堀さんは異能を引っ込めて」


 沖嶋が自分のフレームを解除しつつ、加賀美を背負いながら二人に促す。

 これから他の被害者たちと同じタイミングで脱出することになるため、異能を発動したままだとダンジョン内で異能を使えたということが露見してしまう。それを防ぐために異能を解除しておくよう桜ノ宮から指示があった。

 

 桜ノ宮曰く、ダンジョン内で異能の発動を可能にする氷室のCスキル「君臨する支配」は前例のないものであり、今の段階で露見すれば氷室の身に危険が及ぶ可能性がある。

 そのため、手柄を譲ることになってしまうが、このダンジョンは氷室一人の力で踏破したことにしたいと桜ノ宮から提案があった。コアの操作には桜ノ宮のようなダンジョンの裏事情に詳しい存在が必須であるため自分は残ることになるが、あくまで戦ったのは氷室だけという筋書きだ。


 その桜ノ宮の提案に対して異を唱えた者は一人もいなかった。

 元より名声のためにダンジョンを踏破したわけではないし、氷室がいなければ自分たちの命はなかったかもしれない。命をかけた戦ったのは事実だが、戦うことすら出来ずに死んでいた可能性だってあるのだから、文句のつけようなどあるはずもなかった。


 そうして全員が異能を解除し、沖嶋が加賀美を背負って準備万端になったところで、ブオンという何かがブレるような音と共に周囲の景色が一変する。

 先ほどまでの紫色の照明に照らされた土臭い空間ではなく、オレンジ色に染まりつつある空やダンジョンらしき山のような地形と一体化してしまっている校舎、そして多くの人が沖嶋たちの視界に入る。


「え? え!? そ、外に出れたの!?」

「なんで急に……、でも助かったぁ」

「うわぁぁぁ!? モンスターだ!? モンスターがいるぞ!?」

「だ、誰か!! 冒険者は!?」


 ダンジョンに巻き込まれていたらしい生徒たちは一斉に外へと転移させられて、唐突に脱出できたことへの戸惑いや驚き、そして安堵の声があがり、さらに一緒に転移して来たモンスターの存在に気が付いて騒ぎ始める。


 沖嶋たちはこの騒ぎに乗じて、あたふたと逃げ回る振りをしつつ、目立たないように人が少ない方へと移動していく。

 モンスターも一緒に脱出することになるのは桜ノ宮から聞いていた。そのためすぐに応戦することも出来たが、それをすれば聡い者は沖嶋たちが何か知っていることに気づくだろう。だからあえて異能を出さずに逃げ回る。


 モンスターによる被害を心配する必要はない。なぜなら冒険者がダンジョン外で力を発揮できないように、モンスターたちも原則としてダンジョン外では本来の力を出せない。

 そして、冒険者というホルダーとそれ以外のホルダーの比率を比較した場合、圧倒的に後者の方が高い。


「駆け抜けろ」

「人魔一体『メトロノーム』」

「聖剣が呼べるってことは、やっぱり外なのかな」

「モンスターご一行、坂島賭博場へご案内~」


 混乱が伝播して収集がつかないほど大騒ぎになるよりも早く、迅速に動き出したホルダーたちがいた。


「生徒会だ!」

「異能が使えるのか!? だったら、フレームイン『北風と太陽』!!」

「よーし! ノームさん力を貸して!」

「凍れ!」

「行きますよ! フライデイ!!」


 生徒会と呼ばれた生徒たちに続くように、あちこちでホルダーが自らの異能を発動してモンスターたちと戦い始める。

 モンスターたちはいきなり自分たちのホームから追い出され著しく弱体化してしまったことに混乱しながらも、死んでたまるかとばかりに応戦するが力の差は圧倒的だった。

 瞬く間にモンスターの群れは数を減らしていき、全滅に至るのにそれほど長い時間はかからなかった。


 そんな光景を見てホッとしている生徒もいれば、恐怖に身を震わせている生徒もいる。

 それはモンスターたちの殲滅がグロテスクだったというのもあるが、それ以上に、場所が違えば立場は逆だったということを想像してだ。

 モンスターの集団との遭遇がダンジョンの中だったのであれば、屍と化していたのはホルダーたちの方だっただろう。


「皆さん落ち着いて! ここはダンジョンの外です! 咲良第二高校の生徒さんはあちらに集合してください!!」


 途中から生徒たちに混ざって戦っていた見知らぬ大人たち。背面に異能庁というプリントがされたジャケットを着ている彼らが、未だ混乱の残る生徒たちを保護して状況を説明し、生存確認と本人確認のため数人ずつのグループに分けて体育館へと先導していく。

 彼らはダンジョンの機能に緊急脱出があることを知っている。そのため、こうして一斉に大量の被害者やモンスターが脱出してきたのはその機能を用いてのことだろうと判断した。


 通常のダンジョンアサルトの場合、ダンジョンの入り口をこじ開けた後は浅層で救助を待っている被害者を救出し、その後ダンジョンを踏破して、浅層以外に生き残りがいる可能性もあるため緊急脱出を作動させる。実際それでようやく救助される者もいるため、彼らにとってはダンジョンから転移して脱出してくるという光景はそれほど珍しいものではない。

 とはいえ、ダンジョンアサルトから僅か数時間、しかも救助を待たずにというのは前例がないため、初動が遅れて生徒たち自身を戦わせることとなってしまった。


「とりあえずやり過ごせそうだね」

「うん、もうカミサマがいても大丈夫そうかな。カミサマ、加賀美くんを治してあげて」

【菫の優しさに感謝するのだな加賀美よ】

「おう、あんがとな小堀、それにカミサンも」


 小堀の呼びかけに応えてお守りから姿を現したカミサマが加賀美の治療を再開する。

 カミサマは普段から小堀の傍にふわふわと浮いているため、仲良しグループの面々とはそれなりに交流がある。カミサマの言葉も、本気で感謝しろと言うような傲慢なものではなく軽口であり、加賀美もそれを理解しているため気分を害することもなく笑って感謝の言葉を述べた。


「かおちゃん探して来るね」

「さんきゅー如月、助かるぜ」


 未だ動くことの出来ない加賀美に代わって、如月が加賀美の彼女を探すために生徒の集団を見て回り始める。

 ダンジョンアサルトに巻き込まれた生徒はかなりの数になるようで、生存確認と本人確認が全て終わるまでは時間がかかりそうであるため、その待ち時間の有効活用だ。


 しかし、如月が加賀美の彼女を探しに行ってすぐ、入れ違いになるように委員長が誰かを連れて沖嶋たちのもとへやって来た。


「良かった、無事だったんですね、沖嶋くん、加賀美くん、小堀さん」

「大丈夫隼人!? それ、まさかブレイクを使ったの!?」


 委員長が三人の姿を見つけてホッと胸を撫でおろしたのに対し、一緒にいる女子生徒はぐったりとした加賀美を見て心配そうに声を荒げた。

 黒いセミロングのストレートヘアに、黄色のインナーカラーとメッシュが特徴的なその女生徒は八木橋やぎはし香織かおり。加賀美の彼女であり探し人だ。


「香織! 無事だったんだな!! これはまあ、ちょっと混乱しちまってな。さっき使っちまった」

「バカ! 隼人のバカぁ! それは使っちゃ駄目だって、言ってるのに……」


 加賀美は現在自力で立ち上がることもできない状態であり、疲労が溜まっているだけと言い張るのは無理があるため、さきほどの騒動の際に例の必殺技を使ったということにしている。


 全く身動きが取れなくなってしまうなんて、随分の反動の重い技だというのは沖嶋たちも感じていたところだが、悲痛な声をあげる八木橋香織は何やらただならぬ様子だった。


「委員長も無事でなによりだよ。……隼人、本当に大丈夫なのか?」

「だいじょーぶだって。香織もそんなに暗い顔すんなって。お互い生きて脱出出来て良かったじゃん。マジで心配したんだからな」

「それはこっちのセリフだよ! もう、本当にいつもいつも……! 沖嶋くん、隼人の面倒を見てくれてありがとね。代わるよ」


 これ以上加賀美に説教をしても意味がないと諦めたのか、香織は深々と溜息をついてから背を向けてかがむ。加賀美を背負うのを代わるつもりのようだった。


「いや、でも隼人結構重いから」

「大丈夫。隼人から異能のことは聞いた?」

「それは、うん」

「私も隼人と同じだから。見た目より力持ちだから気にしないで」

「わかったよ、じゃあお願いしても良いかな?」


 香織は女子としては高身長だがスタイルの良い華奢な体をしているため、沖嶋と同じくらいある背格好の加賀美を背負うのは大変ではないかと、沖嶋は一度断るが、続く言葉を聞いて素直に加賀美を渡す。

 加賀美と同じと言うことは改造人間ということであり、異能を使わない素の状態なら恐らく香織の方がパワーがあるということを理解したのと、わざわざ食い下がるのはそれだけ加賀美を大事に思っているからだとわかったからだ。


「如月さんと桜ノ宮さんの姿が見えませんけど、一緒ではないんですか?」

「りりちゃんは八木橋さんを探しに行ってるから、多分すぐに戻ってくると思うよ」


 委員長が香織と連れ立って近づいて来ているのに気づいた時、小堀が如月に電話をかけてその旨を伝えているのが沖嶋には聞こえていた。


「桜ノ宮さんとは一緒の場所に飛ばされなかったから、無事なのかわからないんだ。委員長は見てない?」

「いえ、私も見てません。電話やメッセージはどうですか?」

「それが、通じなくて。圏外なのか電源を落としてるのかわからないけど」

「そうですか……。かなりの被害者の方を集められていたつもりでしたけど、氷室くんも見つかってませんし、やっぱり全員は助けられませんでしたか……」


 委員長が暗い表情で心配そうにしている姿を見て、沖嶋は嘘を吐いていることに申し訳なさを感じつつも、その言葉に違和感を覚える。


「? なんの話?」

「ダンジョン内で被害者の方を探して回ってたんです。大勢で役割分担した方が成りたての冒険者の方の力も活かせますから、見つけた方も一緒に来てもらって結構な大所帯でした」

「そ、それは凄いね。もしかして委員長が先導してたの?」

「言い出しっぺが私でしたので、いつの間にか流れでそういうことになってしまいました」


 簡単そうに言っているが、どれだけ広いか、どんな構造をしているかもわからないダンジョンの中で、更にどこにいるかもわからない被害者を探して回るなど簡単に出来ることではない。当然、道中モンスターと遭遇することもあるだろう。そうなれば逃げるにしろ戦うにしろ、大所帯になるほど被害なしとはいかなくるはずだ。そして被害が出れば統率をとるのは更に難しくなる。職業軍人ですらない素人ならばなおさらだ。

 そんな状況でかなりの被害者を保護してダンジョン内を歩き回っていたというのは、氷室の打ち立てたダンジョンアサルトをそのまま踏破という偉業ほどではないにしろ、大きな功績であることは間違いない。


「かおちゃん、それに委員長も。無事でよかったぁ」

「入れ違いになっちゃったみたいでごめんねりりちゃん」

「無事で何よりです如月さん」


 自分の記憶が正しければ委員長はホルダーだったはずであり、ダンジョン内では自分と同じように無力な存在であったはずの彼女の信じがたい行動に沖嶋が戦慄していると、戻ってきた如月が嬉しそうに二人に声をかけながら抱き着き、両手の塞がっていない委員長が軽くハグをお返しした。


「それじゃあそろそろ俺たちも行こうか」


 いつもよりは大人しめだが、それでも明るい如月の空気にあてられて気を取り直した沖嶋は、話をしている内に順番待ちをしている生徒たちが減ってきていることに気づき、皆を先導して体育館へと向かう。

 氷室と桜ノ宮を待つ必要はない。むしろ関係を疑われないようにするのなら、二人が出てくるよりも早く帰ってしまった方が良い。


 そうして沖嶋たちは桜ノ宮の計画通り、特別に関与を疑われることもなく、生存確認と本人確認を終えて、家族の迎えと共にそれぞれの帰路につくのだった。

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