episode1-39 脱出

 話し合いを終えた俺たちは広間からコアのある部屋へと戻り、約束通り出入口の設置方法について教えて貰ってから、桜ノ宮が再度緊急脱出機能を起動するためコアの操作を始めた。


「そういや、なんで異世界の連中はコアをもっと厳重に隠しとかないんだ? 通路を埋め立てるだけじゃなくて、見つかりにくい場所に移したりしても良いだろうに」

「コアは動かせないのよ。そうじゃなければそもそもダンジョンの中に置いておく必要すらないわ」

「ふーん。侵略兵器って割には色々不便だな」


 管理者を殺されたら次に接触した者が管理者になれるってのもセキュリティが甘すぎる気がするよな。


「確実なことはわからないけど、一説によると本来の用途は侵略兵器ではなかったんじゃないかとも言われてるわね」

「それは初耳だ。じゃあ本当はなんだってんだよ」

「そこまでは何とも。異世界からこっちの世界に渡ってくる以上、『船』としての機能があるのは確かだけど、何のための『船』だったのかはわかってないわ」

「『船』ねぇ……」


 侵略じゃなくて旅行のためとか? それともノアの箱舟のような移住船だったりするのだろうか。


「氷室くん、脱出の前にダンジョンを次元回廊に移すから管理者認証をお願い」

「あぁ」


 ダンジョンとは何なのかとつらつら考えている内に桜ノ宮の方の作業は終わったらしい。言われた通りさきほどのようにコアに手を置くと、再びコアが点滅を始める。


 次元回廊というのは、異世界の侵略者共が通ってくる別次元の道のことだと聞いている。船という表現は初めて聞いたが、連中が次元回廊と呼ばれるよくわからん道を通ってやってくるというのは一般に知られた話だ。

 また、踏破されたダンジョンをこの次元回廊に移して管理・運用しているということも広く知られている。俺たちの世界に出現した状態のままだと邪魔でしょうがないからな。こんな事件があって学校もしばらく休みになるだろうが、ダンジョンが居座ってたらいつまで経っても再開できない。


 次元回廊と言えば、


「前から疑問だったんだけど、なんで異世界の連中は次元回廊で待たないんだ? 十分に力を発揮できるようになるまで待ってから攻め込んだ方が有利だろ?」


 連中は時間経過によってその強さを増していく。だったら次元回廊の中で時間を潰して、強くなってから侵略を始めた方が良いに決まってる。

 今回俺たちが勝てたのも、異能の力は大きいが連中が本調子じゃなかったことも大きい。


「時間経過の起点はこの世界に入ってから始まるのよ。次元回廊でどれだけ待っても彼らはこの世界で力を発揮できないわ」

「へぇ」


 ネット上の噂でそういう話は見たことがあるが、桜ノ宮がこれだけ断定的に話すということは事実なのだろう。やっぱり一般に確たる情報として出回っていないだけで、ダンジョンや異世界についてわかってることはまだまだあるんだな。


「そんなにペラペラ話して良いのかよ?」

「無理に隠すほどのことじゃないもの。同じような噂を聞いたことくらいあるでしょう? あなたみたいに何かのはずみで知ったことを吹聴して、証拠や根拠を出せないから噂程度にしか思われてないって話は珍しくもないわ」


 つまり俺がそれを人に話しても証拠がないから与太話だと思われるってわけか。別にわざわざ言い触らすつもりもないけどな。


「転移完了、ひとまずこれで急ぎの処理は終わりね。緊急脱出の起動準備も済ませてあるからいつでも起動出来るわ。氷室くん、準備は良い?」

「あぁ、黙って大人しくしてれば良いんだろ」

「それじゃあ、緊急脱出開始」


 桜ノ宮がそう言った直後、ブオンという何かがブレるような音が聞こえ、次の瞬間には周囲の景色が一変していた。


 コアの設置されていた場所は薄暗い広めの部屋という感じだったのが、天には夕焼け空が広がっており、地面は踏みなれたグラウンドで、そして鬱陶しくなるほどの人の群れが周辺を埋め尽くしていた。

 今のがダンジョンの緊急脱出機能か。本当に一瞬で外に出れてしまった。


「帰って来たんだな……」

「そうね。でも、もうひと頑張りよ」


 聞こえてくるのは泣き声や歓声、笑い声などで、それほど悲壮な雰囲気は感じられない。かなり迅速に踏破したから、犠牲になった人間は少ないのだろう。

 周囲をよく見てみれば、普段直接目にすることは少ない異能庁の制服を着た人間がそこら中におり、それとは別にカメラやマイクを構えている者もいる。


 また、チラホラと戦闘があったと思わしき痕跡があり、モンスターの死体が山のように積み上げられている。

 冒険者がダンジョンの外で力を発揮できないのと同様に、モンスターもダンジョンの外では武装した普通の人間程度の力しか出せない。緊急脱出した人間の中にはホルダーもそれなりにいただろうし、争いになればどちらが勝つかは明らかだ。だからこそ桜ノ宮も躊躇なく全ての生物を緊急脱出させたのだろう。


「失礼、そこのお二方、今いきなり現れませんでしたか? もしかして、さきほどまでダンジョンの中にいましたか?」

「えぇ、ちょうど今出てきたところです」


 俺たちの存在に気が付いて声をかけてきたのは、異能庁の制服を着た男だった。恐らくダンジョンから脱出してきた被害者を探して確認するのが仕事なのだろう。ちょうど俺たちがいきなり現れたところを見ていたようで、疑問形ではあるが断定的な質問だった。

 桜ノ宮はそれに全く動じることなく笑顔で応答し、俺は桜ノ宮に言われた通り黙って桜ノ宮の後ろに隠れている。


「そうですか、そうですか……! こんなことが、奇跡だっ」


 その男は桜ノ宮の答えを聞いて明らかに感極まった様子で何事か独り言を呟いてから、ヘッドセットらしき通信機に向かって喋り出した。


「報告します! 関東ダンジョン局千葉支所ダンジョン被害対策担当笹塚四等です! 要救助対象の生徒を2名発見しました! これで全員です!」


 !? これで全員!?


「……すみません、まさかとは思いますけど、これで全員というのは」

「ああ、失礼しました! まだお名前を確認していませんでしたね。桜ノ宮葵さんと、氷室凪さんでお間違いありませんか? あと見つかっていないのはお二人だけでしたので、念のためですが」


 あ、あり得ない。死体は緊急脱出の対象になってなかったんだぞ。なのにまだ見つかってないのが俺たちだけってことは、死者が0ってことで、いくらなんでもそんなこと


「はい、私が桜ノ宮葵で、こっちの子が氷室凪です」

「!?」


 思わずばっと桜ノ宮を見上げるが、相変わらず人当たりの良い微笑みを浮かべているだけで真意が読み取れない。

 ……いや、よく考えろ。万が一本当に死者が0、ダンジョンアサルトに巻き込まれた全ての人間が救助されているとすれば、ここで氷室凪じゃないと言っても即座に嘘だとバレる。嘘を看破する異能などなくてもわかる。そうすれば無駄に不信感を抱かせるだけ。だからここは正直に言うしかない。


「氷室凪です」


 最低限それだけ言って軽くぺこりと頭を下げて桜ノ宮の後ろに隠れる。素性が即座にバレたのは予想外だが、別にそれがバレたとしても桜ノ宮ならうまいことやるだろう。俺はいらんことをしてボロを出さないようにしてればいい。


「おや? いただいた情報では氷室凪さんは男子生徒のようですが」

「特異変性ですよ。彼は性別が変わってしまったみたいで」

「なるほど、それは大変でしたね。それでは――」


「桜ノ宮葵さん!? 氷室凪さんですね!?」

「ダンジョンを踏破されたんですか!?」

「敵の指揮官はどんなモンスターでしたか!?」

「なぜ危険を顧みずダンジョンを踏破しようと思ったのですか!?」

「氷室凪さんは男子生徒のはずですがなぜそんな姿に!?」

「救助を待たない早期踏破は桜ノ宮グループとしての方針でしょうか!?」

「なぜモンスターをダンジョンの外に出したのですか!?」

「ダンジョンアサルトを死者0名で解決という偉業を成し遂げた感想をお聞かせください!!」


 異能庁の男は続けて桜ノ宮に何か質問をしようとしていたが、それを押しのけるように一塊になった人の群れが俺たちを取り囲み四方八方から質問責めを始めた。どうやらテレビやら新聞やらネットニュースの記者らしい。

 先に脱出させた被害者たちが揃ってダンジョン踏破などしていないと証言していれば、消去法で誰が踏破者なのかということは簡単に予想出来る。それに遅れて脱出してくるということは、そいつらはコアを操作出来たということなのだから、多少なりダンジョンの知識がある奴なら簡単に思い至るだろう。


「皆さん、落ち着いて下さい。私は桜ノ宮葵、そしてこっちの子が、今回のダンジョン踏破の立役者である氷室凪くんです」


 桜ノ宮のよく通る声に便乗して、もう一度無言でぺこりと頭を下げて桜ノ宮の影に隠れておく。

 記者たちは桜ノ宮の言葉を一字一句聞き漏らさないように集中しているようで、ついさっきまでの喧しさが嘘のように静かに桜ノ宮を見つめている。


「皆さんのご想像通り、私たちは二人で力を合わせ指揮官を打倒しダンジョンを踏破しました。それは偏に、ダンジョンアサルトに巻き込まれた被害者の方々を思ってのことです」


 めちゃくちゃ嘘を吐きまくってるが、今のところバレてる様子はない。桜ノ宮の言う通り備えとやらが効いてるのか、それとも嘘を看破するような異能を持った奴がいないのか。結構珍しい異能だしな。


「もちろん恐怖や葛藤はありました。ですがこれは私たちにしか出来ないと、私たちがやらなければ多くの罪なき命が失われると思えば、勇気を振り絞って進むことが出来ました」


 なんて白々しい言葉を情感たっぷりに語るんだこの女は!

 こいつの目的が資源だと知らなければ騙されてもなんら不思議ではないほどに巧みな語り口だ。


「しかし勇気だけではダンジョンを踏破することは出来ません。このダンジョンを支配する恐ろしい侵略者を打倒するためには、力が、とても大きな力が必要となるのです」


 まあ、どんだけ語りが上手かろうともダンジョンを踏破しましたと言うだけで納得させられるほど甘くはない。認識を共有したシナリオ通り、俺の力はある程度開示する他ないだろう。


「その力こそが、氷室くんの持つ唯一無二の力、ユニーククラス菓子姫です」


 桜ノ宮はそこで一旦言葉を区切り、間を生み出す。


「菓子姫とはどのようなクラスなのでしょうか!?」

「コアスキルは!? たった二人でダンジョンを踏破出来るほどに強力なのでしょうか!?」

「なるほど菓子姫、言い得て妙ですね。とても男性とは思えない美貌にも頷けます」


 ユニーククラスは桜ノ宮の言う通り唯一無二の力。個別のクラスの情報はその本人にしかわからないし、そんな言い方をされればそりゃ詳しく聞きたがるよな。最後の奴は何なんだよキメエな。


 ん? 周囲をよく見てみるといつの間にか異能庁の制服を人間がかなり集まってきている。それになんだか後ろが騒がしい。

 チラリと視線を向けると、いつの間にか背後の記者たちは異能庁の職員によって引っぺがされ、退路が確保されていた。


「もちろん、私も彼の活躍を、その雄姿を皆さんに知っていただきたいのですが、それをお伝えするには少々お時間が足りないようです。今後彼の活動は桜ノ宮でバックアップしていく予定ですので、正式な取材は会社を通していただくようお願いします」


「あ、ちょっと待ってください!」

「まだ全然質問に答えてませんよ!!」

「桜ノ宮さん!! 氷室さん!! 逃げるんですか!!」


「取材は許可された場所で順番に、相手の承諾を得てというルールでしょう!」

「離れてくださーい! 離れて離れて! 押さないでくださーい!」

「所定の場所に戻ってくださーい!!」


 桜ノ宮が言葉を締めくくり恭しく礼をして身を翻すと、それを引き留めるように記者たちが殺到しようとするが、集まって来ていた異能庁の職員たちが間に入って記者たちを遮った。

 どうやら桜ノ宮は異能庁の人が集まるまで時間稼ぎをしてたらしい。


「申し訳ございません! 自分が迂闊に大声を上げたばかりに!」

「あぁ、さっきの。いえ、気にしないでください。死者が出てないなんて、興奮する気持ちもわかります」


 最初に俺たちに話しかけてきた異能庁の職員がしきりにペコペコと頭を下げ、桜ノ宮がそれに気にしてませんというように答える。本心かは知らないが、実際俺も気持ちはわかる。というか、今でも少し信じられない。


 出来るだけ早くダンジョンを踏破すれば、それだけあいつが犠牲になる可能性も減ると思った。だから急いだ。それでも、多少の犠牲は出るだろうと思ってた。そしてその犠牲の中にあいつが入る可能性が0じゃないことも覚悟していた。


 でも、死者が0ってことはもうそんな心配はいらないってことだ。


「凪兄さん!!」


 不意に、聞き慣れた声で、聞き慣れた呼び方で、泣きそうな、張り詰めたような言葉をかけられた。


「美月……」


 声の方向に視線を向けると少し距離のある場所で、長い銀髪の少女が俺と桜ノ宮のことを見ていた。

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