episode1-40 再会
いきなり大声をあげたことで周囲の注目を集めてしまい恥ずかしそうにペコペコと頭を下げながら、美月は人の間を縫って俺たちの元へと近づいてくる。最初は距離があってよく見えなかったため、髪型や声から美月だろうと思ったが、距離が近くなってハッキリ見えるようになって確信する。
大変革の影響で日本人離れした美しく長い銀髪と碧い瞳。落ち着いた雰囲気でおしとやかな振る舞い。あまり背が高くなく童顔なことも相まって実際より幼く見える風貌。間違いなく姫路美月、俺の大切な妹分だ。
「あの、いきなりごめんなさい。私一年生の姫路美月って言います。要救助者は全員見つかったって、お二人で最後だって聞こえて、でも、その、凪兄さんが見つからなくて、背が高くて大きい男子なんですけど、見ませんでしたか……?」
自然に会話が出来る距離にまで近づいた美月が、意を決したように呼吸を落ち着かせてからそう問いかけてくる。あの引っ込み思案で大人しい美月が、自分からこんな風に声をかけるなんて、それだけ心配をかけてしまったということなのだろう。
だが心配をしてたのは俺も同じだ。死者はいないと聞いてひとまず安心していたが、その姿を確認してようやく本当の意味で心の底から安堵した。
「無事で良かった、美月。本当に、よかった」
自分でも無意識のうちに、気づけば美月の手をとって両手で包み込むように握っていた。目の前の美月が幻や幽霊ではなく、本当に生きているのだということを確かめるように。
「えっと、あの、どちら様ですか……?」
「俺だ。俺が凪だ、美月。こんなになっちまったけど、氷室凪は俺だよ」
「え……? えっ!? な、凪兄さん? ほんとうに?」
美月は目を白黒させながら俺の全身に視線を向け、次に俺の隣にいる桜ノ宮を見る。本当に俺が氷室凪なのか、一緒にいたなら知っているんじゃないかと考えたのだろう。
美月はそんなにダンジョンに詳しいわけでもないし、特異変性のことを知らなくてもしょうがない。
「初めまして姫路さん、私は桜ノ宮葵よ。この子が本当に氷室くんかどうかは、そういえば私も確かめてなかったわね」
「おい! 学生証見せただろ! つーかお前は今更疑ってねぇだろうが!」
「ふふっ、冗談じゃない。姫路さん、魂魄鑑定はしてないから私の感覚になってしまって申し訳ないけれど、この子は氷室くんで間違いないと思うわよ」
まったく、こんな状況で悪ふざけするんじゃねえよ。というかそうだ、美月にも学生証を見せれば良いじゃないか。
「大丈夫よ美月ちゃん。その子は間違いなく凪よ、私が保証する」
ベルトをきつく締め裾を折りまくって無理矢理履いているブカブカの男子制服から学生証を取り出そうとしたところで、それを制するように慣れ親しんだ声が聞こえて来た。
なんだよ、居たんなら美月と一緒に来てくれれば話は早かったのに。
「随分可愛くなっちゃたわね、凪」
「はっ、仕事は良いのかよ母さん」
いつの間にかすぐ近くにまでやって来ていた黒のショートカットに白衣を着た長身の女は、名を氷室心と言い、俺の母親だ。美月の相手をするのに夢中で全然気づかなかった。
「大丈――」
「凪兄さんっ!!」
「うおっ!?」
俺の軽口に返事をしようとした母さんを遮って、美月が感極まったような声を上げながら俺に飛びかかってきた。普段なら身長差や体格差的に抱き着いてくるという感じなのだが、今は俺の方が背が低いから支えきれずに押し倒されてしまった。
「いつつ、何すんだよ美月」
「心配っ、したんだからねっ! バカ! 凪兄さんのばかぁ! みんなで戻って来れたのに凪兄さんがいなくて、死んじゃったのかもって! うぅぅっ」
「……あぁ、悪かったよ」
俺は上半身を起こして、昔からそうしてやっているように頭を優しく撫でながら慰めてやる。
まったく、こんなに大きくなったっていうのに、相変わらず美月は泣き虫だな。
みんなで戻って来れたってことは、やっぱり美月もダンジョンアサルトに巻き込まれてたようだ。本当に無事で良かった。
「そっちは大丈夫だったのか?」
「ひくっ、知らない先輩が助けてくれて、ぐすっ、みんなで逃げたり隠れたりして……」
「そっか、怖かったな。よく頑張った、偉いぞ」
知らない先輩ね。誰だか知らないがうちの生徒なんだろうし、今度お礼をしておかないといけないな。
「それで、話を戻すけど母さん仕事は? つか何で白衣来てるんだ?」
「今日の職場はここだから」
「……ん? もしかしてここの魂魄鑑定母さんがやってんのか?」
「凪と美月ちゃんが巻き込まれたって聞いてじっとしてられなくてね。志願して手伝ってたのよ」
泣いている美月をあやしつつ母さんに話を聞くと、ダンジョン局お抱えの鑑定士はスケジュールの都合ですぐに手配出来なかったらしく、提携している病院に人員の派遣依頼があったらしい。それで母さんが志願したと。
魂魄鑑定というのはその名の通り魂を観測することで個人を識別する鑑定方法だ。
大変革以降、人の見た目が大きく変化するのはそれほど稀な事例でもなく、DNAやら指紋なんかも全く別物になってしまうことも珍しくなかった。
そして大変革直後にはそれらを利用した戸籍の乗っ取りや他人との入れ替わりが横行し社会問題に発展したことで、急速に個人の識別に関する研究や法整備が進められた。
その結果、魂の形や波動、色、大きさは何があっても不変であることがわかり、現在では国家資格を有する鑑定士による魂魄鑑定が最も信憑性のある個人の識別方法とされている。
母さんは医師であるのと同時に、魂を視覚的に知覚する異能を持つ国家魂魄鑑定士であり、過去の情報媒体からでも読み取れるため、写真や動画などと見比べれば簡単に個人の識別が出来る。まして家族の魂など見慣れているのだから間違えるはずもない。美月は母さんが保証すると言ったからすぐに俺が氷室凪だと信じたのだ。
「ダンジョンを出ればすぐに証明できるっていうのはそういうことね。初めまして、氷室くんのお母さま。私は桜ノ宮葵です。折角ご家族が再会できたところ申し訳ないのですけれど、そろそろ彼も自分の仕事を全うしたい様子ですし、歩きながらお話しませんか?」
桜ノ宮が視線で示す先には例の異能庁の職員が立っており、俺たちの話が終わるのを待っているようだった。そういえばまだあの職員が通信で報告しただけで、正式な生存確認と個人の識別はしてなかった。どっかに拠点のような場所があるのだろうし、まずはそこに行くべきだろう。
「こちらこそ、挨拶もせずにごめんなさいね。この子の母親の氷室心です。桜ノ宮さんの言う通り、支援拠点の運営も正式な報告を待っているでしょうし、立話はこの辺で終わりにしましょうか。美月ちゃん、ご両親と一緒に待っててくれる?」
「……はい。凪兄さん、ちゃんと帰ってきてね?」
ごしごしと涙を拭った美月が聞き分けよく返事をしてから、最後に上目遣いでそう告げる。
「心配すんな、今日はどこにも行かねえよ」
本当はバイトの予定だったが後で連絡を入れて休ませて貰おう。美月を安心させてやりたいのもそうだが、俺自身流石に今日はもう無理だと思うくらい疲労を感じてる。ライナーさんあたりに怒られそうだが仕方ない。
俺たちを見送って控え目に手を振る美月に片手をあげて応えつつ、母さんの先導に従って歩き出す。
「それにしても氷室くんのその姿、彼女がベースだったのね」
「は? 何の話だ?」
「特異変性の肉体的変化はその人間の強い執着や縁の深いものに影響を受けるって聞いたことないかしら?」
「そんな説があるくらいの話なら知ってるけど、マジなのか?」
「全員がそうってわけではないみたいだけど、傾向としてそういうパターンが多いのは事実よ。帰ったら鏡を見てみるといいわ。瓜二つってほどではないけれど、姫路さんの妹だって紹介されたら疑わないくらい今の氷室くんは彼女に似てるから」
「ふーん」
この鬱陶しいほどにクソ長い髪の毛なんかはクリーム色っぽい薄い金髪だし、ダンジョン内で如月が撮った写真も薄暗くて顔立ちまではハッキリわからなかったから気づかなかったが、第三者の目から見て似ていると言うのならそうだんだろう。
そういえば如月と最初に遭遇した時、一年生かと聞いた後にどっかで見たようなということを言ってたな。あれは美月のことを言ってたのか。
「そういや如月たちとは会わなくていいのか。俺はともかくお前は仲良しグループなんだから話してても不自然じゃないだろ」
「口裏合わせの打ち合わせは必要だけど、それは今じゃなくていいわ。ひとまずりりたちに注目を集めさせない作戦は上手くいったみたいだし、今日明日で露見するようなことはないわ」
「今から生存報告と一緒にダンジョン踏破の報告もするってのに、そんな気楽に構えてて良いのかよ」
「この場にいるのは主に被害者支援のための人員のはずよ。こちらの準備は整ってないけど、それは向こうも同じ。悪いことをしたわけでもないし今から尋問されるなんてことはないわよ。面倒なのはむしろ……、ごめんなさい、ちょっと連絡するところがあるから少し待ってもらえる?」
桜ノ宮は話の途中で何かを思いついたように立ち止まり、スマホを取り出して素早く操作を始める。連絡するところがあるなんていうから電話でもするのかと思ったが、メッセージを送っているだけなのか電話をかける素振りはない。
「急になんだよ」
「大したことじゃないから気にしないで。保険をかけておくだけ。……こんなところでいいわね」
かかった時間は本当に少し長文のメッセージを送ったという程度で、数分も経たずに桜ノ宮はスマホをしまって歩き出す。
「さっきも言ったけど尋問なんてされないから安心して。それに、自分で言うのもなんだけど攻略メンバーに私がいるのも大きいわ」
「そういうもんか」
俺よりよほど悪だくみが得意そうな桜ノ宮が言うのなら、それほど心配する必要はないのだろう。
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