episode1-38 シナリオ

「10憶って、……10憶円ってことか?」

「当たり前でしょ」


 桜ノ宮の取り分を除いても一人頭2億円。一般的な生涯賃金と同等だぞ。あまりの規模の大きさに目眩がしそうだ。

 ソロの踏破者ならこれだけでも確かに一生遊んで暮らせるレベルだ。


「鉱物ってのはそんなに高く売れるのか」

「一応言っておくと、地球原産の一般的な鉱物より単価はかなり高いわよ。予想される年間産出量は決して多くない、日本の鉱山だったら希少金属だとしても恐らく採掘権は取れないでしょうね。それを加味して相当低く見積もった上でこの額だから」

「年間産出量? どういうことだ?」


 このダンジョンの鉱物資源全部で10憶ってことじゃないのか?


「崩落する危険もあるし、埋蔵してる資源を完全に採りきることは出来ないでしょう? だからうちのグループ企業の桜ノ宮鉱業が採掘業務を請け負って、そのまま産出された鉱物を買い取るわ。その年間あたりの買い取り額が最低でも10憶ってことよ。委託料とか設備費とか諸々差っ引いた後のね」

「思ってたよりややこしいな。じゃあ俺は直接お前と取引するんじゃなくてその桜ノ宮鉱業ってところと契約することになるのか」

「今のでもかなり端折って説明したのだけどれね。日本の鉱山と違ってダンジョン鉱山は鉱業法じゃなくてダンジョン法の適用を受けるから私個人でも手配出来なくはないけど、専門家に任せた方が良いわ。この規模の取引だとホールディングスを通すことになるでしょうし、変なことをして目を付けられるのはあなたや私にとっても不利益でしかないもの」


 鉱業法? ホールディングス? 何となく単語の意味はわかるしCMで聞いたことがある気もするが、具体的なことはなにもわからん。


「……一応沖嶋たちとも話合うけど、この件はお前に任せた方が良さそうだな」


 餅は餅屋だ。専門的過ぎるし金額が大きすぎて頭が全然ついていかない。

 最低でも年間約2億円の収入なんて、現実味がなさすぎて実感がわかないな。

 しかもこの額は戦利品の中でも鉱物資源だけの話で、モンスターの軍隊が持っていた物資やダンジョンコアそのものを含めればもっと大きくなる。


「ふふ、納得してくれたみたいで安心したわ。りりたちは資源をどう扱うかなんて興味ないでしょうし、私も目的達成よ」

「そいつは良かったな。けどだったら別にあいつらも残しておいて良かったんじゃないのか? そしたらわざわざ外でもう一回話し合う必要もなかっただろ」


 何か悪だくみでもするつもりで人払いをしたのかと思ったが、想像していたよりもずっとまともな話だった。これなら沖嶋たちも話し合いに参加させてこの場で意見を聞いても良かったはずだ。人助けのためじゃなく商売目的でついてきたと思われるのが嫌だったのか?


「それはどちらかというとあなたのためよ、氷室くん」

「俺のため? どういう意味だ?」

「そうね、商談もまとまったことだし次はあなたの異能と英雄譚についてお話しましょうか」


 俺の異能というのは冒険者の力のことだろう。

 英雄譚っていうのは、このダンジョンを攻略したことを言ってるのか?


「あるところに氷室凪という普通ノーマルの青年がいました。しかしある時、氷室くんはダンジョンアサルトに巻き込まれて冒険者になってしまいました。幸運にも菓子姫というユニーククラスを獲得した彼は、強力なCスキル「君臨する支配」とDスキル「菓子兵召喚」を使い、被害者たちを助けるためダンジョンの深部へと進むことにしました。偶然道中出会った桜ノ宮葵を仲間に加え、二人はとうとう最深部に到達し、氷室くんの強力な召喚獣によって邪悪な侵略者の親分を討ち取ることに成功しました。そうして無事コアの確保に成功し、多くの被害者を助けたのでした。めでたしめでたし」

「……なんのつもりだ?」

「良いシナリオでしょう? 少なくとも、ホルダーがダンジョンの中で異能を使えたって話よりは現実味があると思わない?」


 たしかにそれは桜ノ宮の言う通りだ。だが俺が聞きたいのはそういうことじゃない。


「命を懸けたあいつらの戦いをなかったことにしろってのか? 手柄を全部ひとり占めにしろって? 俺がそれを良しとするような奴だと思ってんのか?」

「わかってないわね氷室くん。りりたちは名声を得るためにあなたに協力したわけじゃない。あの子たちは私と違って善良なのよ」

「あいつらがどう思ってるかなんてどうでも良いんだよ」


 あいつらがどんな人間かなんて俺は知らない。桜ノ宮の言う通り被害者を助けたいっていう善意だけで命をかけたのかもしれない。自分たちが戦っていたことが闇に葬られても気にしないのかもしれない。だが、


「それじゃあ筋が通らねえ。それだけだ」

「はぁ……、私もね、あなたのスキルがダンジョン内で異能を使えるようにするだけなんだったら無理に隠すほどではないと思ってたわ。他人に生殺与奪を握られてまでダンジョン攻略をしたがるホルダーはそういないでしょうしね。だけど、ホルダーの異能そのものを強化出来るとなると話は別よ」


 ……スキルポイントを使って旗下の異能を強化出来るのは黙っていたのだが、流石に気づいていたか。クールダウン中に魔法を撃たせたのだから当然といえば当然だ。


「あなた自身もわかっているんでしょう? もしもその強化がダンジョンの外に出てもなくならなかったら、あなたの異能は冒険者なんてちっぽけな括りには収まらない、とてつもない爆弾になるって。下手をすれば世界中から狙われるわよ」

「だったらそれは黙ってれば良いだろ。ユニーククラスの細かい仕様なんて本人が言わなきゃわかりようがないじゃねぇか」

「あなたがそれを隠し通してくれてればその通りだったのだけれどね。具体的な仕様まではわからなくても、あの場で戦っていた全員がりりの異能に何らかの変化が起きたことに気づいたはずよ。10分かかるはずのクールダウンが5分で終わったのだからおかしいと思うのは当然だし、まだ5分しか経ってない状況で作戦を強行したのはあなたの判断だった。誰であっても、氷室くんが何かしたんだって思うわ」


 だがやるしかなかった。あのまま隠し続けていれば加賀美は死んでいたかもしれない。


「勘違いしないで欲しいけれど、それが間違った判断だったとは言わないわ。でも、知っているのと知らないのとじゃ話が違うでしょう?」

「……嘘を看破する異能か」


 何も知らなければ、俺の異能はダンジョン内でホルダーが戦えるようになるだけだと言っても嘘にはならないが、今の沖嶋たちは知ってしまっている。隠させたとしても、枡米のような奴には簡単にバレる。


「そう。だから、そもそも沖嶋くんたちには注目が集まらないようにするのがベストなのよ。一被害者としてならすぐに根掘り葉掘り聞かれることはないはず。枡米さんみたいに空気の読めない子が今まさに質問責めにしていたとしても、このタイミングならショックで何も話せないみたいに振舞えば受け流せるわ」

「だからあいつらも被害者と一緒に脱出させたのか」


 木を隠すなら森の中というように、本当の被害者たちと同じタイミングで外に出たのなら、沖嶋たちがダンジョン踏破者の一員だとはバレないから。


「みんな納得してくれたわ。あなたがコアと睨めっこしてる間に今の状況と氷室くんの立場の危うさを説明したら、誰も不満なんて言わなかった。きっと今頃は外で何も知らない被害者として振舞ってるはずよ。

 あなたはさっき取り分は等分割なんて言ってたけど、みんなそれすら求めてない。だってあなたがいなければダンジョンの踏破なんて不可能だったのよ? 氷室くんの仲間はあの子たちじゃなくても戦えたでしょうけど、あの子たちは氷室くんがいなければ戦うことすら出来なかった。みんなあなたに感謝してる。だからあなたを助けようとしてる。

 わかる氷室くん? あなたが個人的に気に入らないからって、感情的な我儘で事実を公表すればあの子たちの思いを踏みにじることになるのよ? あなたはそれでいいの? それがあなたの、筋の通し方なの?」


 ……チッ、急に饒舌になりやがって。

 最初からこういう流れになるのをわかってて動いてたな。手のひらの上で転がされてるようで面白くないが、正直納得してしまった自分もいる。


 それに、こいつには借りがある。


「お前の言い分はわかった。けど、俺やお前はどうなんだよ。さっきのシナリオで言うなら俺とお前の二人で攻略したってことにするんだろ? ここを出たら質問責めにされて結局バレるんじゃないのか?」

「私はその手の異能に対する備えをしてるから問題ないわ。氷室くんは私の後ろで黙って俯いてくれてれば大丈夫よ。その場を誤魔化すだけならお抱えの冒険者とかなんとか、どうとでも言い訳できるもの」


 何から何まで計算づくってわけか。


「それと、最後に一つ言っておくわ。私も勿論あなたに感謝してるけど、それだけでここまで手を尽くしてあげるほど甘くはないわよ。私があなたに色々便宜を図るのは、あなたの存在が私にとって有益だと考えてるから。だからさっきのシナリオは指示でもなければ善意でもない、ビジネスパートナーとしての提案よ。あなたに何かあったら私にとっても損だもの。どうかしら? 氷室くん」

「……ふん、そういうことにしといてやるよ」


 謀でこいつに勝つのは骨が折れそうだ。俺にとっても悪い話ではないわけだし、今は素直にその提案とやらを受け取っておこう。


「それじゃあ話もまとまったことだし、そろそろ私たちも外に出ましょうか。あんまり遅くなると今度は何をしてたのか勘繰られそうだし」

「いや、なに自分だけ話したいこと話して満足してんだよ。こっちはまだまだ聞きたいことがあるんだぞ」


 コアで実際に出来ることとか、なぜ踏破者や出版社は重要な情報を隠してるのかとか、どうして異世界語なんて習ってるのか、それは俺でも習得出来るのか等々、数え上げて行けばキリがない。


「私だってまだすり合わせたいことはあるけどそれは今じゃなくても良いでしょう? シナリオはここを出る前に認識を共有しておく必要があったし、資源の売買は下手をすると次の話合いまでに騙されて契約を結んじゃう可能性もあったから急いだけど、もうその心配もないもの。あぁ、当然だけどダンジョン自体もその時まで売却しないで持ってなきゃ駄目よ?」

「んなの言われなくてもわかってるわ! じゃなくて、俺だって色々試したいことがあるんだぞ!」

「はいはい、わかったわよ。管理者権限で出入口の設置を出来るからその使い方を後で教えてあげる。試したいのってどうせスキルか何かでしょう? ちゃんと時間が取れるまではそれで我慢してちょうだい」

「よし、それで手を打ってやろう。感謝しろ」


 ひとまず次の召喚獣がどれだけやれるのかゼリービーンソルジャーズと模擬戦をさせたかったんだ。シロップスライムの戦いぶりも見れなかったしそれも気になる。しかしダンジョン内でなければ冒険者のスキルは使えないのだから、スキルの試し打ちをするにはダンジョンという実験場が必要だ。その辺りやはり桜ノ宮はよくわかってるな。

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