episode1-37 商談

「端的に言うと、私の目的はこのダンジョンに眠る鉱物資源よ」

「……ほんとかよ」


 仰々しく商談を始めましょうなんて言うから、一市民には想像も出来ないような壮大な目的でもあるのかと身構えていたのだが、あまりにも堅実というか現実的な目的に思わず拍子抜けしてしまう。


「あら、知らないの? ダンジョン踏破によって得られる恩恵や戦利品の中でも、天然資源の占める割合は馬鹿に出来ないわよ。軍の物資が外れだった時なんかは、ダンジョンの価値の半分近くを占めることもあるくらいだもの。ダンジョンを売る・・のか持つ・・のかによっても変わってくるけれどね」

「なんとなくは知ってるけど、本だと手に入れた財産の比率までは書いてないんだよ。とにかく大金持ちになった、勝ち組になったってことばっか強調して書きやがる」


 ダンジョンの情報を仕入れるのに役に立ちはしたが、それ以上に自慢が半端じゃない。だからより詳細な情報はネットとかでも調べることになるがそっちは信憑性薄いんだよな。だからなんとなく知ってる程度になってしまう。


「そう、それじゃあ一つ勉強になったわね。ダンジョンの天然資源は私みたいな人間でも無視できない価値があるって」

「まあ理屈はわかったよ。けど、だとしたらそりゃ欲張りすぎだろ」


 このダンジョンを攻略した結果得られる利益がどんなものかはわからないが、場合によっては桜ノ宮の目的だっていう天然資源がその利益の半分を占める可能性もあるってことだろ? 桜ノ宮の働きは認めるが、強欲過ぎる。


「そうかしら? 適正な対価は払うつもりよ?」

「……何言ってんだ?」

「? 何かおかしなことを言ったかしら?」


 なんだ? 話が噛み合ってなくないか?


「お前の目的はダンジョンの天然資源なんだよな?」

「そうよ」

「だからダンジョン攻略の取り分として天然資源を寄越せって言ってるんだろ?」

「……、たしかにそれは欲張り過ぎね」


 桜ノ宮は右手でこめかみのあたりを抑えて、小さく溜息を吐いてからそう言った。

 なんだ、自分がどれだけ欲をかいてたのか気づいてなかったのか?


「あのねぇ氷室くん、私は言ったでしょう? 商談を始めましょうって。私は、取り分として天然資源を寄越せって言ってるんじゃなくて、天然資源を私に売って欲しいって言ってるのよ」

「――おぉ! なるほどな、そういうことか! いくら桜ノ宮が金持ちだからって欲張り過ぎだと思ったんだ!」

「あなた、ダンジョン攻略中はもっと頭が回ってたわよね?」

「失礼なやつだな。まあ興味のないことが得意じゃないのは事実だ」


 自分で言うのも何だが、学校の成績は悪いしな!

 授業は真面目に受けてる優等生なんだが、わからないところはしょっちゅう委員長に教えて貰ってる。


「自慢げに言うことじゃないわね。ていうか取り分? あなたそんなこと考えてたの?」

「そりゃ考えるだろ。折角指揮官を倒して全員生きて脱出出来たってのに、後になって金で揉めるのは面倒だからな。ここを出たら改めて話合おうと思ってる」


 自伝によれば、ダンジョン内の資源や物資は踏破者の所有物となるらしい。ダンジョンを攻略することによって得られる利益の大半は、そうした資源や物資、さらにはダンジョンそのものを売り払うことで得られる金銭だという話だ。

 踏破者の所有物になるということは、今回のような事例で言えば俺たち6人が共同して所有しているということになるわけで、得られる利益の分配について考えるのは当たり前のこと。


 ちなみに、一応ダンジョンを売らずに所有することも出来るようだが、少なくとも自伝を出している踏破者は全員ダンジョンごと売却しており、所有することで得られる恩恵や利益について詳しいことはわからない。


「ホルダーがダンジョンから生きて帰れたってだけで十分だと私は思うけれど。ちなみに氷室くんはどう分配するつもりなの?」

「等分割だ。それが一番文句も出ない」

「それって、もしかしてだけど私も含めてくれてるのかしら?」

「当たり前だろ」


 そりゃ桜ノ宮は直接的に戦いには参加してないが、こいつがいなければ指揮官が近いことには気づかなかったし、そもそも目的の一つである緊急脱出も使えなかった。踏破や救助への貢献度は決して低くない。


「お人よしなのね、氷室くん」

「はぁ? 人が良いとかそういう問題じゃないだろ。男には通すべき筋があるってだけだ」


 こっちから頼んで命を懸けさせたんだ。それで手に入れたもんをびた一文払わねえなんて、そんな話があるか。あいつらも桜ノ宮も、期待以上の働きをした。一時的とはいえ俺はあいつらのリーダーだったのだから、その働きに報いるのが筋ってもんだ。


「つーか、それを言い出したらお前はどうなんだよ? コアのことには詳しいみたいだし、自分が管理者になることも出来たんじゃないのか? そしたら商談なんて必要ないじゃねーか」

「……ふふ、それもそうね」


 返事をするまでになんか妙な間があった気がするが、まさか桜ノ宮に限ってそれを思いつかなかったなんてことはないだろう。そんな奴にお人よしだなんて言われる筋合いはない。


「それじゃあお言葉に甘えて、私はこの契約を取り分にさせて貰おうかしら。さっきも言ったけれど私の目的はここの鉱物資源よ。それを私に売るって約束してくれるならそれだけで十分」

「桜ノ宮がそれで良いんだったら文句ないけど、あいつらに一言の断りもなしで約束っていうのもな」


 等分割するということは、その鉱物資源とやらも共有資産ということだ。俺の一存で売ってしまうわけにはいかないだろう。


「換金した方が山分けしやすいでしょう? そもそもあなた、ダンジョン資源を売るあてなんてあるの? それに採掘する手段は? どういう手続きが必要になるかの知識は?」

「……ない」


 一介の高校生がそんなルートを持ってるわけないし、手続きなんて思いついてもいなかった。

 そうだよな。ゲームみたいにアイテムがポンと手に入るわけじゃなく、この鉱山から鉱物を採掘しないと売ることだって出来ないんだよな。それも、鉱物を大量に売るってなるとネットのフリマみたいな個人間の取引とは全然違うはずだ。


「私に売ってくれるならそういう一個人には難しい諸々を全部引き受けるわ」

「おいおい、随分といたれりつくせりだな。親切すぎて逆に怪しいくらいだぜ?」

「それくらいダンジョンの天然資源は希少なのよ。ダンジョン自体は世界中にあるし日本だけで見ても数百近くなるけど、全部が全部まとまった資源を採れるわけじゃないわ。それに同じ水平坑道型だとしても、埋蔵鉱物の種類まで同じとは限らないしね」


 桜ノ宮の言い分に矛盾はない。資源だのなんだのなんてド素人の俺でも納得できる理屈だ。ここまで拘るからには、桜ノ宮の目的が鉱物資源だというのも嘘ではないのだろう。


「それでも独断で決めるのに抵抗があるって言うなら、この場で決めろとは言わないわ。ただ、ここを出てからみんなで話合って、もう一度私と商談するまで他の誰にも売らないって約束して」

「あぁ、それくらいなら別に良いけど」

「ダンジョンの資源は貴重だからきっと色んなところから話があるでしょうけど、ちゃんと全部断るか保留にするのよ?」

「そんな念押ししなくてもわかったよ」


 別に俺は桜ノ宮に売ること自体が嫌なわけじゃないし、あいつらの承諾が取れれば売ってやるって。


「あぁ、でも買い叩くつもりなら売らないからな」

「そんなせこい真似しないわよ。言ったでしょ、適正な対価を払うって」

「適正な対価ね……。ざっくり見積もるとどれくらいの予定なんだ?」

「鉱物資源の量と比率はさっき簡単に見ただけだから振れ幅のある予想になるけど、」


 さっき確認したいって言ってたのはそれか。抜け目のないやつだ。


 それにしても鉱物資源の売買なんてものに携わる日が来るとは思ってなかったな。正直相場なんて全く知らないんだが、自伝によればダンジョンの売却で一生遊んで暮らせるくらいの富を手に入れたという話だし、さっき桜ノ宮が言ってたように天然資源の占める割合が高ければ半分近いとなると、もしかしたら億とか行ってしまうのだろうか。振れ幅があるとなると、最低ラインは数千万とかか?


「最低でも10憶は確実ね」

「じゅっ、10おくぅ!?」


 予想を大きく上回る、日常生活の中ではまずお目にかかることはないその金額に俺は思わず目を見開いてオウム返ししてしまった。

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