episode1-36 名を連ねる者

 この異世界のものらしき文字を読めると豪語した桜ノ宮は、コアの前に立って空中に投影されたウインドウを操作し始める。見当違いの場所を触っていたりはしないため、ウインドウは間違いなく見えているようだ。というか、やけに手慣れているように見える。手順に迷うそぶりもなく、まるでスマホでも使うかのようにすいすいと操作している。これは文字が読めるなんてレベルの話じゃない。


「お前、コアの操作は初めてじゃないのか?」

「ええ、家庭の事情で少しね」


 とくに勿体ぶるでもなく桜ノ宮はあっさりと答えた。

 過去に同じようにダンジョンアサルトに巻き込まれた経験があるとかならまだわかるが、家庭の事情って、どんな事情があればこんなことを覚えることになるんだよ。


「傍流とはいえ私も桜ノ宮に名を連ねる人間だもの。これくらいは出来なくちゃ話にならないわ」

「そ、そうか」


 金持ちの世界というのはよくわからん。

 しかし今はそんなことはどうでも良い。


「それで、緊急脱出の機能は使えそうか? そもそもそんな機能本当にあるのか?」


 コアに触れればその管理者権限を獲得でき、コアに備わったいくつかの機能を使えるようになると踏破者の証言、というか自伝には書かれていた。だが、コアを操作するためのUIの言語が異世界のものなんてことは何にも書かれていなかった。こうなってくると、他の情報もどこまで信じて良いものか疑わしくなってくる。


「今その機能を起動してるわ。ところで氷室くんたちと合流した時から思っていたのだけれど、随分コアの情報について確信的だったわね? それは何か根拠があるの? まさか噂を真に受けてるわけじゃないわよね?」

「本だ。最初の踏破者とかソロ踏破者とか、国にダンジョン踏破を認められた奴が攻略記録を自伝にして出版してるだろ。俺はそれを全部読んで、内容を突き合わせて、矛盾がない部分を信憑性が高いと判断してる。さすがにコアを手に入れれば強大な力を得られるみたいな何の根拠もない噂は信じてねえよ」


 ほんの少しだけ、もしかしたらという気持ちはあったが、本気で信じていたわけではない。


「ああ、桔梗院のところの……。私もいくつか目を通したけど、あれは鵜呑みにしない方が良いわよ。真っ赤な嘘は書いてないけど、盛ってたり伏せてる情報もかなりあるから」

「はぁ? どういうことだよ」

「コアに最初に接触した冒険者が仮の管理者権限を得られるのは事実だし、緊急脱出機能があるのも事実よ。ただ、コアを操作するには異世界の言語を最低でも読めなきゃいけないってことを書いていないだけでね」

「めちゃくちゃ重要な部分じゃねえか!」


 桜ノ宮の口ぶりから察するに、コアのUI言語が異世界語なのはここに限った話ではないということだ。


 今回はたまたま桜ノ宮が同行していたからコアを操作出来てるが、もしも当初の予定通り一人でここまで来ていたら、コアの前で立ち往生し結局なんの解決にもならなかったということになる。無駄に命をかけるだけだ。


 そしてそれは俺に限った話ではなく、他の冒険者にも言える。異能庁の公開しているデータによれば、冒険者になったやつの目的は大半が金だからな。

 自伝の中ではコアを手に入れればバラ色の人生を送れるというような書き方がされている。直球に俗っぽい言い方をするとコアはかなり金になるらしい。だから成功を夢見る若者や一発逆転を狙う脱サラの中年が冒険者を志し、その人口は緩やかにだが増加していっている。


 しかしいくら流されやすく頭の弱い阿呆だとしても、折角苦労して手に入れたコアが実は使い物にならないということを知っていれば、冒険者になどならなかっただろう。


 こんなの詐欺みたいなものだ。


「いや、でも何でどいつもこいつも揃いも揃ってそんな大切なことを書かないんだよ。口裏合わせでもしてるのか? 何のために?」

「冒険者本人がじゃなくて出版社側が統一的な校閲の基準を作ってるのよ。だから都合の悪い情報はどの自伝にも載らないわ」

「都合が悪い? その出版社にとってか?」

「まあそんなところね。それより氷室くん、緊急脱出機能の起動準備が終わったわ。ここに手を置いて」


 本に書けないにしても今時個人で情報を発信する方法なんていくらでもあるだろうにとは思ったが、緊急脱出の準備が完了したと聞いて会話を打ち切り言われた通りコアに右手を置く。気にならないわけじゃないが、そんなことよりもこっちが優先だ。


「管理者認証完了」


 俺が手を置いて桜ノ宮が何かの操作をすると、コアが数回ほど点滅してから再び青く光りだす。

 その点滅と共鳴でもするかのように、気が付けばコアに触れている右手の甲に紋章らしき何かが浮かび上がり同じように青く点滅していた。

 これが噂に聞く管理紋というやつか。ダンジョンを踏破しコアの管理者権限を持つ者に浮かび上がるという管理者の印。


「緊急脱出、開始」


 俺の手に管理紋が刻まれたのを確認した桜ノ宮が再びコアを操作し、案内を読み上げるようにそう呟いた。 


「お疲れ様氷室くん。このコアを中心に半径5メートルの範囲外にいる全ての生物を対象として緊急脱出を起動したわ。みんなを助ける、目的達成よ」

「そうか……、終わったのか。実感が湧かないな」


 コアを中心に半径5メートル範囲外の全生物を対象、つまり巻き込まれた被害者たちはもちろん、沖嶋たちや、モンスターどもも含めて、俺と桜ノ宮とゼリービーンソルジャーズ以外の全てということだ。


「広間を見てくると良いわ。沖嶋くんたちがいなくなってるはずよ」

「そうだな、確認してくる」


 今までは時間との勝負だったため気になることがあっても鋼の意思でスルーして進んできたが、もう無理に急ぐ理由もない。自分を安心させるためにもこの目で見ておいた方が良い。


「桜ノ宮は来ないのか?」

「少し確認しておきたいことがあるの。終わったら行くわ」


 確認しておきたいこと、ね。

 わざわざ自分と俺だけ残したのには当然意図があるんだろうが、何を企んでるのやら。

 まあ、見張っていたところで桜ノ宮が何をしているかなんてわからないし、気を張ってもしょうがない。ひとまず目的は達成したんだし好きにさせておくとしよう。




☆     ☆     ☆




 ゼリービーンソルジャーズの生き残りを引き連れて最後の戦いの舞台となった広間に戻ると、桜ノ宮の言う通り沖嶋たちの姿がなかった。身動きの取れない加賀美を引き連れて動き回ってるとは考え難いし、どうやら本当に脱出出来たようだ。ひとまずこれで安心していいだろう。


 一方で上半身を消し炭にされたエルフの死体や、ブラックに斬首されたワーウルフの死体、ゼリービーンソルジャーズに蹴散らされたゴブリンやコボルトの死体などはそこらに転がったままになっている。生物という対象に死体は入らなかったらしい。




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【Name】

 氷室 凪

【Level】

 79

【Class】

 菓子姫

【Core Skill】

 ☆君臨する支配

【Derive Skill】

 ◇菓子兵召喚 Lv4

 ◇特権的我儘 Lv1

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 そういえばエルフを撃破してからステータスを確認していなかったことを思い出しウインドウを目の前に移動させると、レベルがかなり上がっているのと同時にDスキルの数が減少していた。流石にこの場にいない連中の異能を強制起動することは出来ないらしい。

 ダンジョン攻略も終わったことだし、あいつらが再び俺の旗下に入ることはないだろう。ああするしかなかったとはいえ、1ポイント無駄になってしまったのが本当に残念だ。


 桜ノ宮は後から来ると言っていたし、時間つぶしがてらもう少し詳しくステータスの確認をするか。


「君臨する支配」


 巨大な玉座を呼び出し、ふんぞり返るように少し浅く腰かけてウインドウの操作を始める。




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☆特権的我儘 Lv1 +

一定時間フィールドを強制変更する。

持続時間 5m

効果範囲 直径500m

・クラッカーフィールド

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◇特権的我儘 Lv1→Lv2     『SP 3』

解放する権能を選択してください。

▶フィールド「水飴の沼地」の解放

▶効果時間+5m

▶効果範囲×2

▶フィールド強化

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 コアの異世界語と格闘してる間にクラッカーフィールドの効果は切れたため、持続時間は5分と見て間違いない。範囲は500メートルだろう。

 消費MPもそれほど重くは感じなかったし、使用感はそれほど悪くない。活用するとしたら、さっきも考えたように特殊な地形を潰すとか、あとは罠を潰すのにも使えるかもしれない。

 しかしあって困るスキルではないが、君臨する支配や菓子兵召喚と比較すると少々微妙な気もするな。さっきのエルフ戦で使ったとしてもそれほど有効には働かなかっただろうし、強い奴は地の利がなくても強い。

 強化項目も、時間と範囲には今のところ大きな魅力は感じない。新しいフィールドは気にならないと言ったら嘘になるが、特殊地形潰しや罠潰しに使うならフィールドは一つで十分だ。あとは……




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◇特権的我儘 Lv1→Lv2     『SP 3』

『フィールド強化』

強化するフィールドを選択してください。

▶クラッカーフィールド

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◇特権的我儘 Lv1→Lv2     『SP 3』

『フィールド強化』

【クラッカーフィールド】

強化する項目を選択してください。

▶フィールド内のクラッカー種モンスター重複召喚数×10

▶フィールド内のクラッカー種モンスター同時召喚数無制限化

▶フィールド内のクラッカー種モンスター強化

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 ……! なるほどな、特定種類のモンスターに対するバフをかけられるのか。姫系クラスらしい支援タイプのスキルというわけだ。だとすれば戦闘中でも十分活用できるが、……どちらにせよ今じゃないな。俺が召喚できるのは現状ゼリービーンソルジャーズとシロップスライムの2種。そして次の解放モンスターはエクレアドッグ。最後のは名前からの予想になるが、どう考えてもクラッカー種という感じじゃない。今の時点でバフを付与しても意味はないだろう。

 次の解放フィールドである水飴の沼地とシロップスライムにはシナジーがありそうだが、フィールドの解放とフィールドへのバフ付与で2ポイントも必要になるのは少し重たい。

 それに、エルフとの戦いでわかったが俺の召喚獣は指揮官クラスを相手にするには決定力が足りていない。ゼリービーンソルジャーズは最初の召喚獣としては破格の強さだが早くも通用しなくなりつつあったし、シロップスライムはかなり減衰した状態の台風球で一撃ダウンするほど魔法耐性がない。早急に手札を増やし、戦力の要となる召喚獣を確保しておきたい。


 だとすれば




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◇菓子兵召喚 Lv4→Lv5     『SP 3』

解放する権能を選択してください。

▶召喚獣「エクレアドッグ」の解放(要:現在Lv5)

▶同時召喚数+1

▶重複召喚数×2

▶召喚獣強化

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 やはりこっちのレベルを上げていくべきだろう。

 残るポイントは3か。ひとまず同時召喚数を取ってスキルレベルを5にしてからエクレアドッグの解放が順当だな。残りの1ポイントは……ん? 待て、残り3ポイント? なにかおかしい気が……


「頭は冷えた? 氷室くん」

「あ、あぁ、さっきは怒鳴って悪かった」


 何かに気づきかけたタイミングで声をかけられ意識が逸れる。まあ、後で考えればいいか。


 かけられた声の方向、俺の正面の先にあるぶち抜かれた壁の穴の方を見ると、どこから持ち出して来たのか、桜ノ宮が簡素な椅子を引きずりながらこちらへ歩いて来ていた。

 そのまま桜ノ宮は玉座の正面に椅子を置いて綺麗な所作で腰掛ける。俺と真っ向から対面するかたちだ。


「気にしなくて良いわ。むしろちゃんと普通の人間らしいところがあって安心したくらい」

「そりゃ良かったな」


 ダンジョンアサルトに巻き込まれて、最初に掲げる目的が脱出や生存ではなく踏破なのは普通じゃないという自覚はある。しかしそれは俺が異常者だからとかではなく、冒険者の身で平定者を目指すのであればそれくらいの無茶は当然必要になるからだ。必然、むしろ普通の人間だからこその選択と言える。

 普通の人間だから、判断が鈍らないよう、攻略中は余計なことを考えないよう、常に最善の選択を取れるように冷静なリーダーであることを心がけた。さっき苛立ちを抑えられなかったのは、指揮官を倒したことで多少なり気が緩んでしまっていたのだろう。


「確認とやらは終わったのか?」

「あんまり遅くなりすぎても良くないから、細かい確認はまた今度にするわ。とりあえず一番知りたかったことはわかったしね」

「そうかい、そりゃ結構。それで? 何が目的だ?」


 ステータスウインドウをスライドさせて視界の外においやり、桜ノ宮と視線を合わせて問いかける。

 何か目的があって同行したことはわかっているし、胡散臭い部分もあるが、ついさっき俺はこいつに借りが出来てしまった。面倒な腹の探り合いはなしだ。要求をそのままのむかどうかは別として、出来る限りの譲歩はしてやろう。


「話が早くて助かるわ。それじゃあ氷室くん、商談を始めましょうか」

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