episode1-24 主力
輪切りにされて動かなくなったレッドとグリーンに代わり、パープルとイエローを先行させて慎重に敵が潜んでいた場所に近づいていく。召喚獣は倒されたからと言って永久に失われるわけではないが、復活までに時間がかかるためすぐに再召喚は出来ない。
ステータスを見てみれば再召喚までのタイマーが出現しており、約3時間と表示されているのがわかる。今回のダンジョン攻略ではもう出番がないかもしれないな。
そんな確認をしつつ、残党がいる可能性に備えて盾を維持したまま前進を続けたが、結局追撃はないまま灯りの失われた地点にたどり着いた。
「おえぇ、ひでえ臭い」
「う、鼻が曲がりそう」
先行している加賀美と沖嶋の言う通り、目的地に近づくほど強烈な臭いが鼻についた。
元々この坑道内の臭いは快適と呼べるものではなかったが、ここは輪をかけてひどい。異能災害の現場でよく漂っている、肉や内臓、毛が焼け焦げた悪臭だ。できればすぐにでも通り過ぎたいところだが、敵が潜んでいるかもしれないし物資が残っている可能性もあるため我慢して周辺の確認を始める。
「粉々だわ」
「足の一部が残ってるな。桜ノ宮の予想通りだったみたいだ」
道中の壁から引き抜いて持ってきた光魔石の杖で辺りを照らすと、粉々になった岩石ゴーレムの破片がそこら中に散らばっていた。ただの岩ではなくゴーレムだと判別できたのは、足の形をした岩石が転がっていたからだ。恐らく、如月の放った雷の魔法は上半身にでも命中したのだろう。
周辺の壁に差し込まれていたはずの光魔石の杖はどこにも見当たらない。辺りを見てみると、焼け焦げた棒状の物体やガラスの破片などが瓦礫に混ざって散乱している。杖は燃えてしまったらしい。物資も壊滅的かもしれないな……。
「こっちは黒焦げだぜ。おっかねぇ」
嫌そうな声をあげる加賀美の視線を追うと、ゴーレムの残骸が散らばっている少し奥に、黒焦げになって種族の判別が出来ないモンスターの死体がいくつも転がっていた。ざっと10体ほどだ。どうやらひどい臭いの発生源はここらしい。シルエットだけで判断するならそれほど大きくはないため、ゴブリンメイジか、メイジーあたりか。
ゴブリンメイジとは名前の通り魔法を扱えるゴブリンのことを指す。シンプルなゴブリンと比べれな当然強いが、魔法を使う類のモンスターの中では最底辺の連中だ。使える魔法も大体一つか二つくらいで応用力がない。今回のように制圧的な一斉射撃をする際には数合わせとして使われるが、単体で運用されることはまずない。
それに対してメイジーというのは人間を極限まで青白くした枝のように細い身体を持つモンスターだ。能力は魔法の使用に特化しており、多彩で強力な魔法を使うためゴブリンメイジとは比べ物にならない強敵といえる。
混成部隊だったことも考えられるが、魔法攻撃の密度を考えると思ったより……
「予想より数が少ない。どう思う、桜ノ宮」
「エレメントが居たんじゃないかしら。この威力なら余波で十分消滅したと考えられるわ」
「隠れられそうな場所もないし、やっぱりその可能性が高いか」
純魔法系モンスター、エレメント。司る属性の魔法攻撃は強力だが、その真価は物理攻撃を一切無効化する特殊な生態だ。こいつらが居るから科学兵器頼りの軍隊だけじゃダンジョン攻略が進まない。
一方で魔法攻撃には滅法弱く、なりたての魔法職でも十分消滅させることが可能。だから冒険者はほぼ必ずパーティーに魔法職を入れる。
性質上死体が残らないため本当にエレメントがいたのかはわからないが、仮にいたのだとすれば、如月がいなかったら危なかった。沖嶋も加賀美も見たところ異能は物理攻撃のようだし、カミサマに攻撃能力はない。そして俺にも、今のところ魔法攻撃を出来る召喚獣はいないからな。
しかし、今回は良かったがこの後のことを考えるとまずいな。如月の異能は科学系の異能の中でもガジェット型に分類されるものだ。このタイプの異能にはとある弱点が存在することが多い。
「これ、ほんとにあたしが……?」
如月の方へ視線を向けると、自らの魔法の破壊跡を見て信じられないというように呟いていた。心なしか声が震えてるいるようにも感じる。きっと自分の持つ力の強大さを知って興奮を隠し切れないのだろう。気持ちはわからなくもない。俺も君臨する支配を発動して効果を知った時は気分が高揚したからな。
ふむ、折角の大戦果だというのにマイナスな言葉から入るのは指揮を下げるか。ひとまずはこの勝利を称えてやるとしよう。
「ああ、お手柄だ如月。それに沖嶋たちも。お前らがいなかったらここまでスムーズには勝てなかった」
もしも俺が一人でこの敵部隊と交戦することになった場合、自分は安全圏まで逃げてゼリービーンソルジャーズを突撃させることになる。一応ゼリービーンソルジャーズはそれぞれ属性耐性スキルを持っているため、弾幕のうち耐性のある魔法を強引に突破すれば近づくことは出来るかもしれない。だが確実ではないし、出来たとしてもダメージが残る。そして更にその後にワーウルフが控えているのだから、とても現実的とは言えない作戦だ。今更ながら、一人でもダンジョンを攻略するというのは少し無理があったのかもしれないな。
「氷室の足を引っ張ることはなさそうで安心したよ」
「次もその調子で頼むぞ」
とくにいつもと変わらない様子で軽口を叩く沖嶋に、俺も適当に言葉を返してコンコンとフレームをノックしてやる。
こんな状況でも平常心で冗談を言えるとは、中々メンタルの強いやつだ。
やっぱり普段から戦いに身を置いているホルダーは違うな。
「なんか、思ってたより弱かったかも……」
【心配するな菫。何が来ようとも私はお前を守る】
今の一戦でカミサマの力が十分モンスターにも通用することを理解してか、小堀は大分落ち着いてきたようだった。あいつはカミサマが相手をしてやってるみたいだからほっといても良さそうだ。
「ん? なんだこれ? 陽介のか?」
黒焦げ死体から離れて、ゴーレムの残骸付近をうろついていた加賀美が、地面に散らばるガレキの中から何かを拾い上げた。
近づいて見てみると、どうやらそれはかなり大きな鎖の一部のようだった。色はくすんだ金色で、他の鎖には繋がっていない。よくよく地面を照らしてみると、そんな鎖の残骸が瓦礫に紛れるようにいくつか散らばっている。
「俺の鎖じゃないよ」
「……ゴーレムのでしょうね。このダンジョンの指揮官は基本に忠実だもの」
沖嶋の鎖でないことなど言われなくてもわかっている。
それは桜ノ宮も同じようで、あごのあたりに手を添えて少し考え込んでからぽつりと呟いた。
俺の場合は合理的に考えた上での推測だが、桜ノ宮は知識に基づいて同じ結論に至ったらしい。
「耐魔系のアクセサリーだろうな」
加賀美が見つけた鎖は、恐らく砕けたネックレスの一部だ。とは言ってもただのアクセサリーではない。ゴーレムの残骸に紛れていたことからわかるかもしれないが、ゴーレム用のネックレス。
ゴーレムがなんのためにネックレスなんてするのか? まさかオシャレのためじゃない。
これは推測でしかないが恐らく耐魔効果、つまり魔法攻撃への耐性を獲得するアクセサリーを身に着けていたのだ。
ゴーレムというモンスターは力が強く、とても頑丈で、極めてノロマだ。足が非常に遅いという短所と、石でできているため痛みを感じないという長所から、異世界の軍隊ではしばしば壁役として配置されていることが多い。
しかしそんなゴーレムだが、タンクをする上で致命的な弱点が存在する。それは魔法攻撃に弱いということだ。
遠距離からの魔法の撃ち合いが基礎的な戦術であることを考えれば、その弱点が戦争において致命的であるということは簡単にわかるだろう。
それをどうやって補うかは向こうの指揮官によって異なるらしく、数を揃えてくる者もいれば、レベルのゴリ押しをしようとする者もおり、そして装備を整える者もいる。
最後のパターンが王道だということまでは知らなかったが、桜ノ宮の言葉が意味するのはそういうことだろう。
「こいつの異能強度を知ってる奴は?」
如月を親指で示しながら訪ねるが、全員首を横に振るだけだった。当の如月は、さっきからずっと黒焦げ死体を観察しており話を聞いていないようだ。
まあ、如月自身も自分の異能のことをほとんど何もわかっていないようだったし、多分知らないだろう。
この耐魔装備がどれほどの性能かは知らないが、少なくとも魔法戦で壁として機能する程度にまではゴーレムを強化する代物のはずだ。だが如月の魔法はそんなものお構いなしに、かなりの距離があるにもかかわらず、一撃で粉砕した。しかもその余波で他のほとんどのモンスターを殲滅している。
沖嶋の鎖は便利だし、加賀美の殺傷能力と殺しを厭わない大胆さは使えるし、小堀の盾と治癒は生命線だ。だがそのどれと比べても、如月の異能は頭一つ二つ抜けている。恐らく威力だけで言えば、異能強度5に届く。
「如月。おい、如月!」
「……え? な、なに?」
軽く声をかけても返事がないため、背中を軽くたたいて強めに声をかけると、ようやく如月は俺の方を向いて返事をした。まったく、しっかりしてくれなきゃ困るぞ。
「ここからはお前の異能を主力にして動く」
「は? え?? どういうこと?」
如月は本気で何が何だかわからないというように皆の顔をキョロキョロと見回している。
人の話を聞いてないからそういうことになるんだぞ。
「お前の異能は一際強力だ。だからここからの戦いはお前の星の杖を軸に作戦をたてる。異論があるやつは?」
「これを見せられちまったらなぁ」
「さっきの、凄かったもんね」
加賀美と小堀はすっかり如月の異能に圧倒されてしまっているようで、とくに文句はないようだ。
「異論はないけど、もう少し検証した方が良いわ。りりの異能は私も知らないから」
「わかってる。それに魔力量とかそれ以外の問題もあるからな。主力とは言ったけど、如月に全部任せるつもりはない」
相変わらず桜ノ宮は冷静だ。色々と知っている分、かえって知識のない如月の異能に頼り切りになるのは不安があるのかもしれない。
「……りりちゃん、大丈夫?」
「う、うん……。心配してくれてありがと沖嶋くん」
沖嶋が心配そうに如月の顔を覗き込みながら訪ねると、如月は沖嶋相手には珍しく歯切れの悪い返事をして、ぎこちなく笑いながら礼を言った。
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