episode1-23 ワーウルフ
まさか今の一撃で全滅したのか、と考えた直後、灯りを失い暗闇となった場所から猛烈な速さで二体のモンスターが飛び出してきた。
あまりのスピードにそれがどんなモンスターなのか認識できず、そいつらはあっと言う間にカミサマの盾の手前にまで距離を詰め、迎撃しようと盾の外に出たレッドとグリーンを輪切りにしてしまった。
そして盾を迂回して回りこもうとしたところで、全身を鎖に絡めとられてその動きを止めた。
「ガァァァァッ!!」
「××××××××!!」
全身に巻き付いた鎖がきつく身体を締め上げ、毛深い肌に食い込んでいく度に怒号とも悲鳴ともとれる叫びをあげる。
動きを止めたことでようやく露わになったそのモンスターの正体は、ワーウルフ。半人半狼の怪物だ。一見コボルトに似ているようにも見えるが、よくみると違う点も多い。とくに一目見てわかるのはその巨躯だ。コボルトは人間の子供程度の大きさしかないが、ワーウルフは小さい個体でも2mを超える。
また、見た目だけではなく能力にも大きな違いがあり、ワーウルフは純粋な戦闘員だ。その実力はモンスターの中でもそれなりで、少なくともゴブリン程度では束になっても敵わない。数段格上のモンスターと言える。
向こうから出て来たということは、多分遠距離攻撃を凌いで近づいてきた冒険者に対処するための要員として配置されていたのだろう。いくら距離があるとはいえ魔法職だけを配置していたとは考えにくい。つまり護衛というわけだ。
だが、そんな護衛が突っ込んできたとなるとどうやら敵さんの状況はよろしくないらしいな。
「そう来ると思ったよ」
声の方向に視線を向ければ、沖嶋の両腕から鎖が伸びており、それがワーウルフたちを縛り上げているようだった。
たしかに前面に盾があることを敵が認識しているのなら、側面から回りこもうとしてくるだろうことは予測できる。だが、今の一瞬でそこまで判断して鎖の網を張っていたのか。戦い慣れしてやがる。
「氷室、こいつらどうする?」
「絞め殺せるか?」
「……それが、今も割と全力なんだけど結構硬くて」
沖嶋のフレームなら人間くらい簡単に絞め殺せるはずだが、流石にワーウルフほどのモンスターとなるとそうもいかないらしい。完全に動きを封じることが出来るだけでも十分だと考えるべきか。
それにしても、ゼリービーンソルジャーズが二体やられてしまった。力不足は感じてないと考えていた直後にこうなるとはな。ワーウルフは殺傷能力の高いモンスターだし、最初の召喚獣であることを考えれば順当な結果だが、これからどうしたものか……。
「加賀美、お前の力も見ておきたい。こいつら倒せそうか?」
「とりま試してみるわ。マスカレイド・マンティス!」
変身した時と同じように加賀美が左手で顔を覆い、キーワードと思われる言葉を発すると、フルフェイスヘルメットが緑色の虫をモチーフにしたようなデザインに変化し、スーツやコートもさきほどまでの白くスラリとしたものではなく、刺々しさを感じる緑色のものに変化した。
マンティスは確か……、カマキリのことだったか? これが加賀美の言っていたラーニング能力か。
「んじゃまずは一体!」
加賀美は腰にぶら下げた二振りの鎌をそれぞれの手に持ち、地面を蹴って跳躍。さらに壁を蹴ることで高く舞い上がり、空中に縛り上げられたワーウルフの首に向かって勢いよく鎌を振り下ろした。
金属のぶつかり合う甲高い音と共に、ワーウルフの首が刎ね飛ばされて地面を転がっていく。沖嶋の鎖ごと叩ききったようだ。純粋な殺傷能力では加賀美の方が上か。
「ヨユーヨユー! もう一体もやっちゃって良いのか?」
命令しておいてなんだが、こいつ生き物を殺すのに慣れてるな。
ろくに姿も見えない相手に魔法をぶっ放した如月とはわけが違う。ワーウルフは比較的人間に近い見た目のモンスターだ。普通は今時グロテスクな死体を目撃する機会は珍しくなくても、自分の手で殺しの経験があるやつは少数派だ。忌避感の一つもあって良いと思うが、……まあ悪の組織とやり合ってるような奴だしそういうこともあるか。
「××××××××!!」
「うるさい。沖嶋、口を縛っておけ」
「……なんか、悪いことしてる気分だ」
などと言いつつもしっかり鎖がワーウルフの突き出た口に巻き付いて叫びを封じ込めた。
これは生きるか死ぬかの戦いなんだから良いも悪いもないだろうに。
「試したいことがある。加賀美はまた前から何か来ないか警戒しててくれ」
「オッケー、任しとけ!」
「ブラック、やってみろ」
レッドとグリーンはあの有様だったが、ワーウルフは俊敏さと鋭い爪、牙の殺傷能力に優れている。つまり長所を押し付けられて負けたに過ぎない。逆にこいつらの攻撃は通用するのか見ておきたい。
ブラックは俺に促されるまま護衛の輪から外れて前に出て、大鎌を振りかぶりワーウルフの首に振り下ろす。しかし今度は先ほどのような鮮やかな斬首とはならず、固い毛皮に阻まれるように刃が止まっていた。
「なるほどな」
「どうする氷室? やっぱり隼人に頼む?」
「焦るな沖嶋」
ブラックはゼリービーンソルジャーズの中で唯一レベル10に達している。そのブラックの攻撃が通用しないのであれば、他のゼリービーンソルジャーズでも同じだろう。ただ、実験したかったことはもう二つある。
沖嶋や桜ノ宮たち、それとゼリービーンソルジャーズ全員から少し距離をとり、壁際に移動してからスキルを発動する。
「君臨する支配」
当然だが、沖嶋たちが異能を使えてるのは俺の「君臨する支配」が発動しているからだ。だからこれは、スキルの発動というよりは再発動と言った方が正しいだろうか。君臨する支配の発動中に、もう一度発動する。それによって何が起こるのかと言えば
「たしかに、バフの程度は確認が必要よね」
「これさっき広間でも出て来たデカイ椅子じゃん」
「多分、玉座だよりりちゃん」
桜ノ宮は余裕そうに腕組みをしながら得心が行ったように頷いており、如月は突然現れた大きな玉座をアホ面で見上げ、小堀がそんな如月の間違いを正している。
小堀の言う通り、先ほどまで俺が立っていた場所に出現したのは玉座だ。あの広間でも一度出てきたが、当然こんな俺の身の丈よりもデカイ玉座なんて運べるはずもなく放置してこれまで進んでいた。
だが、スキルの発動によって呼び出されるということは当然この玉座にも意味はあるのだ。桜ノ宮の言う通り、これがどこまでバフに影響を与えるのか確認しておかなければならない。
また、もし俺の近くに障害物がある場合でも玉座の召喚は可能なのか確認しておきたかったので壁際で再発動したのだが、どうやら問題なく呼び出せるようだ。今の体勢からはよく見えないが、壁にめり込んでいるらしいことはわかる。本来そこにあるものを押しのけて召喚されるらしい。最悪落とし穴にハマっても玉座の召喚は出来そうだ。
「もう一度だ、ブラック」
俺はいつの間にか腰かけている玉座の上でふんぞり返りながらブラックに命令する。
さっきもそうだったが、どうやらスキルを発動すると勝手に玉座に座っている状態にされるようだ。ついでに制服を着ていたはずなのにまたしてもあのクソ動きづらいドレスに着替えさせられている。
ブラックは俺の命令に従って淡々と大鎌を振り上げ、再度勢いよく振り下ろす。
今度の一撃は、ワーウルフのくぐもったうめき声を完全に沈黙させることに成功した。首がなければ喋れまい。
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