episode1-22 ライトニング
「氷室くん、ちょっと」
「ん、なん、うお!?」
随分長いこと空中に投影されたウインドウを睨むように見つめつつ、歩きながらスキルポイントの使い道を考えていたのだが、桜ノ宮に声をかけられて顔を上げる。
いつの間にか全員歩みを止めており、気づくのが遅れた俺は前を歩いていた沖嶋にぶつかってしまった。
「いつつ、急に止まるなっ」
ちょうど顔の位置あたりにフレームの胴体部分があるものだからぶつけた鼻先が痛い。
「考えごとをしてるところ申し訳ないけれど、あれを見て」
「ったく、なにがあったんだ?」
鼻の頭を優しくさすりつつ若干涙目になりながら桜ノ宮が指さす先に視線を向ける。
相変わらず壁にずらりと差し込まれた光魔石の杖によって視界は確保されているが、光量はそれほど多くなく、ずっと遠くまで見ることはできない。つまり視界の先で見えるものとの距離は、それほど大きく離れてはいない。
「行き止まりか?」
ギリギリ見えるかどうかというくらいの場所に、なにか大きな、壁のように大きな何かがあるのがわかった。この距離ではそれが行き止まりなのか、それとも壁に見えるくらい大きな物体なのかまでは判別出来ないが、とにかく通行を妨げる何かがこの先にある。
だが、咄嗟にそう自分で言っておいてなんだが、行き止まりということはないはずだ。この道は消去方で残った最後の道であり、あの広間からここに至るまで分かれ道のようなものはなかった。あの大きなセイレーンはこの道を通ったはずだ。だとすれば、あれはその後に置かれたはずで、その目的は……
「何か来てる!」
「伏せろ!」
「っ、カミサマ! バリアだ!」
【私に命令するな小娘!】
視線の先の障害物から、色とりどりの何かがこちらへ向かって飛んでくる。
前に立っていた沖嶋と加賀美が真っ先に気が付き、それに続けて俺はカミサマへ指示を出した。
タンクは沖嶋の予定だったが、あの量は一人でカバーしきれない。状況に合わせて柔軟な対処が必要だ。
カミサマは口では文句を言っているが仕事はしっかりこなしてくれたようで、先頭のレッドとグリーンの前に半透明で円形の大きな盾のようなものが出現して、その僅か1秒ほど後に飛来したものが次々と着弾する。
「魔法職の一斉射撃か」
「ならあれはゴーレムか何かね。あちらの世界の基礎的な戦術だわ」
盾が半透明なお陰で、着弾したものをじっくりと観察することが出来た。
飛んできているのは火の玉や水の刃、礫の弾丸や風の槍などの遠距離攻撃魔法だ。魔法と言っても如月のような異能ではなく、スキルの魔法。冒険者たちがスキルを使ってダンジョンを攻略するように、モンスターたちもまたスキルを使って冒険者を迎え撃つ。
小堀と如月は頭を抱えて蹲っているが、男性陣は万が一バリアが破られた場合に備えているのか俺たちを守るように並び立ち、桜ノ宮は冷静に状況を観察して俺の言葉に答えた。
桜ノ宮の言う通りこれはダンジョンにおける異世界の基礎的な戦術だ。水平坑道タイプのダンジョンは基本的に天井が低いため制空権もクソもない。かといって強力な大型モンスターを連れてきても狭い坑道には連れ込めない。地雷などのトラップはちゃんと警戒してゼリービーンソルジャーズを先行させているし、挟み撃ちに備えて後方にもゼリービーンソルジャーズは配置している。
相手の指揮官がこちらの状況をどこまで把握してるのかまではわからないが、このダンジョンのまさに今の状況で有効な作戦は、壁を用意して遠距離から一方的に飽和攻撃を仕掛けることだと判断したのだろう。広間のように横に逃げるスペースもないため、こちらに防御手段がなければ確かに極めて有効な戦術だと俺も思う。カミサマのバリアが広範囲をカバーできるものでなければ、今ので終わっていたかもしれない。
属性を統一していないのも上手い。相殺されるのを防ぎ、相手が特定の属性耐性を持っている可能性も考慮しているのだろう。攻略記録でよく目にする、基本に忠実な戦い方だ。
「カミサマ、バリアはどのくらい持つ?」
【この程度で破られるほど私の盾は脆くない】
飛んできている魔法はどれもそれほど高度なスキルじゃない。ノーマルクラスの魔法使いで言えば、精々スキルレベル3相当までのもの。手加減をする理由などないだろうし、今の段階ではこれが限界だと見て良いはずだ。
わざわざ見える距離まで来てから攻撃を始めたのも、この程度のスキルでは射程が限界だったんだろう。相手にもそれほど余裕はない。
とはいえ、攻撃を始めたのは当然こちらを殺せる見込みがあるからで、少なくとも並みの冒険者パーティーなら殺せる威力と密度なのだろう。相手が弱いのではなく、カミサマの守りが強力なんだ。異能がダンジョンでどこまで通じるかわからなかったが嬉しい誤算だ。
「近づけるか?」
【さてな。やってみなければわからん】
飛び道具は近づくほど威力が上がる。この距離なら問題はなくても、距離を詰める段階で盾が限界を迎える可能性はある。そしてその限界がどこかは試してみなければわからない、といったところか。
……強引に近づくのは試せる手を試してからでも遅くはない。
「如月、お前の出番だ」
「えっ!? あたし!?」
敵の魔法が自分に届いていないことを理解したのか、蹲るのをやめてそーっと戦況を確認していた如月が、まさか名指しされると思っていなかったというように驚きの声を上げる。
近代の戦争を知ってればわかるだろ。銃を構えた敵を相手にする時、剣を持って突撃する馬鹿はいない。遠距離攻撃には遠距離攻撃で対抗する。そのために如月を遠距離アタッカーに任命したんだ。
もちろん、如月の魔法だけでこの状況を打破できると安易に考えてはいない。そもそも如月の攻撃魔法の威力は検証していないためどこまで有効なのかもわからない。だが、こちらにも遠距離攻撃があるのだという事実を示すことは牽制になる。そりゃ豆鉄砲のようにカスみたいな威力だったらその意味すらなくなるが、とにかく試してみないことには始まらない。
「魔法スキルの発動にはMPを消費する。だから必ずどこかで攻撃が手薄になる」
異世界の連中がポーションと呼ばれる魔法薬を使ってくるのはよく知られた話だ。連中はそれでMPを回復し戦い続ける。だがその魔法薬を飲んでいる間、魔法は使えない。なぜならスキルは音声起動だから。モンスターの中には詠唱破棄のスキルを持ってる奴もいるが、あれはそこそこ高度なスキルだ。詠唱破棄のために一転特化でスキルを伸ばしているならともかく、この程度の魔法しか使えない連中なら大部分は使えないはず。
まあ、全員で一斉に飲むというような馬鹿な真似はしないだろう。火縄銃の三段打ちを例にすればわかりやすい。その場合攻撃が手薄になるタイミングはほぼ存在しないわけだが、例えば交代の瞬間なんかは一瞬とはいえ弾幕が途切れるはずだ。
「カミサマはその時、一瞬だけバリアを解いてくれ。如月はそこでライトニングを撃ち、バリアをすぐに張り直す」
「手薄にって、完全に途切れるとは限んないでしょ!? 一発でも食らったらあたし死んじゃうじゃん!!」
「そのための沖嶋だ。沖嶋、お姫様を守ってやれ」
「あぁ、喜んで」
さすがは沖嶋だ。ほぼ確実に攻撃を受けることになる損な役回りだというのに文句の一つも言わないとはな。キャンキャン吠えている如月も沖嶋を見習ってほしいものだ。
【それでも構わないが、私の盾は味方の攻撃を遮らない】
「……じゃあ今のは無し」
そういうことはもっと早く言え。
まったく、異能ってのは便利で羨ましいな。
「あー、如月、今のは聞いたな?」
「……わかってる」
危険がないことを理解したからか、今度は文句を言わずに立ち上がって盾のすぐ後ろにまで歩いていく。しかし自分に届くことはないとわかっていても、目の前で弾ける様々な魔法が恐ろしいのか少し腰が引けている。ホルダーとはいえ、戦い慣れしてないのだから無理もない。
「沖嶋くん、あたしの手、握ってて。そしたらきっと頑張れるから」
「うん、頑張ってりりちゃん」
如月は何やらじっと沖嶋のことを見つめて、握った手をにぎにぎと動かしている。
あいつほんとに怖がってるのか? 状況をうまいこと利用しようとしてないか? そういうのは切迫してないときにやれ。
「撃て! 如月!」
「……はぁ~」
如月は大きなため息をつき、一瞬俺をギロリと睨んでから片手で盾に向かって星の杖を構えた。もう一方の手は変わらず沖嶋の手を握っている。
「オーダー! ライトニング!!」
『accept,Lightning』
怒りを叩きつけるように放たれた如月の詠唱を認識して、星の杖が淡々とした機械音声で承認を告げる。
次の瞬間、カッと眩い光が辺りを包み、ほんの一瞬遅れて重く腹の底に響くような雷鳴が響き渡った。
気が付けば、視線の先にあったはずの紫色の光が消えていて、雨のような魔法攻撃も止まっていた。
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