episode1-18 正体不明

 桜ノ宮が何を考えているのかは知らないが、ひとまずこれで全員の承諾は得た。

 友達を助けるという目的を達成した如月から何か言われるかもと思ったが、とくに異論はないようで、すすり泣く小堀を慰めている。


 小堀が落ち着くまでの間、男性陣で残りの横穴を確認して、セイレーンが通れそうなほどに大きい通路は二つにまで絞り込むことが出来た。

 一つは俺が先に見つけていたもので、もう一つは桜ノ宮たちが出て来た通路だ。桜ノ宮曰くその通路は袋小路らしいから、消去法で最深部へ続く道は確定した。


「そういえば氷室くん、一つ確認しておきたいことがあるわ」

「ん? なんだ?」

「あなたたちがこの広間に来たのは、あの通路からで間違いないのよね?」


 桜ノ宮が指さす先にあるのは、俺と沖嶋と如月が通ってきた通路だ。

 俺たちが横穴の確認をしている間に、ここまでの経緯を如月から聞いていたようだ。


「ああ、それがどうした?」

「私たちが通ってきた通路にゴブリンの死体が一体分転がってたの。さっきまではあなたたちが倒したのかと思ってたけど、話を聞いてみると辻褄が合わないわ。私たちが来た方の通路にあなたたちは入ってない」


 ……いや、別に辻褄が合わないというほどではないんじゃないか? 例えばゼリービーンソルジャーズの攻撃で手傷を負ったゴブリンがそこまで逃げて力尽きたとか。

 各通路の入り口付近に道標になるような血痕がないことは確認したが、出血を伴わない怪我だったという可能性もある。


「死因は頭部の切断」

「なに?」

「キレイに首が刈り取られて転がってたわ。胴体は血だまりに浸かってね。あれはあの場で殺したんじゃなきゃありえない」

「……それが事実だとして、お前ら以外は誰も通路から出てきてないぞ」

「私たちの方にも誰も来てないわ」


 桜ノ宮の話を聞く限り、あの通路の進行方向は袋小路側に進むか、広間側に戻るかの二者択一のはず。

 ゼリービーンソルジャーズが独断で追いかけて首ちょんぱした? いや、流石に戦闘中に頭数が減っていたら気づく。

 ブラックのスキルなら可能か? だがこれを習得したのはセイレーンを倒してからのはず。やったのはこいつらじゃない。


「隠れてる可能性は?」

「そんな場所があったら私たちが隠れるのに使ってたわ」


 そうだ、桜ノ宮たちは袋小路まで追い詰められて見つかるのは時間の問題だと言っていた。道中に隠れられる場所がある可能性は低い。

 だとすれば、考えられる可能性は……


「スキルか?」

「かもしれないわ。例えば透明化、あるいは遠隔攻撃、若しくは瞬間移動? どれも前例がないわけじゃないわね。でも、かなり強力な冒険者のスキルよ」


 そんな手練れが偶然巻き込まれた可能性は、極めて低い。少なくとも校内でそんな凄腕がいれば多少は知られていていいはず。

 いや、巻き込まれた範囲が学校だけじゃなくかなりの範囲に及んでいるとしたら、在野の高レベル冒険者が迷い込んだ可能性はある。


「やっぱり冒険者以外は考えにくい。モンスターだとしたら仲間割れでもしたのか?」

「さあ? ハッキリ言って見当もつかないわ。でも私からすればダンジョン内で異能を使えるようにするスキルも大概あり得ない」


 反論の余地もない。確かにあり得なさで言えば俺も人のことは言えないな。


「もしかしたら巻き込まれて冒険者になった人の中にこんな芸当を出来る人もいるのかもしれないし、ダンジョン内でも異能を使えるホルダーが紛れ込んだのかもしれないわ」

「だとしてもだ。だったらなんで俺たちの前に姿を現さない」

 

 敵か味方かわからんやつが近くにいるかもしれないなんて、冗談じゃないぞ。

 クソ、これからダンジョンを踏破しようって時に懸念が増えるとは……。


「どうせ考えても答えは出ないわ。一応はあなたにリーダーを任せたわけだし、気づいたことは報告しておいただけ。あんまり気にせず進みましょう。それとも、氷室くんも確認しておく?」

「……いや、いい」


 話の裏取りは加賀美にすれば済む。そしてそれが事実なら、桜ノ宮が見てわからなかった以上俺が調べたところでどうなるものでもないだろう。桜ノ宮がまあまあ頭の回る奴なのは知ってるつもりだったが、予想以上に知識が深い。桜ノ宮グループのご令嬢ということを考えれば、一般人の俺では知りえないことまで知っていてもおかしくない。

 それに、考えたところでどうしようもないのは桜ノ宮の言う通りだ。今できるのは頭の片隅に留めておき、警戒しておくことくらいだろう。


「少しでも早く先に進むべきだ」


 情報交換や小堀の説得、泣き止むまで待つのにも時間を取られた。

 その間に色々確認したこともあるから完全に無駄な時間だったというわけではないが、どちらにせよ急ぐに越したことはない。


 沖島たちの方を向き直ると、いつの間にか小堀も完全に落ち着いており、俺と桜ノ宮の話し合いが終わるのを待っていたのか全員こちらを見ている。


「沖嶋、如月、加賀美、小堀、桜ノ宮。改めて頼む。各自色々思うことはあるだろうけど、このダンジョンを踏破して巻き込まれた沢山の人たちを救い出すまでは俺に力を貸してくれ」


 我ながらなんとも白々しい言葉だが、余計なことを言って指揮を落とすよりは良いだろう。


「あぁ、頼まれた」

「ふん、約束忘れないでよね!」

「こっちのセリフだって! 急ごうぜ氷室!」

「……うん」

「私は一緒に考えるくらいしか出来そうもないけど、精いっぱい協力するわ」

「よし、行くぞ!」


 改めて意志の統一を確認し、俺たちは再び最深部へ向かって歩き始めた。

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