episode1-17 目的

「マスカレイド!」

「お願い、カミサマ!」

【やっと外に出られるのか。窮屈だったぞ】


 自分で仮説と言っておいて、半ばそれを真実だと思い込んでしまっていたのかもしれない。他人を俺の旗下の軍勢に加えるには、心底から相手に自分を認めさせなければいけないと、いつの間にかそう考えてしまっていた。

 現状ではサンプルが少なすぎてそれが間違っていたのか、やっぱり正しいのかは何とも言えないが、少なくとも誰も彼もが如月のように説得や懐柔を必要とするわけではないらしい。


 目の前で白いフルフェイスヘルメットと白コート姿へ変身した加賀美と、小堀の持つお守りからするりと姿を現した半透明な菫色の長髪の男を見て、俺は自分の間違いを痛感した。




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【Name】

 氷室 凪

【Level】

 18

【Class】

 菓子姫

【Core Skill】

 ☆君臨する支配

【Derive Skill】

 ◇菓子兵召喚 Lv1

 ◇フレームイン『チェイン』 Lv1

 ◇星杖起動 Lv1

 ◇マスカレイド Lv1

 ◇お願いカミサマ Lv1

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 小堀が九十九憑きだというのはそれなりに知られた話で、それというのもこのカミサマと呼ばれる幽霊のような半透明男が学校であろうと所構わずに姿を現すからだ。

 九十九憑きとは、いわゆる付喪神と化した物品を所有するホルダーの呼び名であり、小堀が持っているのは確かお守りだったか。

 九十九憑きが使える異能は、付喪神化した道具に由来する能力。例えば剣とか槍とかだったらそれに見合った攻撃的な異能になるし、盾とか防具だったら防御的な異能というわけだ。


 小堀とは逆に、加賀美がホルダーだというのは知らなかった。俺はその辺のアンテナがかなり広い方だが、そんな俺が知らないってことは学校の連中も基本的には知らない、つまり一般には知られてないと考えて良い。

 実際に見てみても、恐らく科学系の異能だろうということは予想できるが具体的にこれという種類まではわからない。

 変身する瞬間、加賀美は左手を広げて顔を覆った。すると無から白い仮面が現れて、頭をすっぽり収めるフルフェイスヘルメットに、同時に服装も真っ白なスーツとコートにそれぞれ変化した。とはいっても社会人がそのまま身に着けるような完全にフォーマルなものではなく、ところどころに装飾が施された、はっきり言えば子供向けのヒーローのような感じだ。


「おぉ! 本当に変身できた!」

「カミサマ! うぅ、怖かったよぉ……」

【泣くな菫。よく頑張ったな、もう大丈夫だ】


 白い変身ヒーローが身体を動かしながら歓喜の声をあげ、その横ではへたり込んで泣き始めた小堀の頬にカミサマが手を添える仕草をしてめっちゃ顔を近づけながら囁いている。距離感ちけーな。学校でもあんな感じだから今更驚きはしないが。


「それで、桜ノ宮はどうだ?」

「氷室くんの方では確認できないの?」

「ステータスで確認できる。けど今のところ桜ノ宮は旗下に入ってない」


 ウインドウには相変わらずゼリービーンソルジャーズから小堀までの五つしか表示されていない。


「そう。もしかしたらと思って試してみたけど、やっぱり無理みたいね」

「やっぱり? わかってたみたいな口ぶりだな?」


 お嬢様ともなると、そう簡単に庶民の軍門には下れないとかプライドがあるのだろうか。それとも如月同様俺のことが嫌いなのか。

 桜ノ宮はその辺りもう少し合理的なイメージだったが……。


「誤解のないように言っておくけれど、あなたを認めていないわけじゃないわ。私は基本的に他人を支配したり操ったりする類の異能の影響を受けないの。あなたのスキルの説明を聞いた時から多分無理とは思ってたけど、名前を聞いた時点で確信したわ」

「そういう異能ってことか?」

「そうよ。とは言ってもそれは副次的なものでメインの能力は別。ダンジョン内で異能は使えないなんて言うけど、厳密には少し違うのは知ってるかしら?」

「減衰が大きいから実質使えないって話だろ」

「そう、私の異能も例に漏れずだけど、支配を弾く方の効果は減衰されてても有効みたいね」


 なるほど、本来は精神干渉の類から身を守る副次効果だが、こと今回に限ってはそれが悪い方に影響して俺の支配下に入れないってことか。


「オンオフ出来ないのか?」

「普段はわざわざオフにするメリットがないから今試してみたけれど、出来ないみたいね」


 たしかに、金持ちのお嬢様なわけだしわざわざ守りを手薄にする理由はないか。


「残念だわ。私の異能も使えたらもっと楽に戦えたのに」

「それについては同感だ。けどまあ十分だ。ユニーククラスの冒険者に、異能を使えるホルダーが4人。できたてのダンジョンなら何とかなるだろ」


 元々は一人で踏破するつもりだったことを考えればむしろ嬉しい誤算だ。あとはこいつらもダンジョンの踏破に協力してくれれば万々歳。


「それで、これからどうするの? ダンジョンアサルトに巻き込まれた場合のセオリーはなるべく最深部から遠ざかって浅層で救助を待つことだけど、このダンジョンは多分水平坑道型よ。どっちが前で後ろかもうわかってるの?」

「ある程度の目星はな。ただ一つ伝えておくことがある。加賀美と小堀も聞いてくれ」


 指揮がどうこうと言い出した時点で、こいつらの舵取りは桜ノ宮がしていることはわかった。だからこの話し合いも桜ノ宮にほぼ任せているのだろう。だが、ダンジョンの踏破を目指すという方針はしっかり全員に認識してもらわなければ困る。反対されたところで方針を変えるつもりはないが、土壇場で旗下から外れられるのが一番困るんだ。賛同できないやつは最初から戦力として数えない。


「俺たちは浅層を目指してない。このダンジョンを踏破してコアを手に入れるつもりだ」

「それ、マジ?」

「えっ……?」

【どういうことだ小娘】

「…………ふぅん」


 加賀美は表情が見えないからどういう感情なのかわかりづらいが、困惑しているような声音だ。

 逆に小堀はわかりやすく顔が青ざめており、それを見たカミサマが鋭い視線をこちらに向けている。

 そして桜ノ宮は、ほんの一瞬目を細めた後、わずかに口角をあげてそう呟いた。


「色々言いたいことはあるだろうけど先に理由を言っておく。ダンジョンアサルトの規模は一般的に最低でも半径100m前後。巻き込まれたのは俺たちだけじゃないってことだ。もちろん普通は桜ノ宮の言うセオリーどおり逃げるべきだけど、幸い今の俺たちにはそれなりに戦える力と多少のダンジョン知識がある」


 恐らく今巻き込まれている人間の中でまともに戦力になる者は多くないこと、元から冒険者だった奴がいる可能性は低いこと、救助には時間がかかること、時間が経てば経つほどモンスターの犠牲者は増えて敵は強くなり踏破は難しくなること、コアさえ手に入れれば巻き込まれた人たちを一斉に脱出させられること、等々、今俺たちが置かれた状況を簡潔に説明し、締めくくる。


「つまり今みんなを助けられるのは俺たちしかいない」

「もしかして香織も巻き込まれてるのか?」

「学校の生徒なら、絶対じゃないけど可能性はある」


 いつになく真面目な声音で問いかける加賀美に答える。誰のことかは知らないが、まあ多分彼女のことだろう。あの段階で既に下校してるとかでもない限り、規模によってはグラウンドで部活動中の生徒でさえ巻き込まれてる可能性はある。


「あぁちくしょう! なんでもっと早く気づけなかったんだ!! 俺は協力するぜ氷室。急いでダンジョンを踏破しよう!!」

「あぁ、もちろんだ」


 ここまでは想定通り。加賀美は彼女のことをエサにすれば食いつくことはわかっていた。


「む、無理だよ! ダンジョンの踏破って、もっと大人数でやるものなんでしょ!? 数十人とか、百人以上とか……! 私たちだけでなんて、そんなの出来るわけないよ!」


 ちっ、半端に知識を持ってる奴はこれだから面倒なんだ。


「それは相当育ったダンジョンの話だ。未成熟なダンジョンなら数人の冒険者パーティで踏破することも、なくはない。ましてこの段階のダンジョンなら、俺たちだけでも十分やれる」


 なくはないと言っても、それは強力なクラスを持つ高レベルの冒険者集団の話だが、嘘はついてない。


「でも、でも……! やっと助かると思ったのにっ、今度は戦えなんてそんなの無理だよっ!」

「小堀、戦うのはお前じゃない。そうだろカミサマ?」

【そうだ、そうだとも。安心しろ菫。これ以上お前に怖い思いはさせない】


 最初から小堀本人の戦闘能力なんてあてにしていない。九十九憑きの優れた点は、所有者がどれだけ未熟だろうが戦闘適性がなかろうが、付喪神任せである程度は戦えること。


「小堀、今だけだ。今だけほんの少し勇気を出せ。お前のことは俺や沖嶋たちが守る。だからカミサマの力を俺たちに貸してくれ。そうすれば多くの人を助けられるんだ。クラスメイトや先生を見殺しにしても良いのか? 部活の仲間はいないのか? 助けたい友達はいないのか?」

「いないよ! そんなのいないもん!! 私は、私には!!」

【菫!!】


 ヒステリックに叫び出した小堀に対してカミサマが声を張り上げて名前を呼んだ。それによって少しは落ち着いたのか、小堀は言葉を止めてじっとカミサマを見つめている。


【落ち着け、菫。私が出てこれているのはその小娘の力の影響だ。怖くても、今はこの小娘から離れるべきではない】

「だ、だって、カミサマ……」

【大丈夫だ、必ず私が守って見せる。だから良いな菫? 今はこの小娘に従って、この忌々しいだんじょんとやらから抜け出すのだ】

「うぅ……、うううぅぅぅぅっ……!」


 カミサマの説得が効いたらしい。小堀は肩を震わせてポロポロと大粒の涙を零しながら、それでも大きく頷いた。


【よし、偉いぞ菫。よく決断したな】


 カミサマはそんな小堀をしきりに偉いとか頑張ったなとかと褒めながら、頭を撫でてやるような仕草をしている。実体がなくすり抜けるんだから、さっき頬に手を当てようとしてたのもそうだが実際には触れてないんだよな。


 にしても正直、少し意外だ。こう、菫を虐めるな! みたいに食って掛かってくるかと思ってたんだが。


【私は貴様が思うほど愚かではない】

「……心を読めるのか?」

【そのような胡乱な目でジロジロと見られれば嫌でもわかる】


 隠すつもりはなかったが、そんなにわかりやすかったか。

 でも確かに、どうやらこのカミサマは思っていたより賢いらしい。

 今自分が顕現出来ているのが誰のお陰かも理解しているみたいだしな。


「協力してくれるってことで良いんだな、小堀」

「ひくっ、ひぐ……」


 小堀は言葉の代わりに何度も小さく首を縦に振る。

 想定より手こずったが、これで四人。一応ステータスを見てみても小堀は旗下から外れていない。嘘ではなく、本気で覚悟を決めてくれたらしい。


「よし」


 さて、最後だな。ただまあ、桜ノ宮は旗下に入っていないし別に反対なら反対で好きにすればいい。異能が使えない以上わざわざ説得するメリットもないし、ついてきたければ来ればいいし、浅層を目指すなら一人で行ってもらおうか。

 他の連中を説得されて意見をひっくり返されるのだけが面倒だが、どう出てくるか。


「見事な説得だったわ。氷室くん、あなたにもそういう人情があったのね」

「助けられるなら助けたいと思うのは当然だろ? ま、結局俺の説得は無意味だったみたいだけどな。それで、桜ノ宮はどうなんだ? 反対なら勝手にしてくれて構わないぞ」

「そう警戒しなくていいわ。私もあなたの方針に賛成よ」

「……意外だな。誰か助けたい奴でもいるのか」

「あら、不思議なことを言うのね。みんなを助けられるなら助けたいと思うのは当然じゃない? 私もそう思うわ」


 お上品な笑顔を浮かべ、桜ノ宮は平然とそう答えた。

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