episode1-13 旗下の軍勢

 このダンジョンはついさっき発生したばかりで、モンスターたちはまだ十分な力を発揮できていない。それに対して俺の召喚獣、ゼリービーンソルジャーズは極めて優秀な性能をしており、敵の斥候を歯牙にもかけない強さを有している。

 他にもいくつかの要素を加味した上でのことではあるが、俺がソロでもこのダンジョンを攻略できると判断したのはざっくり言ってそれが理由だ。

 加えて、ようやく判明した俺のCスキル「君臨する支配」は召喚スキルと強力なシナジーがあり、ソロ攻略を目指すと決めた時よりも成功する可能性は高まっていると言える。


 だが、今しがた全滅の危機に瀕していたように、この世に絶対はない。

 だからこそ、利用できるものはなんだって利用して、勝利の可能性を1%でも高めなければならない。

 ダンジョンにモンスターに冒険者だなんてまるでゲームのようだが、これはゲームじゃない。負ければそれで終わり、コンティニューは出来ない。


「よくやった沖嶋。放してやれ」


 モンスターの軍団が全滅したのを確認し、俺は玉座を降りて背後の沖嶋へ声をかける。


「終わったんだよな? 大丈夫、りりちゃん?」

「うん、今は勝手に動いたりしないよ。沖嶋くんが無事で良かったぁ……」


 全身を縛り上げていた鎖から解放された如月は、力が抜けたようにへなへなと地面に座り込んだ。沖嶋はそんな如月に駆け寄って心配そうに声をかけている。


「さっきのはなんだったんだ、ひむ……ろ?」

「あんた、なにそのカッコ」


 疑問を口にしながらこちらを振り向いた沖嶋は驚きで一瞬言葉を詰まらせ、座り込んだまま俺を見上げている如月は口をへの字にしてどこか不機嫌そうに言った。


「さっきのはセイレーンってモンスターの仕業だ。歌声を聞いた人間を操って同士討ちさせる厄介なやつ。この服のことは気にするな。あの玉座とセットでスキルの効果だ」

「随分変わったスキルなんだな」

「……まあいいけどさぁ」


 頭には何やら髪飾りが沢山ついてて邪魔くさいし、ドレスのスカートが広がり過ぎて動きづらいし、靴はいつの間にかヒールになってるし、全身からお菓子のような甘い匂いがして胸やけしそうだしで、正直鬱陶しいことこのうえない。

 こんな嵩張る服やデカイ玉座を隠し持っておくことなど一目見て不可能だとわかるため、二人はそれ以上追及することはなくそういうものかというような不思議そうな表情を浮かべながらも一応納得したようだ。


「それで、これってどういうこと? なんで氷室が俺の異能を? そもそも何でダンジョンで異能が使えるんだ?」

「ね! それになんであたしは操られたまんまにしたわけ!? 危うく沖嶋くんが怪我するとこだったじゃん!!」


 沖嶋が身に着けたフレームの胸のあたりをコンコンと叩きながら問いかけ、如月はそれに同調しつつ語気を荒げて食ってかかってきた。 

 そんなもん俺が聞きたいくらいなんだがな。


「俺にも詳しいことはわからない。ただ、俺のCスキルを発動したらステータスの中に沖嶋のフレームが表示された。まさかとは思ったけど、スキルを発動するのと同じように口に出したら本当に沖嶋の異能が発動したんだ」

「ステータスに表示された? それって例の冒険者の力を示すっていう?」

「そうだ。お前たちには見えてないだろうけど、今もステータスウインドウをここに出してる」


 俺は自分の目の前を指さしてそう告げる。




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【Name】

 氷室 凪

【Level】

 18

【Class】

 菓子姫

【Core Skill】

 ☆君臨する支配

【Derive Skill】

 ◇菓子兵召喚 Lv1

 ◇フレームイン『チェイン』 Lv1

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「なんもないけど、ほんとにここになんかあんの?」

「本人にしか見えないし触れないんだよ」


 訝し気な表情を浮かべながら、如月が俺の目の前でぶんぶんと手を振る。なぜこいつはいちいち動作がアホっぽいのだろうか。


「あれ? 沖嶋くんの異能だけ? あたしのは?」

「画面を見せられたら一番手っ取り早いんだけどな……。俺のCスキル「君臨する支配」は旗下の軍勢に影響を与えるスキルみたいだ。そんでなぜか、如月は俺の旗下に入ってない。星の杖だったか? そんな異能も表示されてない。お前だけ操られたまんまだったのも、多分俺の旗下の軍勢じゃないからだ」

「はぁ? キカってなに?」

「たしか支配下とか、そんな意味合いだったと思う。氷室の率いる軍勢の一員かどうか、ってことなのかな?」


 言葉の意味合いとしては沖嶋の言う通りだったはず。

 ただ、このスキルで言うところの旗下の軍勢というのが何を意味しているのか、それがわからない。


「その場合、如月も俺の旗下として扱われても良いと思わないか? 言っちゃあなんだが、今この集団の舵取りをしてるのは俺だぞ?」

「うーん、それもそっか。旗下の軍勢か……」

「……あんたをリーダーだって認めてるかどうかでしょ」


 如月が視線を逸らしてつまらなそうにぼそりと呟いた。


「お前は認めてないってことか」

「今、あんたがリーダーなのは理解してる。でも根っこの部分であたしはあんたを認めてない。支配下がどうのってことなら、そういう根っこの部分の話なんじゃないの」


 なるほどな。今この瞬間という限られた状況だけじゃなく、本質的に俺の支配下であることを認めているかどうか、そう言いたいわけだ。


「その理屈だと沖嶋は普段から俺の下につくのを認めてるってことになるけど……、そうなのか?」

「え゛!? い、いや、どうだろう……? そんなこと意識したことないからわかんないかな」

「それもそうか」


 勉強や運動、あるいはルックスなど、特定の一分野で優劣をつけることはあっても、根本的に自分が誰かの子分だ、なんて考えたりはしないか。

 仮に如月の説が正しいとして、沖嶋が無意識的に俺の支配下であることを認めているとしてだ、その場合どうすれば如月は旗下に入れられる? ただの足手まといではなく戦力になる可能性があるとわかった以上、試せることは試しておくべきだ。


「よし如月、今すぐ俺の旗下に入れ」

「はぁ? あたしの話聞いてなかったわけ? もう一回言うけど、あたしはあんたを認めてないんだからね! そのキカ? に入れられると思わないでよね!」

「偉そうに言うなバカ。俺たちは何としてもダンジョンを攻略して巻き込まれた生徒たちを助けなきゃならないんだぞ? そう考えれば俺の下につこうって気持ちにはなんないのか? 沖嶋、聞くまでもないと思うけど、お前は俺に協力してくれるよな?」

「もちろん、本当に聞くまでもないな」


 だろうな。最初から今のはパフォーマンスのつもりだ。

 みなまでは言わなくてもわかるだろ、如月。


「サンキュー助かるわ。いいか如月。沖嶋はもちろん、お前だって戦えるようになれば勝てる可能性はグッと高くなるんだぞ」

「そんなのわかってるし! だからさっきもちゃんとあんたの言うこと聞いたでしょ! でも根っこの部分はどうしようもないじゃん! こうしなきゃってわかってても出来ないんだもん!!」




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☆君臨する支配

自分を中心とした一定範囲を支配する。

範囲内に存在する旗下の軍勢の能力を強化し、スキルの強制起動を可能にする。

【軍勢】


・ゼリービーンソルジャーズ

・沖嶋 陽介

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 変化はなし、か。

 まあ確かに、一時的に相手を認めることと本心から相手を認めることは違う。沖嶋のため、友人のためという理由で如月は俺の言うことを聞いているが、だからと言って嫌いな奴を好きになれというのは理屈でわかってても感情が追い付かないだろう。


 戦力が増えるに越したことはないが、そのために時間を使いすぎて敵の強化を許してしまっては本末転倒。

 ……魔法の再現と如月は言ってたな。それがもし本物の魔法・・なのだとしたら、間違いなく切り札になり得る力だ。一つだけ、一つだけ試してみて、無理そうなら諦めて先に進もう。


「如月、ちょっとこっちに来い。沖嶋は離れて耳を塞いでろ」


 服と靴のせいで非常に動きづらいが、何とかトテトテと小走りで距離を取り如月だけ呼び寄せる。

 如月は何やっても意味ないって、と言わんばかりの仏頂面でかったるそうにこちらへ歩み寄り、沖嶋は言われた通り素直に耳を塞いだ。


「しゃがめ、届かないだろ」


 距離もとったし大丈夫だとは思うが、一応配慮して小声で耳打ちしてやろうと如月をしゃがませる。


「如月、お前沖嶋のこと好きだろ」

「当たり前じゃん。見てればわかるでしょ?」


 あれだけ露骨ならな。如月自身周囲からどう見られてるかはわかってる、というかそもそも隠してないんだろう。気づいてないのはアプローチされている本人くらいのものだ。


「お前が俺を毛嫌いしてるのは、理由は知らないけど沖嶋絡みなんだろ?」

「……だったら?」


 こいつが突っかかってくるのは大体沖嶋と話してるときか、沖嶋を適当にあしらってる時だからな。他にこいつに何かした覚えもないし流石にわかる。まあ具体的にどういう理由なのかは皆目見当もつかないが……。

 それに加えて、今の俺の身体は一応女になってるみたいだし警戒しているのだろう。もしかしたら沖嶋を取られるのではないか、と。そんなことあり得ないと普通ならわかりそうなものだが、恋は盲目とも言うからな。立場をはっきりさせておいてやろう。


「無事にここを脱出できたら、お前の恋路を手伝ってやるよ」

「はぁ~? あんたに何が出来るってのよ?」

「おいおい、自分が言ったことをもう忘れたのか? 俺の旗下の軍勢にいるってことは、沖嶋のやつは俺の支配下にあることを認めてるってことだ。それが意識的か、無意識的かは別としてな。そんな俺がお前のことをプッシュしてやったら、どうなると思う?」

「……ど、どうなるのよ」


 如月はハッと目を見開いてごくりとつばを飲み込んだ。


「意識するのさ。人に言われたからっていきなり好きになったりはしないだろうが、それでも他の有象無象が言うのと、支配者である俺が言うのとじゃあわけが違う。お前は明確に、他のライバルたちよりも意識されることになる。それをどう活かすかは、お前次第だけどな?」


 実際のところどうなるかは知らないがな。

 それっぽく適当なことを言ってみたに過ぎない。

 それにこれなら、最終的に如月の恋が実らなくても約束を違えたことにはならない。なぁに、約束通りちゃんと如月のことは推してやるさ。


「タイプも」

「ん? なんだって?」

「沖嶋くんのタイプも、聞いて」


 如月がぽつりと零した言葉を聞き返してみると、照れくさそうに頬を赤らめてそんな要求をしてきた。


 如月が自分の気持ちを隠していない以上、そういう正攻法は友達に頼んだ方が確実だと思うんだが……。

 他にも二人きりで話す機会を作ってやる、とか考えなかったわけじゃないが、仲良しグループの力を借りればそんなの簡単だろうしたぶんもうやってる。

 俺のカードは、沖嶋が俺の支配下にあることを認めている、という仮説に基づいた特殊な立場からのアシストだけのつもりだった。


「別に構わないけど、そんなの加賀美とかにでも聞いて貰えば良いんじゃないのか?」


 仲良しグループの中で沖嶋以外の男子は加賀美のみ。当然加賀美も如月の気持ちは知ってるんだろうし、断られはしないと思う。たしか彼女もちだったはずだし。


「もう聞いて貰った。でも、うまくかわされちゃったみたいなんだよね。ほら、加賀美ってバカだし、そういうの得意じゃないんだよ」

「あー、なるほどな」


 加賀美とはあまり話したことはないが、悪い奴ではなさそうという印象と、同時に頭悪そうだなという印象が強い。


「よし、そういうことなら俺が聞きだしてやるよ。どうだ、これで文句ないだろ?」

「氷室、あたしあんたのこと誤解してたみたい」


 いつものような怒りや刺々しさを感じない、弾んだ声音と嬉しそうな笑み。


「これからは仲良く・・・しようね!」

「あぁ、仲良く・・・やっていこうじゃないか」


 こうして俺たちは密約を結び、かたい握手を交わすのだった。




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☆君臨する支配

自分を中心とした一定範囲を支配する。

範囲内に存在する旗下の軍勢の能力を強化し、スキルの強制起動を可能にする。

【軍勢】


・ゼリービーンソルジャーズ

・沖嶋 陽介

・如月 りり

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