episode1-12 君臨する支配

 ジャラジャラと金属がこすれる音が聞こえた後、背後の物音が止まる。


「っ、くぅ……」

「ごめんりりちゃん。ちょっとの間だけ我慢してね」


 痛みを我慢しているような如月の苦悶の声と、心配そうな沖嶋の声。

 スキルを発動したことで突然あらわれた玉座・・に遮られて後ろはよく見えないが、 ひとまず操られた如月を止めるのには成功したらしい。本人のお優しい性格を反映しているのか知らないが、沖嶋のフレームは拘束に適した鎖の力を持つ。後ろは沖嶋に任せておけば大丈夫だろう。


 視界の先で繰り広げられている戦いと、目の前のウインドウに意識を集中する。




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☆君臨する支配

自分を中心とした一定範囲を支配する。

範囲内に存在する旗下の軍勢の能力を強化し、スキルの強制起動を可能にする。

【軍勢】


・ゼリービーンソルジャーズ

・沖嶋 陽介

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 どういう理屈で文字化けが直ったのかはわからないが、実際にスキルを発動し、さらにこのスキルの説明を読めるようになったことでいくつかわかったことがある。


 俺のCスキル、「君臨する支配」の効果はわかっているものだけで4つ。


 一つ目はこの表示の通り味方の強化だ。具体的に何の能力がどの程度強化されているのかはわからないが、現在進行形で20匹近いゴブリンをゼリービーンソルジャーズが苦も無く蹴散らしていることから、強化の度合いは中々悪くないと推測できる。

 純粋な戦闘要員であるゴブリンは、同レベル帯のコボルトと比較して3倍程度の強さであるというのが通説だ。元々コボルトはゼリービーンソルジャーズの相手になっていなかったため、強化がなくてもゴブリンに負けはしなかったかもしれないが、それでもここまで一方的に蹂躙出来るほど力の差はなかっただろう。数匹のゴブリンが連携してレッドを討ち取ろうと襲いかかるが、一息に薙ぎ払われて身体が上下真っ二つにされている。他のゼリービーンソルジャーも似たような状況で、ゴブリンは見る間に数を減らしている。


 二つ目は旗下の軍勢の異能行使。説明にはスキルの強制起動と書かれているが、間違いなく異能を含んでいる。




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【Name】

 氷室 凪

【Level】

 15

【Class】

 菓子姫

【Core Skill】

 ☆君臨する支配

【Derive Skill】

 ◇菓子兵召喚 Lv1

 ◇フレームイン『チェイン』 Lv1

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 見ての通り、本来沖嶋の異能であるはずの『チェイン』フレームが俺のDスキルに追加されている。

 最初は沖嶋の異能を俺が使えるのかと思ったが、発動してみてそうではないとわかった。本来沖嶋にしか起動出来ないはずの『チェイン』フレームを、俺が代わりに起動した。あくまでも起動の代行。起動した異能を使えるのは本来のホルダーであることに変わりはない。

 だが、起動した異能を誰が使えるかなんてことはそれほど重要じゃない。それ以前の話として、ダンジョン内であるにもかかわらず異能を行使できるということ。このスキルを語るうえで最も重要なポイントはそこだ。


 本来ダンジョンの中では、冒険者以外のホルダーは異能を使えない。沖嶋や如月のようなホルダーは足手まといでしかない。だから俺はこのダンジョンを短時間で攻略しようとするならもう一人くらいはまともな冒険者が必要だと考えていた。それが見つからなかった場合は、レベリングのために最短経路ではなく寄り道をするつもりだった。

 だが、もしもこいつらを戦力として数えることが出来るなら、遠回りなどせずに最短経路でコアにまでたどり着き十分に強化される前のモンスターを叩けるかもしれない。時間は相手の味方だ。本丸を攻めるのは早ければ早いほど良い。

 ただ、そのためにはまず旗下の軍勢とやらの条件を解明しなければならない。如月が旗下にいない理由は何だ? 沖嶋は旗下にいるのだから、自分の召喚獣かどうかというのは関係ないはずだ。この戦いが終わったら検証する必要がある。


 三つ目は支配の上書き、あるいは状態異常の解除等、それに類する効果。

 タイミングから考えて、ゼリービーンソルジャーズと沖嶋が自由を取り戻したのは間違いなく「君臨する支配」の効果だ。説明に書かれている一定範囲を支配するという文言とあわせて考えると、セイレーンの支配を上書きしたことで自由を取り戻した、あるいは、単純に状態異常を弾く効果といったところだろうか。


 恐らくここまでの三つの効果は、旗下の軍勢にしか適用されないのだろう。だからDスキルに如月の「星の杖」は表示されていないし、歌声に操られたままなのだ。


 そして最後、四つ目の効果は玉座の召喚とドレスアップ。

 自分で言っていてなんだそれはと思うが、事実なのだからしょうがない。

 君臨する支配を発動した瞬間、いつの間にか俺は煌びやかで巨大な玉座に腰掛けており、身に着けていたはずのブカブカの男子制服が派手なドレスに変化していたのだ。

 素っ頓狂な効果だが、発動によって装備が変わったり道具を呼び出すスキルというのはそれほど珍しくもない。姫系のクラスに限らず服装や外見を変化させるスキルは様々なクラスに存在するし、武器や防具を呼び出す効果の亜種と考えれば玉座の召喚というのもあり得る。

 この手の効果は大抵の場合、スキルにバフをかける役割であることが多い。特に姫系の他、指揮系のクラスや芸能系のクラスはそれらしい恰好や言動をすることで特定スキルの効果が向上するということがよくある。恐らく「君臨する支配」は、この如何にもお姫様な格好で玉座に踏ん反りかえることで効力を増すのだろう。


 考えを整理するためにざっと羅列してみたが、正直自分でも信じがたい内容だ。もしも匿名掲示板やSNSでこんなスキルが発現したという情報を見かけても俺は与太話だと一蹴するだろう。


 自分のスキルで兵隊を複数召喚して、さらにそれを自分のスキルで強化する。菓子兵召喚だけでも召喚士のスキルを大きく上回る性能だというのに、加えて強力なシナジーのある集団強化スキルまであるとなると、この菓子姫というクラスは単体で数人の冒険者パーティーに匹敵する性能ということになる。

 Cスキルは支援系なんだろうという予想はしていたし、それを加味したうえでダンジョンを攻略するという方針を決定したのだからそこまではまだ理解できる。極めて強力で他のクラスと比較してバランスが取れていないのは明らかだが、ユニーククラスだということを考えれば十分あり得るラインだ。だが、異能の強制起動……。


 様々な要素を兼ね備え、クラスのコアとなる働きをするスキル。それがCスキルだ。

 Dスキルはそこから戦闘スタイルや経験によって派生するように生まれるスキルである。

 そのため、単体で比較した場合CスキルはDスキルに比べて多彩な効果を持つことが多く、効果の数だけで言うなら4つというのは特筆して多いというほどではない。

 問題は数じゃない。やっぱり信じられないのは二つ目の効果だ。他者のスキルを強制起動するスキルを指揮系や姫系が持つことがあるのは知識として知っているが、異能とスキルじゃまるでわけが違う。そもそも異能はダンジョンじゃ使えないんだぞ? なぜそれをスキルで起動出来る?

 ……いや、厳密には違うか。冒険者以外のホルダーはダンジョン内で異能を使えないというのは正確な表現じゃない。ほとんどその通りだから一般的にはそういう言われ方をするが、厳密には、ほとんど効果を発揮できないほど減衰する、と表現するのが正しいらしい。

 だとすれば、減衰を打ち消している? 仮にそんなことが可能なのであれば、どうして今までの冒険者の中にそんなスキルの使い手がいない? 公表してないだけでいるのか? それとも俺が第一号? ……わからない。わからないが、事実として沖嶋の『チェイン』フレームは発動した。


 今はただ事実を事実としてとらえよう。細かいことを考えるのは、無事にこのダンジョンを抜け出してからで遅くない。


「×××××××××!!」


 護衛として俺の傍に残っていたブルーとレッド以外の5体がゴブリンの殲滅を終え、セイレーンと戦い始めた。いや、戦いというより蹂躙か。ゴブリンを護衛につけて自分は戦っていなかったことからもわかるように、セイレーンというモンスター本体の戦闘能力はそれほど高くない。

 グリーンとホワイトに真っ先に足を狙われて姿勢が下がり、続けてパープルが喉を潰した。そうして苦しそうにジタバタと暴れているセイレーンの片翼をブラックが切り落とし、イエローがもう一方をひしゃげさせるように叩き潰す。するとほとんど身動きを取ることも出来なくなり、命を刈り取られるまでにそれほどの時間は要さなかった。


「……終わったか」


 かなり危ないところだったが、ひとまず危機は去った。

 これだから、ダンジョンアサルトには巻き込まれたくなかったんだ。

 セイレーンは凶悪なモンスターだが対策さえしっかりしていればむしろ倒しやすい部類に入る。たった今ゼリービーンソルジャーズたちがあっさりと討ち取ったように。しかし今回のように何の対策も出来ていない状態で不意に遭遇すると詰みだ。偶然、本当に偶然俺が耐性を持っていて、対抗できるスキルがあったから何とかなったが、今のは本当に全員死んでいてもおかしくなかった。


 敵も本気だったということだろう。ダンジョンアサルトとセイレーンの組み合わせはとてつもなく強力でそれだけでも十分に俺たちを全滅させる可能性があったのに、それに加えてゴブリンを数十匹も配置していやがった。コボルトの先遣隊が壊滅したことはやはり伝わっていると見て良い。そして遠からずセイレーンたちが敗れたことも伝わるだろう。次はもっと強いモンスターが来る。

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