episode1-10 セイレーン

 沖島たちを言いくるめてダンジョンの探索を開始してから凡そ1時間。あれからモンスターの襲撃は一度もなく、他に巻き込まれた生徒を発見することもないままひたすらに歩みを進めている。

 途中、何度か分かれ道がありどのルートが最深部へ続く道なのか正直さっぱりわからなかったのだが、先行するゼリービーンソルジャーズたちが持っている武器で地面を示してくれたことで道標を見つけることができた。光源を地面に近づけると、そこには恐らくコボルトが流したのであろう血の跡があった。まだ乾ききっていない新しい血であり、ゼリービーンソルジャーズの攻撃によって負傷したコボルトが逃げた際に出来たのだと思われる。

 ゼリービーンソルジャーズはこの血を辿っていけば良いと示してくれているらしかった。負傷したコボルトを故意に泳がせたのか、それとも偶然か、真相はわからないが他に手がかりもないため、ゼリービーンソルジャーズが示す通りその道標に従うことにした。


 そして、恐らくその判断は正しかった。


「明かりだ」

「でもあの色って」

「て、敵なんじゃないの?」


 これまでずっと暗闇に包まれていた洞窟の先に、紫色の明かりが見えた。それも光魔石の杖1本や2本程度ではない光量。敵がいるのだとしたらさっきよりも更に多いだろうと感じるほどの明るさだ。


 だが、先ほどのものとは違いその明かりは動く様子がない。


「予想的中か」


 近づくにつれて、明かりの正体が露わになる。

 それは俺たちが敵から奪った光源と同じものだが、その数が違う。圧倒的に違う。

 洞窟の壁面に細長い穴が掘られていて、そこに光魔石の杖が差し込まれている。そしてそれがここから先の洞窟、いや、よく見ると坑道だろうか? とにかくこの先にずっと続いているのだ。


「氷室、これは?」

「ここまでが敵の占領してる陣地ってことだろうな」


 歩みを止めることなく、周囲を警戒しながら沖嶋の疑問に答える。


 暗闇の中で活動するのが難しいのは相手も同じ。そうでなければわざわざ明かりを持ち歩いたりしない。今のように敵に奪われる可能性だってあるわけだしな。

 だから当然、陣地には明かりをつける。常に光源を持ち歩いて行動するなんてのは非効率極まりない。つまり光源が設置されているこの場所からは、すでにモンスターたちが十分な索敵と探索を終えて占領した陣地の中であり、相手の懐に入るということになる。


「光源はもう捨てて良い。この明かりは多分、こっから先相手の本丸まで続いてるはずだ」

「けどさ、ここが敵の陣地の境目だって言うならモンスターがいないのはおかしくない?」

「さっき倒した連中か、もしくはこの先で待ち構えてるのかもな」


 血の跡を残していたコボルトが無事にここまで戻り伝令の役目を果たしたのであれば、呑気に陣地を広げる作業を続けたりはしないだろう。


「気を引き締めろ。こっからが正念場だ」

「そんなこと言ったって戦うのはその子たちなんでしょ? あたしたちは見てるだけじゃん」

「いや、ゼリービーンソルジャーズの情報が正確に伝わってるなら相手もそれなりの戦力を用意してるはずだ。戦えとは言わないけど、逃げ回るくらいの覚悟はしといた方が良いぞ」


 10匹規模の分隊を蹴散らしたんだ。恐らく次はコボルトだけでは済まない。ちゃんとした戦闘員が混ざっていると考えた方が良い。それに数もそれなりに揃えてくるだろう。


「問題はどこで仕掛けてくるか……」


 ダンジョンとは言ってもわかりやすくボス部屋や戦闘のための部屋があるわけじゃない。偶然広い空間が形成されることはあるが、何か仕切りがあるわけでもないため気づいたらそういう場所に出ていたということもある。


 まさに今、坑道のように細い道を抜けて出たこの広間のように。


「××××××××××~♪」


 ここまでの通路と同様にいくつもの光源が設置された広間に足を踏み入れた瞬間、聞いたことのない言語、あるいは歌声のようなものが聞こえてきた。

 咄嗟に音の方へ視線を向ければ、そこには緑肌の小鬼ゴブリンが数十匹と、上半身が人間で下半身が鳥の怪物が1匹陣取っていた。


 仕掛けて来そうな場所だとは思ってたが、いくらなんでもこれは警戒しすぎじゃないか!? ゴブリンはコボルトと同様モンスターの中では弱い方だが、一応は純粋な戦闘要員だ。コボルトと同じようなものだとは思わない方が良い。低級とはいえあの数は侮れない。そしてなによりまずいのが、あの歌っているモンスター。


「耳を塞げ! セイレーンだ!」


 モンスターを確認した直後に振り返りそう警告したが遅かった。


「か、身体が勝手にっ」

「あたし、こんなつもりじゃ……!」


 怪物の声を聞いた沖嶋と如月は、ぎこちない動きで片手剣を振りかぶる。その剣の向かう先は他でもないこの俺だ。


 半人半鳥の怪物、セイレーン。その歌声を聞いた者は自らの意思にかかわらず身体を操られてしまう。対抗策を持っていなければこいつ一匹で全滅することもあり得る凶悪なモンスターだ。


「チッ!」


 舌打ちしながら大袈裟に飛びのいて二人の剣を回避する。

 姫系のクラスは純粋な身体能力こそカスみたいなものだが、精神攻撃の類に対しては高い耐性を持つ。現に俺には全く効いておらず、操られるどころか行動を阻害されることすらない。


「氷室、避けろ!」

「止まってっ、止まってよ!」


 沖嶋と如月からつかず離れずの距離を保ちつつ周囲を伺う。

 動きが鈍い二人から離れるのは簡単だが、それをやると今度はこいつらに同士討ちさせようとするかもしれない。そうなってしまったら今の俺じゃ止められない。


 ざっと見た感じ、セイレーンとゴブリンの集団以外に敵の姿は確認できない。


「ゼリービーンソルジャーズ、あの鳥を倒せ!」


 こちらは切羽詰まった状況だが当然敵が待ってくれるわけもなく、セイレーンのもとにいくらかの護衛を残して20匹近いゴブリンがこちらへ向かってきている。

 自分の守りも考えなければならないが、しかし最優先事項はセイレーンの撃破だ。あいつを倒さないと俺たちは敵と味方に挟撃される続けることになる。


「おい、どうした!? 行け!」


 突撃と護衛の配分は命令するまでもなく勝手に判断するだろうと端的な指示のみを出したが、ゼリービーンソルジャーズは動かない。

 いや、さっきから妙にぎこちない動きをしてはぴたりと止まるという動作を繰り返している。


 っまさか、こいつらもか!?

 召喚獣も精神攻撃の対象になるのか!? そんなことまで知るかよ、クソ!!

 どうする、どうするっ、どうする!?


 ゼリービーンソルジャーズが俺に襲い掛かってこないのは精神攻撃に抵抗してるからだと思うがそれだけじゃ駄目だ。俺自身にコボルトをどうこう力はない。姫系クラスは自分の戦闘能力は0だ。


 このままだと負ける 死ぬ


 ゴブリンはもうすぐそこまで迫っている。セイレーンが歌を止める気配もない。


「ざっけんなよ……!!」


 クソ! クソクソクソ!! クソったれがぁ!!


 そもそも!!


「お前らの王はこの俺だろうがぁぁぁ!!」


 その叫びは単なるヤケクソだった。

 あまりにも呆気ない幕切れを前にして剥き出しになった本心。

 しかしそれこそが、俺の本質であり核心。


 出しっぱなしにしていたウインドウの表示がノイズのようにぶれて、変わる。




□□□□□□□□□□□□□□□□

【Name】

 氷室 凪

【Level】

 5

【Class】

 菓子姫

【Core Skill】

 ☆君臨する支配

【Derive Skill】

 ◇菓子兵召喚 Lv1

□□□□□□□□□□□□□□□□


「――君臨する支配っ!!」


 空気が一変する。

 目に見えるものでもないというのに、どうしてかそれが手に取るようにわかった。

 今この瞬間、俺こそがこの場の支配者になったのだと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る