episode1-8 救助

「大マジだ。考えてみろ沖嶋、巻き込まれたのは俺たちだけか?」

「っ! そりゃ、そっか。全然気づかなかった」

「いきなりだったからな、気が回らなくてもしょうがないさ。今回のダンジョンアサルトの規模はわからないけど、少なくともすぐそこにいた加賀美と桜ノ宮、小堀は間違いない」


 この3人は普段沖嶋や如月と仲良くしているグループの連中だ。

 今日の放課後も沖嶋たちは5人で談笑しており、その途中で沖嶋が俺に話しかけ、如月が割って入ってきた。そのせいであの時、沖嶋は俺と如月に触れることしか出来ずあの3人とは別の場所に放り出されたのだろう。

 俺が知る限り、小堀は九十九憑きで桜ノ宮も何らかのホルダー。加賀美だけは知らないが、仮にノーマルで今回のダンジョンアサルトで冒険者になっていたとしても、俺のように当たりのクラスを得ているかダンジョンの知識をそれなりに持っていなければ一人の力で足手まといを二人連れて逃げ続けるのは困難。


 だから3人のことを助けたいなら、そしてもっと言えば、このダンジョンアサルトに巻き込まれたと推測される多くの人間を助けたいのなら、拒めないはずだ。沖嶋はそういう男だ。


「わかった。でも、氷室ってそんな感じだったっけ?」

「そんな感じってなんだよ」

「巻き込まれた人たちのために、って理由で命をかけるような性格じゃないでしょ?」

「おいおい、失礼なやつだな。助けられるなら助けたいと思うだろ、普通」


 こいつ、俺のことをよくわかってるな。確かに俺は見ず知らずの生徒や大して親しくもないクラスメイトのために危険を冒すようなタイプじゃない。巻き込まれているのかはわからないが、俺が本当に何をしてでも助けたいのは一人だけだし、それから今ここを逃せば今後ダンジョンコアを手に入れるチャンスが訪れるかわからないからという打算もある。その他大勢なんて正直どうでも良い。

 だがそれを素直に教えてやる気はない。沖嶋に説得は必要ないが、如月の方はそうもいかないだろう。凡人を納得させるのに必要なのは、利益か大義。


「そういうことにしておくよ。りりちゃんもそれで良い?」

「うん? うん! あたしも沖嶋くんにさんせー!」


 こいつは本当に……。


「如月、後でグダグダ言われるのも面倒だから先に言っておくぞ。俺と沖嶋はこれからダンジョンの最深部を目指す。救助は待たない」

「え、なんで?」

「だから、このダンジョンに巻き込まれたのは俺たちだけじゃないんだよ。そいつらを一人一人探し出すのはとても現実的じゃない」


 一般的にダンジョンアサルトの規模は最低でも半径100m前後。教室の一つくらい楽々と収まる範囲だ。そしてあの時2-Cの教室には俺たちや加賀美たち以外にも生徒は居た。

 構造も広さもわからないダンジョンでそいつらを探し出すのは困難だし、さらに言えば何人巻き込まれているかもわからない。無理だ、全員見つけ出すなんて出来るわけがない。

 そしてもちろん、あいつをピンポイントに見つけ出すことだって難しい。


「だからダンジョンを踏破してコアを手に入れる。そうすれば全員一気に吐き出せる」


 踏破出来ればの話だがな。


「そんなのちゃんとした冒険者に任せればいいじゃん。素人のあんたがでしゃばることじゃなくない?」

「じゃあそのちゃんとした冒険者はいつ来てくれるってんだよ」

「はぁ? 学校がダンジョンに巻き込まれたんだから、そんなのすぐ騒ぎになって助けがくるんじゃないの? あっ! ていうかこっちから助けを求めれば良いじゃん! えっと、1、1、0っと」


 名案を思い付いたと言わんばかりに声をあげ、如月はスマホを取り出し、番号を入力してから手が止まった。


「圏外なんだけど」

「そりゃそうだろ」


 常識だろうが。それに、電話が通じたとしてもそんなに早く助けは来ない。更に言うならダンジョン被害者の救助は警察じゃなくて異能庁の管轄だ。


「あのなぁ如月、ダンジョンの入口が開くのは外的要因がなければ発生から凡そ3~4か月程度経ってからだ」


 ダンジョンのモンスターは時間が経てば経つほど強くなる。だから侵略者共は十分な戦力が整うまで入り口を開いたりしない。いや、正確に言うなら出口らしいが、どちらにせよ同じだ。ダンジョンの中と外が繋がるのにはそれだけの時間がかかる。


「で、でもニュースで見たし! 3日前に発生したダンジョンが攻略されたって!」

「あぁ、珍しく企業冒険者じゃなくて異能庁の国家冒険者が攻略したって記事か。出現場所が東京駅近辺だってんで異例のスピードだったな」


 3~4か月というのはあくまで外的要因がなければの話。

 ダンジョンは侵略兵器であり、異世界の軍隊が攻めてきていると言った通り、今現在日本に限らず世界中が異世界との戦争状態であると言える。

 もちろん我らが日本国やその他の国々も発生したダンジョンの口が開くのを黙って見ているわけではなく、ダンジョンの外壁に穴を空けて無理矢理入り口を作る兵器を保有している。


「それは特殊な事例だ。だからニュースにもなった。普通はどんなに早くても1か月くらいはかかるんだよ。入り口を無理矢理こじ開けて助けが来るのにはな」


 俺だって国の兵器の運用状況をこと細かく知ってるわけじゃないが、これまで発生したダンジョンの入り口が解放された時期を調べていくと、どうもダンジョンの発生速度に対して兵器の稼働が追い付いていなさそうだということがわかる。

 恐らく兵器の順番待ちとなっており、ダンジョンの発生から入り口をこじ開けるまで大体1か月程度は待たされるのが現状だ。


 もっとも、今回は高校が巻き込まれていて被害者の数も多いだろうから他のダンジョンより優先して入り口を開ける可能性はあるが、それでも数日とはいかないだろう。


「それじゃあ遅すぎる。被害者の大半が死ぬ」


 ま、だからって職業冒険者でもない素人がダンジョン攻略をする義務も義理もないわけで、もしも自分が僧侶とか魔法使いのようなノーマルクラスだったら俺だって普通に救助を待って逃げ回っただろうけどな。出口がこじ開けられるまでは自力で生き残る必要があるが、俺ならノーマルクラスでもそれくらいは出来るだろう。

 だがダンジョンの知識を持たない場合それさえ一筋縄ではいかない。ましてや冒険者でもないなら敗色濃厚の博打だ。それに食料の問題もある。


「わかったか如月、俺がやるしかないんだよ。まあ、嫌だってんなら無理について来いとは言わないけどな」


 俺が筋を通すべきだと思っているのは如月じゃないからな。


「沖嶋くんも攻略した方が良いって思うの?」

「うん、きっと隼人も、桜ノ宮さんも、小堀さんも助けを待ってる。氷室がみんなを助けるために動くって言うなら、俺は止められない」

「え!? 葵たちもここにいるの!?」

「さっきそう言っただろ」


 こいつ本当に俺の話を聞いてないな。


「じゃあお喋りなんてしてる場合じゃないじゃん! 葵たちを助けなきゃ!」

「……納得したんなら行くぞ。時間が惜しい」


 長々と説明しなくても最初からわかりやすく友達の危機だと教えてやれば良かったか。

 まあいい。これでひとまず承諾は得た。あとになって聞いてないだのなんだのと言われる筋合いはなくなった。


 モンスターの拠点は必ずダンジョンの最深部にあり、連中はダンジョンの発生と共にそこから進軍を始める。俺たちが進めば進むほど戦いは激しくなるだろうが、それはその先にコアがあることの証明でもある。

 だから向かう先はコボルトの集団がやって来た方向にあるであろう敵の本拠地、ダンジョンの最深部だ。

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