episode1-3 ゼリービーンソルジャーズ

 まるで底のない穴の中へ落ちていくような感覚。

 真っ暗闇で何も見えない。何も聞こえない。

 ネットで体験談を見て知った気になったつもりではいたが、実際に自分が巻き込まれて初めて本当の意味で理解する。


 怖い。

 怖くて怖くてたまらない。

 このまま永遠に落ち続けるのか、それとも固い地面に叩きつけられるのか。


 落下した時の対処法、調べたことがある気がするが思い出せない。

 ダンジョンアサルトに巻き込まれたらどうなるのか、知っているはずなのに頭が回らない。


 猛烈な勢いで死へと近づいているような、未知の感覚が恐怖をもたらし、恐れが俺を支配している。


 支配されている? 俺が? それは――


「――がっ!?」


 落ちていくような感覚が消え失せ、固い何かの上にいることを自覚するのと同時に、激痛。


「ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛ーーっ!!」


 痛いっ


 いたいっ!!


 全身が痛くて、熱い!!


「ぅ゛う゛、ぎぃ゛ぃ゛ぃ゛っ゛ あ゛ぁ゛ か゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」


 食いしばった歯の隙間から聞くに堪えない悲鳴がもれ、それでもなお足りないというように獣のような雄叫びをあげる。


 あまりの痛みと熱に何度も意識が飛びそうになるが、それだけは駄目だと言い聞かせるように、声がおかしくなるほど叫ぶ。

 ここで意識を失えば死ぬ。その理由を思い出すほどの余裕などなかったが、それだけは覚えていた。直感や予感などではなく、ここで意識を失えばほぼ間違いなく死ぬのだということを、俺は知識として知っている。


 気づけば全身を搔きむしっていた。

 熱い風呂の中にいきなり全身で飛び込んだ時のように、熱さを紛れさせるように。

 後から思い返せば、それはひどく不格好で無様な姿だっただろうが、それでも俺はのたうち回った。


 チカチカと点滅する意識の中で、甲高い笛の音のような音が俺を現実へと引き戻す。


「はぁ、はぁ……、ぐっ、クソったれ……!」


 どれほどの時間が経ったのかなどわからない。時間の感覚などなくなっていた。ほんの数秒か、数分、あるいは数時間だろうか。

 激痛の中で醜態をさらしてでも意識を保ち続けた俺は、ようやく周囲の状況を伺うことが出来る程度の僅かな余裕を取り戻した。


 暗い。

 うずくまる地面は固い。

 どこからか届くわずかな明かりによって周囲が岩肌であることがわかる。

 一見して受ける印象は、洞窟だろうか。


「フレームイン! 『チェイン』!」

「うわわっ、星杖起動っ」


 聞き覚えのある声だ。

 少しだけ早口で、どこか切羽詰まっているようにも感じられる。


 身体に残る痛みに耐えながら声のした方に視線を向ければ、毒々しい紫色の光が暗闇を照らしており、その周囲には人と人ならざる者がいた。

 汚らしくデカイ犬を二足歩行にして申し訳程度の装備を身に着けさせた怪物が二匹と、見知ったクラスメイトが二人。


 あれは沖嶋と、如月。


「っ、やっぱり無理か!」

『error、多次元収納の展開に失敗。再実行――error、多次元収納の……』

「えぇ!? なんで!? お爺ちゃんの嘘つきぃ!!」


 二足歩行の犬は獣らしい獰猛な唸り声をあげ、右手に握った大きな何かを振り回して沖嶋たちに襲い掛かっている。

 沖嶋と如月の二人は、なにやら混乱した様子でなんとか怪物の攻撃を危なっかしく避けているが、あのままではそう遅くないうちにやられるだろう。


 なんだ、この状況は……? なにが起きた? 俺は、俺たちは……、っ!


「ダンジョンの中で異能は使えない!! 逃げろ!!」


 俺としたことが、あまりの苦しみに自分の身に起きたことを一瞬忘れていた。


 ダンジョンアサルトだ。

 それは異世界の先兵によるダンジョンでの強襲。

 俺たちはダンジョンの発生に巻き込まれてしまったんだ。

 だとしたら、さっきの痛みと熱は特異変性の副作用か!


 特異変性とは身体や精神に何らかの変化をきたす原因不明の現象。ダンジョンアサルトに巻き込まれたノーマル特有のもので、身体もしくは精神に不可逆的な変化をもたらす病とも言われる。その種類や程度は人によって様々で全く法則性を見いだせない。唯一の共通点と言えば、変化にあたって地獄のような苦痛を伴うということ。


 なにが変わった? 今、身体を思うように動かせないのは痛みのせいか? それとも特異変性のせいか?

 そういえば、今発した警告はいつもと声が違くなかったか? 緊張で上ずったのかと思ったが声が変わった?


「ま、ちょ、ちょっと待っ」

「りりちゃん!!」


 暗くてよく見えないが、二人はただの高校生にしてはよく敵の攻撃を避けていた。

 だが、運が悪かったのか、それとも相手の運が良かったのか、如月が何かに躓いたように態勢を崩し、待ってましたと言わんばかりに怪物が如月へ迫る。


 なんで逃げてない?


 まだ情報を処理しきれてもいないのに、状況が目まぐるしく変わっていく。悠長に考えている余裕がない。頭がいつもより回らない。


 誰か、誰か他にいないのか? このままじゃ如月は殺される。次は沖嶋で、その次は俺だ。すぐに全滅する。


 冒険者は? 戦える奴は?


 いや、そうだ、俺だ。きっと今の俺なら。だが何が出来る? 確認してる余裕がない。時間がない。


 もう、間に合わ


――大丈夫


 え?


――みんな、守って


 なんだ?


――ゼリービーンソルジャーズ!




 激しい音と光。

 ゲームのような美しく目に悪いエフェクトをまき散らして、いつの間にかそいつらは立っていた。

 輝く光の残像が、その七体の姿を暗闇の中で浮かび上がらせる。


 体長は恐らく120cmほどだろうか。小さな子供くらいの大きさだ。

 外見は極めてシンプルで、巨大なゼリービーンズを胴体に、恐らく胴体と同じ素材であろうツルツルとした手足がくっついている。首や頭はなく、直立二足歩行。それぞれの手にはこれまた同じ素材のように見える剣や槍などの武器を握っている。

 ゼリービーンズを縦向きにして巨大化したものに、手足をくっつけて武器を持たせた兵隊。簡潔に言い表すならそうなるだろう。

 あとの特徴と言えば、ゼリービーンズらしいカラフルさだろうか。赤、青、緑、黄、紫、白、黒で七体全て色が違う。


 こいつらが


「ゼリービーンソルジャーズ」

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