episode1-2 ダンジョンアサルト

 堀口との一件以降は特に何事もなく昼休みは過ぎていき、食後の退屈で眠気を誘う五限目を終え、これから今日最後の授業である歴史総合が始まるところだ。主に男子生徒たちから美人と評判の有栖ありす先生が教壇に立って教科書を開く。

 最近の歴史総合の授業は大変革以降の世界情勢に触れており、俺たちのような現代人にも無関係ではないことが多く中々面白い。


「さて、本日の授業では大変革によって生じた変化の中でも、世界中に大きな影響を与えることになったダンジョンについて教えていきます。ですがその前に、念のため一つおさらいをしておきましょう。そうですね……、では樹霧きぎりさん。大変革とは何でしたでしょうか?」

「はい! えーっと、大変革、大変革は……」


 緑髪を後ろの下の辺りで二つに結んだ、天真爛漫という言葉がよく似合う活発な女子生徒が、大変革という単語をしきりに口にしながら教科書のページをペラペラとめくっていく。


「あった、大変革! 2020年10月24日に起きた人類史上初めての現象です! この大変革によって私たちの世界は大きく変化することとなり、また様々な発見がなされることとなりました! これまでの物理法則が根底から覆されるような発見や、停滞していた技術の飛躍的発展、そして現在の科学では解き明かすことの出来ない現象や物質の大量発生など、今なお解明されていない不可思議で奇妙な謎は数えきれないほど存在します! そうしたとても大きな変化が発生した日、そしてその変化そのものを、大変革と呼称することになりました! です!」

「はい、よくできました。今回の授業でお話するダンジョンはその大変革によって生じた変化の代表的なものですね。えー、それではまず世界最初のダンジョンの発生から――」


 今から7年前の秋、この世界には滅びの危機が訪れたらしい。人々を襲う化け物が世界中に溢れかえり、その親玉が人類を滅ぼそうとしたのだとか。

 当時の俺はまだ10歳で、あの大騒動について、まるでアニメや特撮の出来事みたいだとどこか他人事のように感じていて、大変なことが起きているのだと実感したのは全てが終わった後、戦いの余波で滅茶苦茶になった町で不便な生活を強いられるようになってからだった。


 怪物たちを打ち倒し滅びの危機を回避した代償として生じたのが、大変革と呼ばれる世界の変化。俺がまだ子供の頃は魔法や超能力なんてものは空想の世界にしか存在しないもの、少なくとも表向きはそのように信じられていたが、あの日以来世界中でそうした特殊な力を扱える者が次々と現れ、その力、異能は人々に広く認識されることになった。

 一口に異能と言ってもその種類は多岐にわたり、例えば呪文を唱えることで何らかの現象を発生させる魔術のようなものや、念動力や瞬間移動と言った超能力、ほかにも悪魔を使役する力やフレームと呼ばれる特殊な装備を扱う力など、本当に千差万別だ。

 そうした異能を使う者は例えば魔術師だとか超能力者だとか個別の呼び名もあるが、総称してホルダーと呼ばれている。異能を持つ者、だからホルダー。堀口と口論した時に言及した冒険者というのもこのホルダーの一種だ。

 逆に一切の異能を持たない普通の人間をノーマルと呼ぶ。


 余談だが、大変革によってもたらされたのは何も異能だけではない。樹霧が読み上げていたように、停滞していた技術や研究が飛躍的な発展、進捗を見せたり、外見が変化する人間が現れたりと、本当に短い間に大きな変化が起きすぎて、当時の社会は相当なパニック状態に陥ってらしい。

 俺のクラスメイトも大半は頭髪の色が黒ではなく非常にカラフルだが、それは染めているのではなく大変革によって生じた肉体の変化だ。中には目の色まで変わっている者や、肉体の形状が変化した者、獣人と呼ばれるような動物の特徴を有する者などもおり、大変革前の標準的な日本人の外見をしている者はほとんどいない。

 人間は自分たちとは異なる存在を異物として恐れ排除しようとするものだが、世界中の人々が一斉に、それも十人十色の変化をしてしまえば、何が多数派で何が少数派なのかもわからなくなってしまう。もしそうした外見の変化がほんの一部の者にだけ現れていたのなら迫害の対象にでもなっていたかもしれないが、何を迫害すれば安心なのかもわからないほどに世の中は大きく変わってしまった。


 結果として人類社会は大きく混乱しながらも致命的な失敗を犯すことはなく、少しずつ変化へ適応し始め、今となっては大変革でさえも歴史の一部として受け入れられ、日常の中に溶け込んでいるのだった。


 この辺の話は中学でも散々やったし、高校に入ってからも歴史総合の授業で何度も触れられている。当初は何回同じ話をするんだよとうんざりしたものだが、ああいう樹霧みたいな学生がいることを知ってからは先生も大変なんだなと感じるようになった。


「――と、このように一見ダンジョンとはコンピューターゲームに登場するものに類似しているように見えるため、発見当初は神の恵みや財宝の眠る場所だという声が大きかったですが、調査を繰り返す内にそれらは全く見当違いであるということがわかりました」


 今時、少しネットなり図書館なりで調べればそれは簡単にわかることだ。大変革以降の歴史はとても面白いし興味をそそられるが、だからこそ俺は授業で教わるまでもなく自分で調べてしまっている。

 ダンジョンについても、一応先生の話に耳を傾けているが内容はすでに知っているものばかりだった。もっとも、時折入る先生の持論や推察は面白いし、知っている内容だからと言ってノートを取らなければ成績に響くだろうからサボるつもりはない。俺は優等生だからな。


「では、ダンジョンとは何なのか。知っている人はいますか?」


 少なくとも、委員長と堀口は知っているだろう。前者は勤勉で成績も優秀だし、その程度のことは予習してきているはずだ。後者は冒険者なのだから、まさか知らないということもないだろう。当然、俺も知っている。枡米の言っていた通り、俺は少しばかり異能やホルダーについて詳しい。平定者を目指すうえで、色々と調べているうちに自然と知識は身についていた。


「はい」

「では委員長、お願いします」

「ダンジョンとは異世界から送り込まれた侵略兵器です」

「はい、正解です。流石ですね」


 誰も名乗りでないまま数秒が経過したところで委員長が手を上げて淀みなく回答する。いつもの光景だ。知っているからと言ってわざわざ自分から手をあげるような生徒は高校にもなると珍しく、大体沈黙の時間が流れたあとに委員長が答えてくれる。だったら最初から委員長がすぐ答えれば良いのではないかと思いそれを尋ねたこともあったが、もし答えたい人がいたら機会を奪ってしまうのは申し訳ないですから、と遠慮がちに笑っていた。


「異世界の存在は皆さんもご存じですね? 大変革の原因となった世界の滅びとは、異世界との衝突を指していたというのは有名ですね。ダンジョンを使って攻めてきているのがその時の異世界なのか、また別の異世界なのかは明らかになっていませんが、少なくとも、私たちとは異なる世界の住人がこの世界を侵略するために送り込んできた兵器、それがダンジョンなのです」


 ゲームやフィクションのように、敵を倒して奥へと進み踏破すれば金銀財宝が手に入る、なんて単純明快な代物なら夢があったが、現実と言うのは非情なものだ。

 当時の冒険者たちの手記はノンフィクションの本として世界中に販売されており、本当に脚色されていないのかはわからないが、いくつかの本を照らし合わせていけばある程度実態は把握できる。


 ダンジョンが世界各地に発生した当初は、それがよくある創作のイメージのダンジョンだと信じて疑わない者が喜び勇んで中へと入っていった。実際、どういう原理か知らないがコンピューターゲーム染みた部分はあったようで、ダンジョンに入場した者は「レベル」と「クラス」、そして「スキル」を与えられ「冒険者」となる。それによって確信を深めた先駆者たちは意気揚々とダンジョンを進んでいき、途中地球では見たこともないような生物と相対してこれを殺害し、そして進んで行った先で大半が命を落とした。


 ダンジョンとは侵略兵器だ。そしてその中には、異世界の軍隊が待ち構えている。ダンジョンの中を巡回する兵士は少人数かもしれないが、深部まで進めばそこには、敵軍の本隊が待機している。


 勇気ある最初の冒険者たちは異世界の軍隊によって滅ぼされた。

 ダンジョン攻略とは、一攫千金の宝探しなどではなく、戦争なのだ。


 ただしダンジョンの中には異世界の資源が眠っていたり、敵の軍が駐留しているからには当然物資も存在する。そしてダンジョンを支配するコアと呼ばれる未知の物質も。

 コンピューターゲームのように宝箱を探したりというのとは少し違うが、ダンジョンを踏破・制圧することが出来れば、ある意味財宝を手に入れたとも言えるだろう。とくにダンジョンから採取できる資源は、ダンジョンへ挑んでちまちま掠め取るのと制圧して本格的に伐採や採掘をするのとでは効率が段違いらしい。

 もっとも、それを夢のあるダンジョン攻略と言えるかは微妙なところだろ思うがな。結局のところそれは、反撃という大義名分はあるにしろ暴力による略奪だ。夢見がちな少年少女の求めるようなキラキラとした華々しい世界とは程遠いのではないだろうか。


「ダンジョンに入るためには冒険者の免許を取得する必要がありますが、この免許は16歳から取得することが出来ます。高校二年生のみなさんは年齢的には免許を取得できるということですね。ただ、未成年の場合試験の基準が通常よりも厳しいので、実際に未成年で冒険者の免許を取得する子はそれほど多くないようです」


 まあ、それも理由の一つかもしれないが一番の理由は別だろう。俺もネットで試せる模擬試験は受けてみたが、しっかりと勉強していれば無理難題というほどじゃない。


「また、冒険者には兵役の義務があります。とは言っても外国との戦争などではなく、ダンジョン内で発生する戦争、つまり異世界との戦争ですね。ダンジョンが発生してから異世界の軍隊が本格的に動き出すまでにはそれなりの時間がありますので、その間は許可を得られればダンジョンの攻略が可能です。一方で本格的な戦争が始まった場合、徴兵令には従う義務があります。ですので、皆さんの中にもこれから冒険者を志そうという方がいるかもしれませんが、よく調べ、よく考えた上で決断するようにしましょう」


 恐らく今、先生はあえて説明しなかったことが一つある。

 それは未成年の冒険者は兵役義務が一時的に免除されるということ。

 成人すれば当然義務を課されるが、未成年の内は徴兵令を受けることなく自由に活動することが出来る。そのため、中には学生の内だけ冒険者をやって成人したら免許を返納しようと考えている馬鹿もいる。そんな馬鹿にでも思いつくような抜け道が存在するわけもなく、免許を返納したとしても一定期間は兵役義務を課される。よく調べもせずにそういう馬鹿な失敗をしないよう、あえて説明せずによく調べるよう言ったのだと思われる。


「そして最後に、未成年が冒険者の免許を取得するには保護者の同意が必要になるので、どうしても冒険者になりたい子は親御さんによく相談してくださいね」


 そう、未成年冒険者が少ない理由の大部分は恐らくこれだ。

 子供を好き好んで戦争に送り出す親など、いないとは言わないが極めて少数派であることは間違いないだろう。それもかつての世界大戦のようにそうせざるを得ないのではなく、普通に生きようと思えば戦争などとは無縁に生きられる時代でだ。


「本日の授業はこれで終了です。何か質問があればこの後聞きますね。次回は異能全般についてお話するので楽しみにしていてください。それではみなさん、一日お疲れさまでした」


 授業終了知らせるチャイムを聞いてから、有栖先生はそう締めくくって大きく一つ礼をした。すると先ほどまで静かに授業を聞いていた生徒たちがガヤガヤと賑やかに会話を始め、何人かの生徒が先生のもとに足を運び質問を投げかける。


 そうして掃除やHRは過ぎていき、あっと言う間に下校時刻を迎えた。

 急いで帰り支度をする者や、友人と喋りながらクラスを出ていくもの、部活に向かう者など様々だ。

 俺はと言えば、この後バイトがあるがまだ時間に余裕はあるため、のんびりと帰り支度をしている。


「氷室、ちょっと今良い?」

「沖嶋か、何か用か?」


 帰り支度を終えて歩き出そうとした俺を、沖嶋が呼び止めた。


「んにゃ、大したことじゃないけど、ほら、昼の堀口の件でさ」

「あぁ、手間をかけさせて悪かったな。俺も少し頭に血が上ってたみたいだ」

「いや、俺は別に全然良いって言うか何度でも仲裁はするけどさ、流石に殴り合いは、な?」

「……釘を指すなら俺じゃなくて堀口にしろよ。今回だってあいつが喧嘩売って来たの、お前も見てただろ?」

「そうしようと思ったんだけど、あいつすぐ帰っちゃったし」


 そう言われて教室を見回してみれば、確かに堀口の姿はすでになかった。

 確か、平日も冒険者として活動してるんだったか。大した元気だ。俺を目の敵にしていなければ素直に関心出来るんだがな。


「氷室が悪くないのは俺もわかってるけどさ、まあ、頼むよ」


 いかにも申し訳ないと言う声音で頭を下げる沖嶋に、まるでこちらが悪いことをしているような気分になってくる。

 教室に残ってる生徒にも何事だと見られてしまっている。人気者の沖嶋が騒動を起こした相手に頭を下げている状況が物珍しいのか、あるいは俺が非難の目を向けられているのかもしれない。


「ああ、考えておくよ」


 悪気はないんだろうが、なんだかな。


「ちょっと氷室! 沖嶋くんがこんなに頭下げてお願いしてるのに何その態度。感じ悪くない?」

「ちょ、りりちゃん、俺は大丈夫だから。氷室も呼び止めちゃってごめんな。また明日な!」

「じゃあな」


 クラスの中心的グループの一人である、金髪サイドテールに気崩した制服の女子生徒、如月きさらぎ りりがこれでもかと怒ってますオーラを放ちながら刺々しい言葉を投げかけて来たが、俺がそれに反応するよりも早く沖嶋が如月の前に立って嗜め、軽くこちらを振り向きながら手を振った。

 そんな沖嶋の様子を見て、クラスの中心人物というのも案外大変なのかもなと若干憐れみを覚えつつ、返事をして歩き出そうとした、その時


 昼休みの机の揺れなど比較にならないほどの大地震が突如発生し、クラスにいた面々は俺も含めて全員が立っていられなくなって床に転がった。


 そして次の瞬間、床が抜け、いや、床だけじゃなく天井や机に至るまで何もかも消えて、俺たちは落ちていく。


 内臓がシェイクされるかのような、不愉快な浮遊感。


「近くの奴に掴まれ!! 絶対一人になるなっ! ダンジョンアサルトだ!!」


 俺に出来たのは、そうやって警告を発するだけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る