第34話 タダで助けろってわけじゃないだろうな

 女についていくと、辿り着いたのは通路の中央にぽっかりと空いた落とし穴だった。

 穴の下からはモンスターのものと思われる無数の雄叫びが聞こえてくる。


「落とし穴トラップからのモンスタールームだな」


 ダンジョンに時折発生する、凶悪なトラップの一つ。

 それが落とし穴とモンスタールームの組み合わせだ。


 モンスタールームというのは、その名の通り魔物が大量に配置された部屋のこと。

 入り口から入ってしまった場合は回れ右して逃げることも可能なのだが、落とし穴で強制的に部屋に落とされた場合は四方八方から魔物に囲まれて逃走すら不可能だ。


「たった一人でこの階層まで潜ってくるなんて、間違いなく高レベルですよね!? 仲間たちを助けてくださいっ!」


 女が涙目で訴えてくる。

 俺は訊いた。


「報酬は?」

「え?」


 俺の問いが予想外だったのか、女は目を丸くする。


「報酬だ。まさかタダで助けろってわけじゃないだろうな?」

「も、もちろん、相応の報酬は出します……っ!」

「5000万ゴルドだ」

「ごっ……5000万!?」


 女は頓狂な声を出した。


 ゲームではこのイベントのクリア報酬、助けた彼女たちから貰える100万ゴルドだったのだが、今の反応からして恐らくそれと同等程度に考えていたのだろう。


 しかし考えてみろ。

 モンスタールームに飛び込んでの加勢は、命懸けの行為だ。


 その報酬がたったの100万ゴルド?

 どう考えても割に合わない。


 ゲーム時代なら死んでも生き返るからまだよかったが、これは現実だ。


「い、今はそんな場合じゃないですよねっ!? 仲間たちがピンチなんです! そんなときにお金の話なんてっ……」

「あ?」


 こちらを非難してくる女を、俺は睨みつけた。


「どの口が言ってるんだ? 一人だけ落下を免れたはいいが、怖くて自分だけでは加勢に向かえず、通りがかりの赤の他人に助けを求めたような人間が偉そうに他人を非難できるのか?」

「っ……で、でも……5000万ゴルドは……ようやく冒険者として軌道に乗ってきたばかりの私たちには……」

「5000万ゴルドはお前の仲間たちの命の値段だ。そう考えたら安いもんだろう。ここまで潜ってこれるってことはレベル40前後くらいあるだろうし、生きていたら5000万ゴルドなんて余裕で稼げるはずだ」


 こんな交渉をしている間にも、刻一刻と仲間たちが疲弊しているに違いない。

 女は意を決したように叫んだ。


「わ、分かりましたよっ! 払います! 5000万ゴルド! だから助けてください!」

「よし、言質は取ったぞ」


 そう言い残して、俺はその穴へと飛び込んだ。


 かなり広い部屋だ。

 そこに全部で百体を超える魔物が蠢き、たった数人の人間たちを追い詰めている。


 人間たちにとって幸運だったのが、単にだだっ広いだけの部屋ではなく、地面から生えてきたような大きな岩があちこちにあって、それを上手く利用しながら戦うことができる点だろうか。

 もしそれがなければ、大量の魔物が四方から殺到してあっという間にすり潰されていたに違いない。


「〈気配隠蔽〉」


 俺は気配を消しながら地面に着地する。

 と同時に、落下しつつ詠唱していた魔法を放った。


「〈フリージング〉」


 良い感じに重なり合ってくれていたので、数体の魔物がまとめて『凍結』する。


「なんだ!?」


 驚いているのは、『凍結』した魔物に群がられつつも、大きな盾で身を護り必死に耐えていた大柄の男。

 装備から考えて恐らく【騎士】だ。


 本来なら彼が盾役として魔物を引きつけ、他のメンバーたちを護らなければならないはずだが、陣形を維持する余裕すらなかったのだろう、彼の周囲には誰もいない。


「【騎士】はHPも防御値も高い。放っておいてもしばらくは耐えられるはず。『凍結』で多少マシになったし」


 そう判断しつつ俺が真っ先に加勢に向かったのは、岩の上で絶叫している女冒険者のところだ。


「いやああああっ! まだ死にたくないんだけどおおおおおっ!」


 岩をよじ登ってこようとしている魔物へ、必死に矢を放って射落とそうとしている。

 恐らく【弓士】だろう。


 俺はその岩に群がっている魔物へ、背後から斬撃をお見舞いしていった。

 幸いこの女が魔物の注意を完全に引きつけてくれているため、〈気配隠蔽〉を使っている俺は気づかれずに攻撃し放題である。


「えっ? なんか勝手に魔物が死んでってる……? いや、違う……誰かが攻撃してる? なんか分からないけど、助かるかも!?」


 そうしてある程度の魔物を倒したところで、〈気配隠蔽〉の効果が切れてしまった。

 そうなると魔物が俺の存在に気づいて、こちらに殺到してくる。


「いったん逃走だ」


 俺は踵を返し、その場から逃げ出す。

〈逃げ足〉のお陰で敏捷値が上昇し、多数の魔物を引き連れながらモンスタールーム内を走り回り、


「〈フリージング〉」


 隙を見てどんどん〈フリージング〉を発動していく。

 魔物を『凍結』させることにより、少しでも同時に相手取る魔物を減らす作戦は、このモンスタールームを攻略する上で非常に有効なのだ。

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