第10話 この状況で笑ってやがるぞ
「~~~~ッ!?」
〈暗闇のナイフ〉が、レッドキャップの胸に突き刺さる。
レッドキャップはその場に膝から崩れ落ちた。
「えっ、やったの!?」
「す、すげぇ、ユニークモンスターを倒しやがった!?」
リーネたちが叫ぶが、無論、レベル39の格上モンスターを、こんなに簡単に撃破できるはずもない。
連撃の直後、急所にお見舞いした一撃のおかげで、一時的なスタン状態になっているだけだ。
まだまだHPは一割も減っていないはず。
しかもこちらの〈超集中〉はクールタイム中だ。
レッドキャップの方が先にスタンから回復してしまうため、このままでは対処できない。
「死にたくなければ三人そこで並んで壁を作れ!」
「ど、どういうこと!?」
「いいから早く並べ!」
「は、はい……っ!」
俺の有無を言わさぬ命令に、横一列に並ぶ三人。
その直後に身体を起こしたレッドキャップは、警戒した様子でキョロキョロと周囲を見回す。
俺を捜しているのだ。
だが〈気配隠蔽〉を使い、三人組の背後に隠れた状態の俺は、そう簡単には見つからない。
最大の難敵が俺であることは理解しているだろう。
そのためどこから襲い掛かってくるか分からず、異常に警戒しているのだ。
その間にもクールタイムの時間が過ぎていく。
このままあと10秒、警戒するだけで動かなければ助かるのだが、さすがにそう上手くはいかなかった。
痺れを切らしたレッドキャップは、先に三人組を片づけようと考えたのか、猛スピードで躍りかかってきた。
もっとも、これも完全に想定内だ。
「「「ぎゃああああああああああああっ、来たああああああああっ!?」」」
「〈ウィンドソード〉!」
「グギェッ!?」
まんまと餌に引っかかったレッドキャップに、俺は猛烈な風をお見舞いしてやった。
レッドキャップは凶悪なモンスターだが、小柄で体重は軽い。
そのため〈ウィンドソード〉が非常に効果的なのだ。寸前にこれを奪えたのはめちゃくちゃラッキーである。
「今あたしら囮にしなかった!?」
「そうだが? それが何か?」
無論この程度では大したダメージにはならない。
素早く身を起こしたレッドキャップは明らかに激怒した様子で、今度は壁を蹴りながらジグザグに向かってきた。
先ほどは真っ直ぐ向かってきたから〈ウィンドソード〉で吹き飛ばせたが、これでは同じ手は使えない。
「さすがレベル39のユニークモンスターだな。知能が高い」
ゲーム時代でも、レベルが高くなるほど知能が高くなるようで、戦闘中に学習して行動を変えることがあった。
ダンジョンのボスやユニークモンスターは、さらにその傾向が強い。
「感心してる場合!?」
リーネが叫ぶが、彼女たちのお陰でクールタイムが終了し、俺は再び〈超集中〉スキルを使用する。
だがそこでレッドキャップが予想外の行動を見せた。
「っ……単発攻撃かっ!」
先ほど連続攻撃の後の隙を狙われたことから、単発攻撃に切り替えてきたのだ。
こうなる可能性は考慮していたが、まさかこんなに早く対応されるとは思っていなかった。
正直こちらの方が厄介だ。
なにせ明確な反撃の隙がない。
「くくくっ! いいねぇ、この感じ!」
そんな状況だというのに、俺は口端が吊り上がるのを押さえられなかった。
「ひっ……あいつ、この状況で笑ってやがるぞ!?」
「やっぱりヤバいやつなのよ……っ! あたしたち何でこんなのに手を出そうとしちゃったのよっ!」
ラウルたちが悲鳴じみた声を上げる中、血濡れのナイフが首皮一枚を掠め通り、背中がぞくりとする。
〈超集中〉状態であっても、回避は本当にギリギリだ。
レッドキャップはレベルの割に攻撃力が低いとはいえ、こちらのHPも防御もそれ以上に低い。
一歩間違えると即死しかねない状況である。
ゲームなら死んでもやり直せるが、この世界はそうもいかない。
しかもこのまま防戦に徹していてもジリ貧だ。
〈超集中〉もあと10秒で切れてしまう。
俺は勝負に出た。
「はっ!」
「ッ!?」
非常に難しいタイミングながら、レッドキャップの攻撃を躱しざまにカウンターを放ったのである。
ナイフの切っ先が、辛うじてレッドキャップの頬を掠めた。
そこから俺はカウンター攻撃を何度も繰り返す。
ただ、いずれも身体の表面を僅かに斬り割くだけで、この程度ではほとんどダメージになっていないはずだ。
正直これが限界だ。
これ以上深く斬り込むと、こちらがやられかねない。
「お、おい、このままじゃ負けちまうぞっ!? どうする!?」
「ていうか、今のうちに逃げたらいいんじゃない!? それしかないでしょ!」
「確かに! あの化け物を引きつけてくれている今しかねぇ!」
ラウルたちが逃走を試みた、そのときである。
「……よし、入った」
レッドキャップの頭を覆うように、黒い靄が発生したのだ。
状態異常の『暗闇』である。
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