第17話
静かに聞いていた祇鏖は最後まで聞いて、深く頷いた。
「そうか、色々と考えてくれていたんだな・・・・・・ありがとう」
そう言ってふたりの頭を撫でた。
「だがな、慈雨。お前が囮になる必要は無い」
そうだった、俺としたことが失念していた、と祇鏖はある方法を思い出していた。
「え・・・・・・そうなの?」
「ああ、お前のお陰で良い方法を思いついたよ」
不安気な顔をした慈雨の頬を撫で、祇鏖は不敵な顔で笑った。
それから二日ほどして艶鵺が帰って来た。否、帰って来させられた、と言った方が正しいかもしれないが。
祇鏖は艶鵺からマメに連絡と報告を受けていたのである程度、悪ガキ達の状況は把握していた。しかし今回はそれらは後回しにして、目の前の事を片付ける事にした。
「全く、俺としたことが貴様の仕事を失念していた」
「ハハハ、まあ確かに"本業"の方は最近とんとご無沙汰ですしねえ」
艶鵺は朗らかに笑った。艶鵺の本業は陰陽師であった。最近はもっぱら霊能者として依頼を受ける方が多いが。
朝、慈雨と桃瑠、そして祇鏖と艶鵺がナカヨシヤに居た。
「それじゃあ慈雨君、桃瑠君コレに息を吹きかけて」
コレ、と艶鵺が差し出したのは奇妙な形の紙片。見ようによっては人の形に見えるそれを前に、幼いふたりは不思議なものを見る目で興味を示していた。
「え、ナニコレ面白い形してるー!」
「わあ・・・何ですか、コレ?」
「
そう説明すると、ふたりは感心したように人形をもう一度覗き込んだ。
本来のヒトガタは、人間のシルエットに切り抜かれた紙片に息を拭きを吹きかける事でその人の厄を引き受けてくれる、身代わりになってくれるものなのである。
しかし、艶鵺のソレは息を吹きかける事でその吹きかけた人間に化けて、身代わりになってくれるのである。
だが残念ながら姿形を真似る事が出来るだけで、当然だが自我は無い。しかし簡単な命令なら聞けるので、このヒトガタ達には登校するフリをしてもらうのである。
こうする事で、猿達を誘き寄せて最終的に狒々を引き寄せるのだ。
「まあ、後は俺の"力業"なんだがな」
二、三百年封じられていた狒々に、後れを取るような事は無い自負はある。
慈雨と桃瑠はそれぞれ、手にした人形に息を吹きかけた。静かに息を吹きかける慈雨と、勢いが良すぎて人形がブルブル震える程息を吹きかける桃瑠。
どんな息の吹きかけ方をしても、人形は正確にふたりの姿をかたどりパッ、と見ただけでは見分けがつかない程である。
「う、わ~~~、ボ、ボクそっっくり!」
「・・・・・・え、わ・・・スゴイ」
ふたりはまるで鏡で映したようにそっくりな人形に恐々と、しかし興味津々で覗き込んでいた。
「・・・さて、ではふたり共通学路を行って校門に着いたら帰って来るんだ」
安全の為に登校時間を過ぎ、既に授業が始まっている時間を選んで作戦を決行した。ヒトガタ達は艶鵺が命令すると、スタスタとナカヨシヤを出て行き小学校へと向かった。
初日は流石に猿の気配は無かったが、二日三日と続けていると監視の猿がちらほらと姿を現し始めた。
何をするでなく、屋根の上からただじっ、と此方を見下ろして来る猿。無機質な表情だが、何処かじっとりとした視線は気持ちが悪い。
しかし、大した動きが無いままに金曜日になった。その日は好矢見町側でも、朝から雨が降っていた。
今日此方で降る雨は霧のように細かくて、絶え間なく降り注いで思いの外肌寒い。
人形達は何時もそうするように、今日は傘をさしてナカヨシヤを出た────。店から数歩出た場所、頭上にふ、と影が差したと思った瞬間大きな人に似たシルエットが彼らの頭上を飛び越え、その眼前に現れた。
「でっ・・・・・・!!」
「ヒィッ・・・・・・!!」
その、灰色の巨体を見て店の奥に居た慈雨と桃瑠は息を呑んだ。
二メートルを優に超える巨体は歳経て灰色混じりの白い毛に覆われ、シワ深い赤ら顔は何処か人間の老人めいた風貌をしていたが、何処か醜悪で悍ましさを纏って、見る者に嫌悪を抱かせるような顔をしていた。
白目と虹彩部分まで真っ黒で、まるで眼窩がぽっかりとあいているようで、まるで虚無のようである。
口の両端が蟀谷の辺りまで裂けた────。否、ソイツは笑っていたのだ。獲物を見つけた嬉しさで、にんまりと笑ったつもりなのだろうが、傍から見れば嫌悪と怖気しか生まない。実に気持ちの悪い笑顔であった。
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