第16話

 相変わらず宵闇町では激しく叩きつけるような雨が町中に降り注いでいた。



 朝、慈雨達が学校に行く準備をしながら祇鏖と桃瑠と共に朝食を取っていた時。



「む、誰だ。こんな朝早くに」



 祇鏖の携帯が、軽快なメロディーを奏でながら着信を知らせた。

 携帯の画面にはヨシコの名前が出ていた。仕事場では無く、ヨシコである事に嫌な予感がしながらも電話に出る。



「もし、どうした」



 すると、ヨシコが電話の向こうで恐ろしい事を告げた。



『大変よ、ケイタ達がさっき猿を見た、って言うの』

「何だと・・・・・・」



 集団登校の集合場所としても機能しているナカヨシヤの前でたむろしていた子供達数人が、屋根の上で此方をジッと見つめる猿を目撃したと言うのだ。

 勿論、宵闇町に住む子供達は皆慈雨の事情を知っている。



 もし、猿を目撃したら必ず宵闇町の大人に報告するようにお願いしていたお陰で、お願いを覚えていた子供達はヨシコに報告してくれたのだ。



「そうか、分かった・・・・・・ああ、慈雨、桃瑠待て」



 会話の途中、学校に行こうとしていたふたりを祇鏖は引き留め、そうしてからヨシコとの会話を続けた。



「仕方ない・・・・・・こうなったら、取り敢えず慈雨を暫く休ませる」

『ええ、分かったわ』



 そうして通話を切ると、祇鏖はふたりに向き直る。



「慈雨、とうとう此方に猿が出たようだ」


「えっ・・・・・・!」

「ハアッ⁉ マジで⁉」



 ふたりがそれぞれ反応する様子に静かに頷く。



「ああ、マジだ。だから慈雨は暫く学校を休んでくれ、学校には俺が連絡を入れておく」

「うん・・・・・・」



 今にも泣きだしそうな顔をする慈雨に、祇鏖はその大きな腕を伸ばした。



「大丈夫だ、言っただろう。お前は俺が守る」

「! うん・・・・・・」



 その小さな身体を引き寄せ、祇鏖は己の膝の上に座らせた。そして、その利発そうな白い額にそっ、とキスをして慰めた。

 学校にしばらく休む連絡を祇鏖がして、その後仕事に行った。



 本当は行きたくない、と言うのが分かる雰囲気だったが慈雨は健気にも祇鏖を送り出し、桃瑠とふたりになった。



「・・・何か急におやすみになっちゃったね」

「ね。お昼とかどうしよっか?」



 祇鏖からはなかよし商店街の方には行かないように言われてしまったが、平日は学校で給食を食べる為昼食になりそうなものを普段部屋には置いていない。



「まあ、宵闇町の中なら良い、って言ってたしお昼は駅ンとこ行こうよ」

「うん」



 そうしてふたりはその日、大人しく宵闇町で1日を過ごすのであった。



 数日は大した動きが無く、子供達から報告を受けた日以降猿の目撃情報が聞かれなくなった。



「・・・・・・う~ん、おさるさん達にはこのままお引き取りしてくれたらイイんだけど・・・そうはならないよねえ~」



 桃瑠がう~んと唸りながら嫌なことを言い出した。しかし、彼の言う事に一理あるのは慈雨も理解していた。



「うん、だからね・・・僕、考えたんだけど一度アイツらの前に出た方が良いんじゃないかな、って思ったんだ」

「えッ! 大丈夫なの⁉」



 慈雨の提案に桃瑠は驚いた。確かに、何時までもこのままにしておける問題ではない。遅かれ早かれ、そのうち何処かで決着を付けなければいけない日が来るだろう。

 穏便に・・・・・・なんて無理な話なのだ。



「祇鏖さんが・・・・・・みんなが守ってくれるでしょ?」

「!!」



 真摯な慈雨の表情に桃瑠はハッ、としたような顔になった。



「・・・ッ、うん! そうだよね、ちょっと気弱になってたよボク」



 流石に狒々を倒すのは無理だろうが、桃瑠にやれる事はある。その事を思い出して気の強い桃瑠は負けん気を発揮した。



「祇鏖さん達に作戦考えてもらわなきゃね」

「うん」



 ふたりは祇鏖が帰って来るのを待って、帰って来たらわっ、と駆け寄った。



「何だ、何だ」



 子猫が足元に纏わりつき、ご飯を寄越せとニャーニャー鳴くようにふたりが話し合った事を一生懸命伝えようとするが、距離があり過ぎて聞き取れない。



「済まんが、聞こえん。順番に喋れ」



 落ち着け、としゃがんでふたりを見た。しかししゃがんでも身長差が大きすぎて、差が縮んだように見えない。

 慈雨と桃瑠は一瞬お互い顔を見合わせ、桃瑠は慈雨の肩に自身の肩をトン、とぶつけて先に言うように促した。



「あのね、祇鏖さん・・・・・・」



 そう言って、慈雨は先程桃瑠に言った事を喋った。

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