第12話

 そう言った経年で溜まった煤汚れや、スープの豚骨等のニオイが店に染み付いて臭いとなってそれらがうっすらと辺りに漂っている。



「うぇぇ~~~、気持ち悪いよ~~~」

「ンだよ、お前豚骨ラーメンとか大好きじゃん。何ビビッてんだよ」



 呆れるナオヤにリョースケは涙目で力説した。



「こんなのはべ・つッ!」



 またも、ナオヤとユキオに笑われながらもリョースケはふたりの後ろを恐々付いて歩く。



「なあ・・・・・・」



 と、ナオヤが口を開きかけて三人の背後から若い男の声が被さる。



「コラッ! こんな所で何してるんだ!!」



「ぅわっ、やべっ! 逃げるぞっ!!」



 言うや否やナオヤが走り出したと同時に、ふたりも間髪入れず従って走り出していた。

 悪童三人衆、悪ガキ三人組と呼ばれるだけあってナオヤ達の逃げ足の速さは大したものである。ナオヤとユキオに至っては、運動会ではそれぞれのクラスでアンカーを務める程である。



「ああっ、コラーッ!」



 警備員姿の男が声を上げるが、追いかける気配は無い。申し訳程度に二三歩程走っただけで終わらせた。



「・・・・・・はぁー、ええっと」


 

 面倒なモノを見つけてしまったなあ、と思いながら警備員────小野皇慈おのこうじは肩の辺りに下げていた無線を起動させ、警備員詰所に居るであろう上司に向けて声を掛けた。



「ええっと、先程例の三人組の子供を見つけましたけど、逃げられました。ドーゾ」

『・・・無理に追いかけたり捕まえようとはするなよ』



 ザラザラとした無線特融のノイズ混じりの向こう側から、渋い声がそう言った。



「了解でーす」



 皇慈はそう言って踵を返した。

 逃げた子供達を追いかけるなんて面倒な事、言われたってやりたくない。

 この見回りが終われば後は退勤時間まで待機だ。見回りなんてさっさと終わらせて、詰所に戻っておやつを食べるのだ。

 そんな事を考えながら、彼は横町を出て行くのであった。



 

 バタバタと酔いどれ横丁を駆け抜けた三人は、商店街からも数メートル離れた場所で漸く止まって、少し振り返る。



「・・・・・・追いかけて来ねえな」

「子供相手だから深追いしてこないだけかもね・・・・・・」

「~~~ハア、助かったぁ・・・・・・」



 制服の警察官・・・・・・のようにも見えたが、もしかしたら警備員だったかもしれない。どちらにせよ、定期的に見回りしているのは確かだろう。



「廃墟じゃないのかよ」

「お店はやってなくても俺達みたいのが探検しにきたり肝試しに来るから、雇っているのかもね」



 ユキオが鋭い事を言って大きく溜息を吐いた。



「ええ~~~、どうするのぉ? 警察官の人に見つかったら今度こそタイホされちゃうじゃんっ!」

「警官じゃねえよ、警備員だろ。でもまあ、ヘタにヒロコ呼ばれても困るしなあ」



 ナオヤがヒロコと呼んだのは、自身の母親の事である。確かに、逮捕では無く保護扱いで捕まっても親を呼ばれてゲンコツからの、説教コースは確実である。

 しかもきっと小遣い減額、又は没収も確実だ。



「しょうがねえ、今日はもうこれで引き上げようぜ」

「そうだね、そうしよう」

「お腹すいたし、どっかでご飯食べて帰ろうよ」



 そんな会話を交わしながら、三人はバス停に向かうのであった。




「・・・・・・警報解除されたみたいですね」



 携帯を見ていた艶鵺はふ、と安堵の溜息を吐いた。警備員詰所には艶鵺の他に、祇鏖と先程戻って来た皇慈。そして、こっそり遊びに来ていた慈雨と桃瑠が居た。



「良かった~~~、もう大丈夫だって、慈雨」



 青い顔をしてパイプ椅子に座る慈雨の横で、同じく椅子に座って側に寄り添っていた桃瑠が、慈雨の背中を擦りながら顔を覗き込んだ。



「うん・・・・・・」



 慈雨は三人組、と言うかナオヤが嫌いだった。

 一年生の頃に同じクラスだったナオヤに霊感の事で弄られて、他のクラスメイトに苛められるようになったから嫌いなのだ。

 本人はきっと自分が原因になった何て思いもせず、『そんな変なコト言うからイジメられるんじゃん』などと言ったのだ。

 慈雨は実を言うと、霊感がそこそこ強い方であった。臆病なのに霊感が強い為苦労していたのをナオヤに見られてしまい、きっとナオヤ的にはビビりな慈雨を揶揄っただけのつもりだったのだろうが、クラスメイトからはコイツは弄っていい奴だと認識されたのは悲しかった。



 だから正直、転校すると分かった時はほっとしていた。もうイジメられなくて、済むからだ。



 おがみゃーさんから、男であるにも関わらず何故付け狙われるのか理由を教えて貰った。『貴方は霊感が強いのねえ。だからアレは貴方を食べて力を付けようとしているの』と。

 この宵闇町で暮らすようになって、益々霊感が強くなっている実感があった。

 それが良い事なのか悪い事なのか分からないけれど。



「今更・・・・・・どうして」



 慈雨の正直な感想であった。ナオヤは一年生の頃はオカルトのオの字も興味が無かった────むしろ怖い話は茶化したり馬鹿にしたりする方だった────くせに今更妖を調伏する力を手に入れてこっちにやって来るとか何のつもりだろうか。



「どうせ小学生の頃に一度や二度やって来る、オカルトブームが彼らの中で起こったんだろうねえ」

「しかもそこへやって来て妖を調伏する力を手に入れて浮かれてるんじゃないの~」 

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