第11話

 ヨシコは慌ただしい様子で店の木戸を閉めて店仕舞いを始めていた。



「アンタ達、危ないから帰んなさい!」



 緊急速報のメールの中に、彼らが妖を退治した実績らしきものが数件載っていたのだ。

 その事もあって子供達に何かしら危害でも加えられては堪らない。



 大半の子供達はヨシコに従って商店街に出る小さな木戸から出ていった。



「・・・ッ、ふー・・・・・・これで良し」



 ヨシコは木戸を閉めて、一見すれば店がやっていないようにした。認識阻害も含めた結界を張っている為、見破られるような事が無ければただ寂れた商店街の一角としてしか認識できない筈である。

 余程の非常識でなければ入ろうとはしないだろうが、しかしそう簡単に安心は出来ない。



 店内から外の様子を窺っていたら、三人がわいわい言いながら此方に向かって来るのが見えた。



「・・・・・・」



 ああして子供達が賑やかに此方に向かって来る姿は、ヨシコにとって何時も見慣れた光景だった。



 しかし、緊急速報が本当なら、彼らは妖を何件か調伏したらしい。一体誰がこんな子供に、妖を調伏出来る程の力を与えたと言うのだろうか。



「えぇ、っとぉ? な、な・・・なか・・・ナカヨシヤ?」

「・・・・・・駄菓子屋さん? え、駄菓子屋、ってお菓子いっぱい売ってるお店でしょ⁉」



 スゲー、スゲーと叫びながら、リョースケは目を更にキラキラと輝かせながらはしゃいだ。

 如何やら三人には駄菓子屋は珍しく映るらしい。そう言えば、慈雨も初めて此処に来た時は随分と戸惑った様子だったが桃瑠達が、ルールやマナーを教えてあげていたのはヨシコに取っては微笑ましいエピソードのひとつだ。



「でも残念ながらやってないみたいだね」

「定休日、って感じでもないし・・・・・・キッコが嘘を吐くとは思えないけど・・・・・・」

「ウソついてココまで来させられたらオレはキッコぶん殴るわ」



 如何やら誰かから情報提供されて、わざわざ此処迄足を運んできたようだ。



「なあ、宵闇町、ってドコだよ?どう見ても商店街やってねえじゃん」

「そこはキッコも知らないらしい」


 ユキオはしれ、っと言うのをナオヤは目を剝いた。



「はあっ⁉ オレらに探せってか? ぜんぜん時間足りねえだろ」

「まあそこは今回は下見、ってコトで」



 そこ迄聞いてヨシコはホッとした。

 流石に情報を提供した者も商店街及び、宵闇町の入り方迄は知れなかったようだ。



「ねーねー、商店街の中、歩いてみようよ!」


 リョースケの提案にふたりは頷いた。



「だな、とりあえず商店街ン中入って入り口探してみっか」

「そうだね、流石に時間が惜しい」



 まだ少し日が高い時間であるから、今から中に入ってもそこ迄の危険は無い。ただ廃墟の商店街を通り抜けるだけだ。

 しかし、流石に経年劣化による建物が荒廃した様子は多少、雰囲気はある。



「ボクねえ、ココの廃墟映像、ってのBouTubeで見たコトあるんだ~~~」



 リョースケが視聴したのも確かこれくらいの時間帯の廃墟映像であった。撮影機材を担いで、一人称視点でこの商店街の中をさ迷う二十分程の短い映像だ。



「お、じゃあ道案内できんの?」

「えー、ムリッ! 覚えてないもん」

「ダメダメじゃん」



 やっぱり、とナオヤとユキオはゲラゲラ笑った。子供達の笑い声は昼下がりの廃墟に響き渡る。

 ナオヤは昭和の頃の古い建築物に郷愁を感じる歳では無いけれど、こう言う雰囲気は嫌いではなかった。嘗ては此処で沢山の人が行き来して生活をしていたのだなあ、と思うと少し感慨深く感じた。



 実は別の空間では今でも商店街が存在していて、ナオヤが想像するような活気ある人と妖の営みが今も続いているのだと知れば、きっと驚くと同時に目を輝かせて喜んだだろう。



「あーあ、お腹空いたなあ~~~・・・ココがやってたらオソウザイ屋さん、ってトコでコロッケとか買い食いしてみたかったねえ」

「分かる~~~、テレビで見たけど美味そうだよなあ」



 三人が揚げたてのコロッケを食べられるとすれば母親が揚げてくれたものか、コンビニかスーパーマーケットでタイミングが良い時に置かれた惣菜コーナーのコロッケだけである。



 商店街自体が、最早彼らの中ではテレビの向こう側の存在なのである。

 実際に存在しているのは分かるが、実感が伴わないのだ。



「はっぴゃくや、ってなんだよ」

「やお屋さん。野菜とか売ってるお店だよ」

「あっ! こっちにパン屋さんあるよ! ゾウさんが帽子かぶってる~~~なんか、かわいいお店だね」



 三人は見慣れないお店に笑ったりテレビで見たと叫んだりと本来の目的をほぼ忘れかけたその時────。



「おいっ! こっちにスゲエ細い道あるゼ!」



 ナオヤが叫ぶ。確かに、総菜屋と肉屋の間に続く細い道。そしてそこから更にが見えた。

 きっとナオヤ達の住んでいる地域にこんな場所があれば、「絶対子供達だけで行ってはいけない場所」として先生や親達から口煩く言われそうな雰囲気である。



「お、おー・・・・・・どうする、行ってみる? 行ってみる?」



 行く気満々のナオヤの言葉にユキオは苦笑した。



「行かない理由はないでしょ」

「えぇ・・・スゴイ汚いよ、止めない?」



 確かに、バーやキャバレーのような店ばかりでは無く、どちらかと言えば飲食店の方が多いせいか焼き鳥屋やうなぎ屋の、煤などの汚れが目立って見えてそう言うものに慣れていないリョースケは不気味に見えていた。 

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