第7話

とうとう来た。



 三人はそう思った。身構えながらじっ、と本堂の襖を見詰める。



 ホーッ・・・ホーッ・・・。



 梟のような鳴き声ではない。昼間に聞いた、猿のようなものの鳴き声が聞こえる。



『ナオユキー、ここを開けてくれんかー』



 ふいに、本堂の外からの聞こえたのはナオユキ達の祖母の声だ。



『ヒッ・・・』



 誰からともなく息を呑むような小さな悲鳴を上げた。



 祖母の声によく似ているけれど、どこかのっぺりした声。

 勿論、ナオユキ達の祖母は襖を隔てて隣の部屋に居る。



 おがみゃーさんが言っていた。『決して声を掛けないから』と言っていたから、違う筈である。



 気持ち悪い・・・・・・ッ。



 慈雨は側に居たココネと抱き合う。



 なー、開けてー、開けてー




 そんな事を言いながら声が遠ざかる。何処かへ行った訳ではなく、開けてー開けてーの声がグルグルと本堂の周りを回り始めたのだ。

 しかも開けてー、の後にバンッ!と壁に何かを叩きつけるような音。



 開けてー、バンッ!開けてー、ドンッ!



 妙にリズミカルに聞こえる。しかしこんなのが一晩中続いたら、おかしくなりそうだ。


 

 必死に耳を塞いでいたが、それでも微かに漏れ聞こえて来る。

 ふと気づいたら、それらの音と声に被せるようにお経を唱える声が聞こえる。おがみゃーさんの声だ。



 もうヤダッ!怖いッ・・・何でこんな目に合わなきゃいけないんだ・・・・・・。



 半ば泣きながら布団に上半身を入れて必死に耐えた。

 怖くて怖くて・・・布団を被って固く抱き合っている間に気絶してしまったのか、気が付いた時には朝だった。



 雨戸が開いているのか、外が明るい。



 た、助かったんだ・・・・・・。



 生き残れたことにまた泣きそうになりながらよろよろと起き上がると、ナオユキとココネも寝ているのを確認して、頭上の時計を確認したら九時前であった。



『ココネちゃん、起きて』



 泣き腫らした顔で寝ていたココネを起こす。ココネは何とか目を覚ましたが、泣いたせいでなかなか目が開かないようだった。



『大丈夫?もう朝だよ』

『本、当・・・?』



 少し掠れたような声でココネが聞き返す。



『うん、多分・・・大丈夫』



 外が少し騒がしいが、きっと大人達が外に居るのだろう。



 ふと、ナオユキを起こしてやろうかと思ったが、失禁して寝ているのを見て触りたくないなと思ったから放って置く事にした。



 ふたりは襖を開け、庭に通じるガラス戸を開けると二人の両親はこちらに気付いて慌てて駆け寄って来た。



『出ちゃダメよ!』



 香苗の鋭い声にビックリして固まっていると、ハッ、とした香苗は慌てて言い直す。


『ごめんなさい違うのよ、今は外に出ないでね』



 そう言ってお坊さんの奥さん達に連れられて台所へと向かった。卵焼きとお味噌汁で朝ご飯を食べて、その後顔を洗う頃にナオユキが起きて来た。

 失禁していたのが恥ずかしかったのか、向こうは気不味そうにしていたがこちらはそ知らぬふりをしてあげた。



 前日に着ていた服を、髪の毛と共に燃やすのに渡して三人はそれぞれの家に戻った。



 帰る前に言われたのは、『もう三人は此処に来てはいけない』だった。



 特に慈雨とココネは暫くそれぞれの家に帰っても気を付けないといけない、と忠告された。

 それから速やかに帰るようにとも言われた。



 戻って帰る準備をしていたら、おがみゃーさんがやって来て大きなお札とお守りを渡された。



 中身は、慈雨が前日に着ていたパジャマと髪の毛を燃やして作ったお札とお守りだった。



 お札は慈雨の部屋の鬼門に貼り、お守りは肌身離さず身に着けるように言われた。



『貴方は狒々の神様に見初められてしまったの、狒々はとても狡猾で執拗だからまだ安心は出来ない。それから、身の回りで猿を見掛けるようになったら電話しなさい』



 と、父真治はおがみゃーさんと連絡先の交換をした。



 それから挨拶もそこそこに、慈雨は車に乗せられて田舎を脱出した。暫く車を走らせているうちに、はたと思い出した。



『あ・・・ママ、パパ! さくらは・・・さくらはどうなったの?』



 すると、両親は最初気不味げにしていたが、真治はぽつぽつと話してくれた。



 昨夜、開けてー、と言う声とドンッ、と言う音は彼等も聞いていたらしい。両親達も震えあがりながらも、子供達も頑張っているからと踏ん張っていた。

 眠れぬ一夜を過ごし、それから次の日の朝七時頃におがみゃーさんの許可が出たので外に出てみた。



 そこで、出た瞬間に吐き気を催すような凄まじい異臭がした。そしてお寺の至る所が赤いペンキ・・・では無く、血が飛び散っていてそれから何かの肉片らしきものが所々落ちているのを見て嫌な予感がした。



『・・・・・・』



 皆が無言になる中、おがみゃーさんが動き出したのでそろそろついて行くと庭のど真ん中でさくらの変わり果てた姿を見てしまったと言う。

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