第8話
きっと、リードを掴んでさくらの躯を振り回し壁に叩きつけながらお堂の周りを歩き回り、最後は中に入れなかった事への腹立ちまぎれに地面に叩きつけるか踏み潰すかしたのだろう。
それぐらいの酷い有様が大人達の眼前に広がっていた。
それを聞いた慈雨は泣きそうになったが、両親は責めたりせずに慰めた。
『慈雨、お前は悪くない。こればっかりはどうしようもなかったんだ』
時間稼ぎをして守ってくれたんだよと言っていたが、そんなセンチメンタルな事を信じていない妙なところで現実的な慈雨は何とか慰めようとする両親のちょっとズレた優しさに、無理やり頷くしかなかった。
それから家に着いてから言われた通り、お札は慈雨の部屋の鬼門に貼った。お守りは首から下げて身に着けた。
お風呂の時は濡れないようにビニールに入れたりと徹底した。
暫くは平穏だったのだが、夏休みが明けて少しした頃だろうか。残暑厳しい日々が続く中、香苗がご近所さん数人と偶然鉢合わせた時だ。
暑いわねー、何て定番の挨拶から始まりどう言った話の流れだったか、ご近所さんのひとりが。
『そう言えば最近サルをよく見かけるわね』
と、言いだした。それを皮切りにそう言えばそうねと皆が同意する中、香苗はこの暑さのせいではない、冷たい汗がツ、と落ちた。
『あ! ほらあそこ!』
誰かが指さす。誰かの家の屋根の上で、猿がこちらをじっ、と見ていた。
それからどうやって家に帰ったのか覚束ない足取りで家に帰った香苗が、真治が帰って来てからその話をして、急いでおがみゃーさんに電話した。
暫く話し合っていた真治が電話を切って、深々と溜息を吐く。
『・・・・・・どうだった?』
『うん・・・・・・』
おがみゃーさんはその後、色々と手を尽くしてくれていたらしく細いつてを伝い、漸く辿り着いたのが好矢見町の話であった。
妖と人間が共存している不思議な町。
其処に住む霊能者なら何とかして貰えるかもしれない、と言う希望的観測ではあったがそこから仲介してくれると言う霊能者を紹介され、何とか連絡を取れたらしい。それがつい先ほどの話とかで、運命を感じずにはいられない話だった。
その後話はとんとん拍子に進み、その霊能者が慈雨達の元にやって来たのがそれから数日後。
『初めまして、
顔の左側を前髪で隠しているが、一重の瞳の眼光鋭く只物では無い雰囲気を漂わせる男だった。
ピンストライプのダークスーツに身を包みながらも、この夏の暑さを全く感じさせない涼し気で不思議な印象の男は真治よりも歳若くも、年嵩のようにも見えた。
『え、宵闇町に!?』
『はい、木の葉を隠すなら森の中、みたいなものですよ』
と、慈雨を宵闇町で匿う事で暫く目隠しをする作戦を艶鵺は提案してきた。しかし、宵闇町は慈雨達が暮らしている街からは新幹線の距離である。仕事だって遠くなってしまう所か、下手をしたら転職しなければいけない。
『・・・・・・実は、私の実家が宵闇町で・・・』
と、真治は言いづらそうにしながら口を開いた。
すると艶鵺は驚きながらも明るく言った。
『おや、それなら丁度良いじゃありませんか。ご実家を頼っては?』
『いや、でも仕事が・・・・・・』
そういう風に言えば、艶鵺は呆れたような顔になり。
『ご自身の仕事と息子さんの命を天秤にかけますか』
そう言われても、中々難しいのが現実である。
しかし、最終的には引っ越す決心をした。
実際は、否応無しにする羽目になったのだが。
話し合いをしている最中、二階の慈雨の部屋の窓ガラスを割られたのが決心するきっかけになった。
窓ガラスを割ったのは、さくらの腐りきった頭部だったのだ────。
当時は祖母が健在だった事もあり、最初に慈雨だけを其方に向かわせて後から両親が来る予定だったのだがその数か月後に交通事故でふたりは他界した。
事件性も無く、動物を轢いてそのせいで起きた単独事故として処理されている。
轢いた動物は猿だったと警察から聞いている。
その後、祖母と祇鏖と共に暮らしていたがその後直ぐに祖母までが病魔に倒れた。
頑張ってはくれたが半年後、祖母は永眠した。
その時もやはり好矢見町外で葬儀を執り行った。
これも、好矢見町ルールのせいである。
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