第6話

『じうおにいちゃんッ!』



 半泣きのココネの涙声で慈雨は痛みを我慢して大急ぎで立ち上がり、ココネの手を引いた。



『走るよッ!』



 しかし困った事に、さくらが吠え続けて逃げようとするふたりに気付いていない。

 興奮するあまり慈雨がリードを引っ張ったり制止する声にも気付かないのか、ある一点に向かってさくらは吠え続ける。



『ダメだ・・・僕たちだけで逃げよう!』



 這う這うの体で逃げたふたりがココネ達の祖父母の家の前に来た時、何とナオユキは茶の間でおやつを食べていたのが目に入った。



『・・・・・・』

『・・・・・・』



 慈雨もココネも信じられないものを見た様な目でナオユキを見たが、ナオユキは惚けたようにそっぽを向いた。



『行こう、ココネちゃん。うちにおいで・・・・・・』

『・・・うん』



 ふたりは慈雨の祖父母の家に行った。帰ると皆は砂まみれの慈雨に大層驚かれてしまった。何せ、突き飛ばされた際に地に着いて擦りむいた両手が、結構な怪我になっていたのだ。

 何より、さくらを伴っていなかったのを心配された。

 最初、さくらが走り出すかして慈雨が怪我をしたと思われたのだ。



 嘘が付けない慈雨は先程あった出来事を正直に話した。それで顔色が変わった祖父母。祖父は大急ぎで祖母に誰かへ電話するよう命令し、自身もどこかへ行く為に飛び出して行った。

 訳が分からずおろおろする両親に、戻って来た祖母は優しくも厳しい声を掛けた。



『落ち着きなさい、両親がそんなおろおろしたら子供が不安になる』



 それで両親は青い顔をしつつ落ち着きを取り戻した。



『ねえ、お母さんこれから慈雨はどうなるの?』



 母香苗の質問に祖母は難しげな顔をした。



『今、おがみゃーさん呼んだから』



 おがみゃーさんとは、拝み屋さんの事だ。



『ココネちゃんのとこにも電話したから大丈夫よ』



 と、祖母は大人でも話が急展開過ぎて訳が分からず話にも着いていけない中、不安で押し潰されそうになっていたココネにも声を掛けた。



 祖父がライトバンにお坊さんを乗せて連れて来てから、それからは怒涛のように話が進んだ。

 三人を乗せ、運転中のライトバンの中で年老いたお坊さんがいきなりお経を唱え始めるものだから慈雨はびっくりして言葉を失くし、同じくナオユキ達もドン引きしていた。



 お経をBGMに、地獄のような車内でお寺へと連れて行かれた。



 お寺について先ず、駐車場についた三人は待ち受けていたナオユキ達の祖父に出迎えられた。そしてナオユキは問答無用で祖父にグーで殴り飛ばされ、大層怒られた。

 自分の思い付きで慈雨とココネを危険に巻き込んだのだから当然と言えば、そうだろう。



 そして三人は髪を切られた。



 慈雨とココネはショートヘアに。ナオユキは坊主頭になった。

 理由は、この髪の毛を使って身代わり守りを作るのだと言う。



「・・・・・・何でオレだけボウズなんだよ」



 ナオユキはぶつくさ文句を言ったが、祖父に睨まれそれ以上は黙るしかなかった。



 肩より少し長いくらいだった慈雨は、初めてのショートヘアに何だか不思議な気分になった。



 それから身を清める意味で風呂に入り、三人は早々に本堂に通された。



 すると、少しして小柄なお婆さんがタクシーでやって来た。

 この人がおがみゃーさんかな、と慈雨は考えた。やはりその通りだったようで、三人はこのお婆さんに挨拶させられた。



『はい、こんにちは』



 穏やかで、可愛いお婆さんだ、と慈雨は思った。



『大変やったね。でもまだまだこれからアンタらに頑張ってもらわんといけんからね』



 と、お婆さんの話を聞かされた。三人は先ずこのまま一晩この本堂で過ごさねばならない事。

 そしてトイレは準備したおまるにするよう言われた。どうやら何があっても出てはならないらしい。



『何でオレがでションベンしなきゃならねえんだよッ!』

『お前のは自業自得じゃろうがっ! 可哀そうなのは慈雨と女の子のココネじゃっ!』



 ココネの祖父がまた拳骨を、ナオユキの脳天に食らわせた。



 夕飯を軽く済ませるまでは皆が側に居てくれたが、時計の針が十九時を指し示そうとした時。



『良い?私達は一緒に居てあげられないけど、隣には居るからね』



 と、おがみゃーさんは優しく言った。




『朝の九時になったら三人で出て来るのよ、その間何があっても私達は声を掛けたりしないから、絶対襖を開けてはダメだからね』



 と、念を押されて三人は本堂に置いて行かれた。



 カッチ、コッチ・・・・・・本堂に掛けられた時計の、秒針の動く音がやたら大きく聞こえる。



 流石にナオユキもふざける気にはなれないのか、大人しい。

 三人の為に敷かれた布団の上でそれぞれ本を読んだりして過ごしていたら、針が二十一時を指し示す頃────。



 じゃりっ・・・・・・。



 庭の玉砂利が音を立てた。



 三人は同時に反応して、顔を見合わせた。

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