狒々の花嫁

第4話

「今日は何食べたい?」

「うーんとねえ・・・メンチカツ!」



 桃瑠にそう言われて慈雨はいいねと頷く。



「お総菜屋さんでメンチカツ買って、後はキャベツとー・・・」



 言いながら今日買う物を携帯のメモ帳に打ち込んでいく。

 ついでに二三日分のメニューと、祇鏖の深夜勤務の時の弁当のおかずも考えないといけない。

 何気に、これが一番大変だった。



「この辺深夜お店やってないもんね」

「そう。お昼はさ、商店街にも定食屋さんあるし、酔いどれ横丁もお昼からやってる所あるんだけどね」



 祇鏖は早出の時などはお昼はなかよし商店街や横丁で済ますが、晩ご飯は慈雨達と極力取るようにしていた。

 しかし好矢見町では黄昏時前にはコンビニすら閉店する。結界に守られている酔いどれ横丁ですら、零時には閉店していた。



 宵闇町に住んでいる住民は、帰宅時間が遅くなる高校生以上の者は車やバイクで通勤通学し、もしそれ以上遅く・・・所謂午前様になる場合はビジネスホテルに泊まる。

 極力好矢見町内に留まらないよう、皆気を付けているのだ。



 ふたりがロッカールームまでやって来ると、買い物帰りだったり学校帰りらしい人達と擦れ違う。



 賑やかになったロッカールームで慈雨と桃瑠はそれぞれのロッカーに上着と傘を仕舞い、商店街へと向かった。



「どこから行く?」

「最初はお総菜屋さん行こう」



 と、総菜屋に行って揚げた晩ご飯の為のメンチカツとおやつにコロッケもふたつ買い、それを食べてから八百屋と魚屋、と回って買い物を無事終える事が出来た。



「慈雨君、桃瑠君」



 雑踏の中声を掛けられ振り返ると、そこに立っていたのは背の高いふたりの男達だった。



祇鏖ぎおうさん、艶鵺えんやさん!」

「あれ、もうお仕事終わったの?おつおつー」



 少年ふたりが駆け寄ると、祇鏖が慈雨と桃瑠から荷物を受け取りそれらを左手に持つと腰の右側で子猫のように纏わりつく慈雨の頭を撫でた。



「お帰りなさい」

「・・・ああ、ただいま」



 そう言いながら、祇鏖は白い紙袋を桃瑠に差し出した。



 台形の本体に持ちての付いた紙袋には『ゾウのパン屋』と、手で印刷したような掠れた店名とコック帽のゾウのイラストがレトロ可愛いそれは、なかよし商店街にあるパン屋のものだった。



「お、ナニナニ・・・っ! まさかまさかっ!」



 中身を覗いて期待通りの物だった桃瑠はその淡い桃色の瞳をキラキラと輝かせた。



「慈雨ーっ! ゾウのパン屋さんのエクレアとシュークリームだよっ!」

「えっ、マジで!?」



 ふたりが顔色を変えたのも無理はない。白いペンキで塗られた板壁に水色の屋根のメルヘンな外観の、青いペンキで『ゾウのパン屋』と言う店名とコック帽を被った可愛いゾウのマークが描かれたパン屋は食パンは勿論のこと総菜パン菓子パンどれも大層美味しいのだが、職人であり店主が気まぐれで作るシュークリームとエクレアがこれまた絶品なのだ。



 数も少なく気まぐれで作るため、一部では中々手に入らない幻の商品と言われているのである。



「祇鏖さんありがとー、晩ご飯の後で食べようね」

「やったー、デザートだー」



 無邪気に喜ぶふたりを見て大人達は微笑まし気に見ていた。そうこうしているうちに酔いどれ横丁を通り過ぎ、また狭い小路に入る。

 大人ひとり分しかないような狭い道である、二メートルを超える巨躯の男は歩き辛そうにしていた。



「デカいと大変、っスよね」

「まあな・・・・・・」



 艶鵺も祇鏖に迫る長身だが、細身だからかそれ程困っているようには見えないが、しかし流石にロッカールームの入口は入り辛そうであった。



 ロッカールームで上着を着て、傘を持つ。皆それぞれ持つ傘の中で、祇鏖の傘は中々異彩を放っていた。



 それもその筈。祇鏖の傘は多人数が一度に入れるタイプの雨傘だったからだ。

 パラソルとは違い、色味は黒で普通の傘のそれだが傘を開かない状態だと九歳の慈雨より少し低いくらいの百二十センチ。開くと傘の幅が百八十センチとかなり大きい。

 大体ゴルフなどをプレイしている時に使われるタイプの傘である。



 しかし、祇鏖が持つと普通の傘に見えてしまうのは、祇鏖の魁偉な体躯のお陰である。



 左腕にエコバッグを通し、更に左手で傘を持つと右腕で慈雨の膝裏を攫い、抱き上げた。




「ほーんと、ラブラブじゃん」 

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