第三問「撃つなラドリー!と男は叫んだ。なぜ?」(後編)

決闘礼装のモニターに表示された問題文を読む。

これが、リーシャ先輩の新たなクイズ……!



----------------------------------

ラドリーは銃を構えた。

照準を頼りにして、ターゲットを狙う。


ラドリーが指を引き金にかけると、近くにいた男が叫んだ。


「撃つな、ラドリー!」


男はなぜ撃つのを止めるように言ったのか?

----------------------------------



私の前には五枚の『霞石のコイン』が浮かんでいる。


これを一枚消費するたびに、私は『質問』か『回答』をすることができる。

最低でも一枚は『回答』に使う必要があるため、私が出来る『質問』は最大でも四回まで――はっきり言って無理ゲーである。


「(そう考えていた時期が、私にもありました)」


亀の甲羅の眼帯に指をかけて、不敵に微笑むリーシャ先輩。


一見、余裕そうに見えるけど……内心は気が気じゃないはず。

だって、リーシャ先輩が「私の考えているとおり」の人だとしたら――この回答不能に見えるクイズにも、正解を導くための導線が引かれているはずなのだから。


私は人差し指と中指を立てた。


「ポイントは二つです」


まず、第一のポイント――


前のターンのクイズでわかったけど、あの人形劇には問題の全てが反映されているわけじゃない。私がリーシャ先輩に『質問』することで事実が確定された場合には人形劇にもフィードバックがあるけど、そうしないかぎりはあくまで問題文が生み出したイメージに過ぎない……つまり、注目するべきは問題文。


次に、第二のポイント――


たとえば、前回のクイズはこんな内容だった……

----------------------------------

地方の名士である男は、妻をめとることになった。


都会育ちの妻と暮らしていくうちに、男は憎しみを抱いた。


男はなぜ憎しみを燃やしてしまったのか?

----------------------------------

私がクイズの考慮に入れなかった情報――そう、男の人が「地方の名士」であることや、奥さんが「都会育ち」であること――これらは答えに密接に関わっていた!


「(通常の水平思考クイズなら……たぶん、あえて不要な情報を問題文に入れることでミスリードを誘うという手もあるはずです。だけど、リーシャ先輩はミスリードを入れなかった……いや、入れることができなかった。私は、そう考えます)」


この領域はイサマルさんの領域とは違う。


イサマルさんは『百人一首』という、この世界の誰も知らないゲームを押しつける領域を付与することで決闘デュエルでも有利に立ち回っていました。

ウルカ様が対抗できたのは、ウルカ様がたまたまイサマルさんと同じ世界から転生していたから――それと、シオンちゃんの人間離れした計算能力があってこそ。


「(まぁ、『歌仙争奪』に関してはルールを説明することも領域効果に含まれていましたが……にしたって、いきなり言われたって無理です!)」


それに対して、リーシャ先輩は……


自身の領域に「互いのプレイヤーが水平思考クイズを理解していること」を前提とする「縛り」を加えていました。その上で、[水平思考宮殿シャドウストーリーズ・ウォーターパレス]独自の要素である『霞石のコイン』を始めとして、非常に丁寧に私に説明してくれました――つまり。


私はビシッ!とリーシャ先輩に指を突きつけた。


「先輩は……スポーツマンということです!」


「? そうだけど」


「あ。訂正します、スポーツウーマンです!」


「別にどちらでもいいけどね……」


先輩がスポーツウーマンだということは――


「問題文は公平フェアに作らなきゃダメ、ってことです……!」


過度に専門的だったり、特定の知識が必須となる問題は不可となるか――

あるいは、問題文の時点でヒントを与えなければならないということ!


あらためて私は問題文を精読した。



----------------------------------

ラドリーは銃を構えた。

照準を頼りにして、ターゲットを狙う。


ラドリーが指を引き金にかけると、近くにいた男が叫んだ。


「撃つな、ラドリー!」


男はなぜ撃つのを止めるように言ったのか?

----------------------------------



リーシャ先輩がスポーツウーマンであることを前提とすると、以下の事柄を導くことができる。


・銃に関する専門的な知識は不要であること

・「照準」「引き金」が存在する「銃」であること

(何らかの比喩表現である可能性は薄い?)

・男はラドリーの名を呼んでいる=無関係の第三者じゃない


私は『霞石のコイン』を一枚、手に取る。


まずは前回の反省から――!


「リーシャ先輩、『質問』です。

 【叫んだ男性とラドリーさん以外に登場人物はいますか?】」


先輩は、少し間を置いて答えた。


「……【NO】だ」


よし!


「クリーンヒットです!」


「飲み込みが早いね。前回のクイズでは「男の憎しみの対象が、男でも妻でもない第三者である」ことに気づけなかったことが敗因となった……その可能性を潰しに来たというわけか」


「そういうことです。

 それに、これで大きなヒントを得ることができました」


「叫んだ男性」と「ラドリーさん」以外に登場人物はいない。

そう――「銃を向けられたターゲット」は登場人物じゃない!


人間ではない――スピリットか、動物か……あるいは。


私は新たなコインを手に取る。


「重ねて『質問』です!

 【ラドリーさんは人間ですか?】」


「【YES】だ」


「【ラドリーさんが持っている銃は本物の銃ですか?】」


「……ッ!」


私の質問にリーシャ先輩は目をしばたたいた。


「……【NO】、だ。本物の……銃ではない」


「やっぱり!」


コインを三枚消費――だけど、回答は目の前にある。


ラドリーさんが持っている銃は本物ではなく、ターゲットは人間ではない――その前提で考えると、問題文の意味は大きく変わっていく。


私は最初、この問題文は昔の戦争の話なのかと思っていた。

だけど銃が本物ではないというのなら――これは恐らく、ある種のゲームなんじゃないだろうか?


だけど魔道具のカセットをTVに繋いで遊ぶような――よくお義母さまが「ピコピコ」と呼んでるようなゲームじゃないはず。


問題文でしっかりと「ラドリーが指を引き金にかけると」と明言している――「銃」は本物の銃ではないが、実体として存在している銃だ。


ゲームである、という前提が正しいとするなら――

サバイバルゲーム?

私は遊んだことはないけど、オモチャの銃で偽物の弾を撃ちあって遊ぶゲームがあるのは知っている――いいや。

違う。それだとターゲットが「登場人物ではない」ことと矛盾する。


一般的に知られているゲームであり――

かつ、ターゲットは人間ではなく――

実体として存在する偽物の銃を撃つゲーム――


「……そっか。でも、どうして『撃つなラドリー』?」


シチュエーションについては思い当たるものがある。

わからないのは、男の人とラドリーさんの関係だ。


四枚目、最後の『質問』コイン――


どのみち、やるしかないです!



「【叫んだ男の人はラドリーさんの家族ですか?】」



リーシャ先輩は頷き、【YES】と答えた。


「……驚いたな。ひょっとして、私が教える以前からユーア君はこのクイズをやったことがあったのか?」


「たまたまです。実は私も、子供の頃に――お兄様に似たようなことを言われたんです。だから、思いつくことができました」


私は五枚目のコインを手に取り、『回答』を呟く。

泡のように消え失せたコインは水球に飲まれていくと、水人形たちに変化をもたらした。


銃を持った男性の人形――ラドリーは幼いシルエットに変わっていく。

その姿はまるで、いや正に子供。

やはり、問題文に無い事実は確定していないんだ。


私が思い描いた想像が『回答』の光景を創造していく――



----------------------------------

弾は一発だけ。


照準を覗き込んだラドリー少年は緊張で身体を震わせる。


ターゲットは大きな人型。

どうしても倒したい。

なんとしても倒して――アレを手に入れたい。


引き金に指をかけると――が叫んだ。


「撃つな、ユーアラドリー!」


「お兄様!?どうしてですか、止めないでください!」


「ダメと言ったらダメだ。撃つなら別のにしろ」


「そんなぁ……!」


「こらこら、ジェラルド。言い方ってものがあるじゃないのよ」と、青紫色の髪を縦ロールにした高貴で麗しい美少女が割って入った。


「ウルカ様!」


「ユーアちゃん、よく聞いて。その銃に詰められたコルクじゃ威力が足りなくて、あのぬいぐるみに当たったとしても倒せないのよ」


「ええっ!?」


ウルカ様の言葉に、私は驚いて銃とぬいぐるみを見比べた。

お兄様も、言いづらそうにぽつぽつと云う。


「……教えてやる。こういった縁日の屋台では、最初から景品が手に入らないように店側が手を回していることも珍しくはないんだ。お前が祭りを楽しみにしているのに、水を差すのも……な。はっきり言えずに悪かった」


「オ、オトナの世界って……汚いです!」


「お祭りではよくあること、よね……」


今日は夏祭り。

ラドリーさんはそこで縁日の闇を知るのでした――!

----------------------------------



というわけで。


「私の『回答』は【射的の屋台でラドリーさんが撃とうとしたのを、商品が取れないことを悟った兄が止めた】です!どうでしょうか、リーシャ先輩!」


先輩は笑顔を固まらせたまま、微動だにしていない。


「リーシャ先輩?」


「う」


「う?」


「う、うわあああああああ……!

 くうううううう……!」


「ど、どうしたんですか!?」


「け、結論から言えば……【正解】だ。【正解】なんだけどねぇ……!ううううううううううううううう!!!」


「何をそんなにうなっているんですかぁ!?」


「言いたいことが、いっぱいあるから。一息で済ませるよ」


すぅ、とリーシャ先輩は息を吸う。



「だからなんで登場人物がジェラルド固定なんだよ『質問』では「家族」までしか特定してないだろうがこっちの想定は父親と縁日に来たラドリー少年って設定なんだよねえまぁ問題文に対して成立してるし父親でも兄でも大筋は合ってるから正解にするけどさぁそれはいいんだそれはいいんだけどなんでウルカ・メサイアが出てきたんだよどっから出てきたんだよあの昆虫女はジェラルドは兄でウルカは姉だからこれも家族ってことかなでも君はウルカが姉だって知らないはずだよね地の文でもヨイショしやがってっていうかあのぬいぐるみも巨大ウルカじゃねえかどういう世界観なんだもう知らない私はユーア君のことがわからない宇宙の心は君だったんですね!?」



本当に一息だったし、すごい早口!

(ちょっと聞き取れないとこもあったけど!)


「先輩、肺活量がダンチですね!」


「水泳やってるからね。

 まぁ、とりあえず【正解】ってことにしよう」


リーシャ先輩が手をひらひらと舞わせると、水球は水鏡へと戻った。


[水平思考宮殿シャドウストーリーズ・ウォーターパレス]の領域効果を阻止することができたみたいです……!



リーシャ・ダンポート第2ターン

【水平思考クイズ……失敗!】



私はちょっと申し訳ない気持ちになった。


「……あの、先輩。いいんですか?私の『回答』、先輩の想定してた模範解答とは違う部分もあったみたいですが。それだとリーシャ先輩にとって不利なんじゃ」


「有利なのは元より出題者側さ。

 それに、当たらなければどうということはない」


リーシャ先輩は「いいかい」と云った。


「水平思考クイズのポイントはね、細部を解き明かすことよりも、問題の影に隠されたストーリーの大まかな趣向を当てる点にあるんだ。今回で言えば【縁日の射的の屋台だった」という趣向が暴かれた時点で、ユーア君の勝利さ」


これは……

たとえば前回のクイズで言えば【妻が心に余裕がある善人であることが憎しみの原因だった】ことまで暴けば【正解】になるということだろうか。


やっぱり、この領域は見た目よりも公平フェアに出来ている。

そのアンバランスさが、リーシャ先輩本来の精神に由来しているのだとしたら……


「ふふっ」


「……?何をニヤニヤしているのかな」


「なんでもありませんっ!」


リーシャ先輩は再び不敵な笑みを取り戻した。


「たしかにこのターン、領域効果の行使には失敗した。けれども、幻想ダークスピリットによる領域効果に頼らずとも我がダンポート家の相伝には死角は無い。「水」のエレメントの本領を発揮する時が来たようだね……」


「……ッ!」


亀の甲羅の形をした決闘礼装を、リーシャ先輩は愛おしそうに撫でる。



「このまま、椅子を尻で磨くだけの女で終わるものかよっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る