我天心酔の最終回!己が道、求め進むが万物流転! その⑤

美しき花には棘がある――

私は、そんな言葉を思い出していた。


それを見透かしたように、リーシャ先輩はささやく。


「墓地に眠る英霊の魂――エインヘリヤルを解放して、天上の世界へと導くワルキューレ。ユーア君の戦術は、よく知っているとも。その傾向と対策もね」


対策メタカード……!」


リーシャ先輩によって、私の場に召喚されたスピリット――その名も《水舞台の花影、ガーベラ》――このスピリットには恐るべき効果がありました!


「カード効果やコストとして、スピリットを墓地に送ることができない……!それじゃ、私は《遥かなるナグルファル》を発動できません!」


「それだけではないよ。コストとしてスピリットを墓地に送ることができないということは、つまり、召喚にコストを必要とするグレーター・スピリットの召喚も不可能になるということだ。たとえば……ランドグリーズのような」


「《戦慄のワルキューレ騎士ナイト、ランドグリーズ》……!」


私は思わず、手札に眠る自身の切り札を凝視した。

リーシャ先輩は「あはは」と楽しげに笑う。


「危なかったな。間一髪。

 君は既にランドグリーズを手札に引き込んでいたようだね……」


「……っ!」


しまった!


「今の言葉は、リーシャ先輩の罠……!」


私の手札にランドグリーズがあるかを確認するために!

リーシャ先輩はそれを認めるように首肯する。


「ユーア君の若さ故の過ち、といったところかな。君の素直なところは、私は嫌いではないけどね……今後は注意した方がいいだろう」


「はい……!私、一つ賢くなりました!」


やっぱり、リーシャ先輩は手ごわい。


クイズを得意としているだけあって、話術も上手いのだろう。

余裕たっぷりの様子のリーシャ先輩と話していると、いつも手玉に取られてるような感覚があって――待った、そうでした。


「クイズ!」


私は流れる水路に沿うように浮かび上がり、私たちがそれぞれ乗っている小船に並走するように浮遊している水球を見上げる。


この水球には特殊な力があったんだった!

[水平思考宮殿シャドウストーリーズ・ウォーターパレス]によって付与された領域効果――水平思考クイズです!


「フィールドに付与された領域効果は互いのプレイヤーに対して平等に働きます。つまり、今が私のターンなら――私もクイズ・バトルを挑むことができる……そうですね!?」


リーシャ先輩は頷く。


「いかにも。ターンプレイヤーは1ターンに1度、自分で制作した水平思考クイズを対戦相手に挑むことができる。もしも……私がクイズの『回答』に失敗したならば、ユーア君はこのターンのあいだコスト無しでスピリットを召喚できるわけさ」


「コスト無しでスピリットを召喚できる……!そうだ!」


私はフィールドの様子を再確認した。




先攻:リーシャ・ダンポート

メインサークル:

《「主演の化身メインキャスト・アクトレス」Mock turtle》

BP1111(+5650UP!)

=6761

サイドサークル・デクシア:

《水舞台の花役者、ゼフィランサス》

BP2700

サイドサークル・アリステロス:

《水舞台の大輪、サイサリス》

BP2950


領域効果:

[水平思考宮殿シャドウストーリーズ・ウォーターパレス]


後攻:ユーア・ランドスター

メインサークル:

《聖輝士団の一番槍》

BP1900

サイドサークル・デクシア:

《水舞台の花影、ガーベラ》

BP2750




私の場に《水舞台の花影、ガーベラ》が召喚されているかぎり、私はスピリットを墓地に送ることができない――でも、水平思考クイズに成功すればスピリットを展開することはできるかもしれない!


「領域効果によってスピリットの召喚にコストが不要となれば……ガーベラの『スピリットを墓地に送ることができない』効果に引っかからずにランドグリーズを召喚できます。ううん、そうなんだけど……」


私は墓地を確認する。

《遥かなるナグルファル》が不発に終わった今、私の墓地に眠るスピリットは0枚。


本来、ランドグリーズは召喚時発動効果サモン・エフェクトによって墓地のスピリットを除外することでBPを飛躍的にアップすることができる。

でも、今の墓地にはスピリットが眠っていない……ランドグリーズを召喚できても、BPは元々の数値のままだ。


「BP2000のランドグリーズでは、先輩のスピリットには勝てません」


いや、そもそもの話。


水平思考クイズ――問題文に隠された「裏の物語シャドウ・ストーリー」をYES/NOで答えられる『質問』によって探り、真相を解き明かすゲーム――そんなクイズなんて、私は今日初めて存在を知ったばかりで。


「出題するにしても、どんなクイズを出せばいいのかわからないです。それに……」


「あはは。どうしたんだい、ユーア君?」


リーシャ先輩は余裕を崩さない。

それもそのはずだ――水平思考クイズは彼女の領域。


きっと、先輩はずっと私よりもこのゲームに詳しい。

生半可な問題を出したところで、簡単に解かれてしまうはず……!


私が思考の迷宮に陥っていると、リーシャ先輩が声をかけてきた。


「ユーア君。君は一つ、重要なことを見落としているんじゃないかな?」


「見落とし……ですか?」


「さっきの私の様子を思い出してごらん。領域効果の使用を宣言して――私はあの水球に飛び込み、水中で水人形を生み出し、生み出した人形たちに芝居をさせることでクイズの問題を作っていただろう?」


たしかにそうだった。


リーシャ先輩が「闇」の力でまとった漆黒のドレス――そのコスチュームは水着の役割も果たしていたらしく、先輩は華麗な人魚姫のように水球の中を泳ぎ回っていて……って。


「……ああっ!」と、私は間抜けな声を挙げてしまった。



----------------------------------

「ユーア君も気づいているとおり。この領域を形作る「水」はね――「学園」の周囲に展開した「海」から「海水」を吸い上げて、この空間に流入させているんだ」


「ほんものの、海水……」

----------------------------------



思い出した。


私たちが乗る小船が走る水路も――

周囲に展開されたきらびやかな宮殿も――





「全部が本物の水で出来てる……ということは」


「この領域効果を使用するためには、実際に泳ぐ必要があるんだよ。

 あの水球の中でね……」


それじゃあ――私は、領域効果を使うことができない。

だって。私は、水が苦手で……泳ぐことが、できないのだから。



☆☆☆



ワンダーランドの主――

冤罪法廷の女王、ハートは楽しげに笑った。


「きひひ、やっとユーアも気づいたようだねぇ。内陸国で生まれ育ったユーアは、水が苦手で泳ぐことができない!つまり、この領域ではお前は無力なんだよぉぉぉ!」


傍らに控えるドロッセルマイヤーは、対照的に感情を出さない声で応える。


「……よくご存知でしたね」


「知ってるに決まってんだろ?ユーアのことなら、なんでもご存知だって。なにせ、私が書いた設定なんだからさぁぁぁ。この設定を活かした夏休みのイベントで、攻略対象に選んだオトコに泳ぎを教えてもらうイベントまで考えてたんだから。まぁ、それを書く前に死んじゃったんだけどさ」


「客観的に見て、良い一手なのは確かです」



大量の水がある場所でしか発動できないという「縛り」があるだけに、モック・タートルが展開する領域は強力なものだ。

ただし、力ある領域にはリスクが伴う。

領域効果は互いのプレイヤーに対して平等に働く――領域効果は強力であれば強力であるほど、相手に利用されたときには手痛いしっぺ返しを食らうことになる。


だが――

[水平思考宮殿シャドウストーリーズ・ウォーターパレス]の場合。


「実際に泳ぐ」ことが必須となる領域ここでは、ユーア・ランドスターは領域効果を使用したくても使用できない。

モック・タートル――リーシャだけが一方的に利益を得ることができる。



「良い手です。

 ですが……リーシャさんには酷な戦術かもしれませんね」


「あぁん?」


「彼女が「闇」に身を落とした原因は、彼女の身に起きた悲劇にあります。本来の彼女の性質のことを考えれば――この領域は、おそらくは本意ではないはず」


「知らねえよ、モブが何を考えてようが」


小さな水球に投影された幻影の中で、ハートは吐き捨てる。


「私にとってはねぇぇぇ。ちょうど良いとこにちょうど良い道具があったから、余さず有効利用してやろうってだけの話だよ。まぁ――ユーアを倒す大金星を挙げたなら、外伝くらいは書いてやってもいいかしらね」



☆☆☆



肌にしっとりと貼りついた、スクール水着の生地を意識した。


足がすくむ。気づくと、私は呼吸が荒くなっていた。

私の様子を眺めたリーシャ先輩は、わずかに眉を寄せる。


「忠告しておこう。この空間に来る前に、私はユーア君に水泳を教えていたが……あんなものは、初歩の初歩だよ。今まで泳ぎを苦手としていたユーア君が、いきなり自由に泳げるようになったわけでは……ない。いざ溺れても……くっ。足が着いていた屋内プールとは、訳が違うんだ!」


「……リーシャ先輩?」


「他者の害意に対して自動的に発動する決闘礼装の波動障壁バリアーも、自ら水に飛び込むような「自殺行為」に発動することはない。ユーア君、頼むから……無茶な真似だけはしないでくれよ?」


「は、はい……」


リーシャ先輩の言うとおりだ。


多少、泳ぎができるようになったからって――あんな場所に飛び込んで、慣れないクイズを想像力で作り上げるような真似はできるものじゃない。

それに、今の状況ではクイズを成功させるメリットも少ない。

クイズを出そうにも、問題は思いつかない……。


――いや。


「(問題。一つ、思いついたかもしれないです)」


リーシャ先輩が私に近づいて水泳を教えてくれたのは、私に水平思考クイズというゲームを教えるためだった……なぜなら、事前にゲームのルールを知らないと発動しないのがリーシャ先輩の領域だったから。


彼女はそう言っていた。でも――


いくつかの疑問が氷解していく。

一つだけわからないのは、リーシャ先輩が戦う理由。


「ウルカ様は言ってました。「闇」の決闘者デュエリストはカードによって心の闇を増幅されて、悪の手先にされてるって」


先輩が、私の考えてるとおりの人なら――

彼女が抱えてる「闇」とは何なのだろう。


「その答えは……きっと、決闘デュエルで見つけるしかない」


エルちゃんとの決闘デュエルのとき。

私の中にはエルちゃんの想いが流れ込んできた。


あれは『光の巫女』の力。

『闇』を切り裂き『光』をもたらす救世主の能力――


「そんなもの、要らないって。

 私には重すぎるって、思ってたこともあったけど」


この力があったから、エルちゃんと友達になれた。

それに、私がこの力を受け入れる決意ができたのは――ウルカ様のおかげ。




だから、まずは切り込む。


「(待っててください、リーシャ先輩!)」


リーシャ先輩を理解するために――

彼女を「闇」から解放するために。


私は決意を込めてリーシャ先輩にカードを向ける。

カードという……決闘者デュエリストの剣をかざす!


私は云った。




「まずは……私は全力で盤面を展開します。

 そして……先輩を殴ります!!!」


「……えっ?」

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